企業が直面するビジネス環境の変化や人材不足といった課題を解決する手法として「ローコード/ノーコード開発」が注目されている。

9月13日に開催された「TECH+セミナー ローコード/ノーコード開発 2024 Sep. 自組織に適した開発基盤の実装」に日清食品ホールディングス 情報企画部 デジタル化推進室 室長 山本達郎氏が登壇。「ローコード・ノーコード開発から始まった日清食品流『デジタル武装戦略』とは」と題して、日清食品グループが推進する「デジタル武装戦略」の全貌を解説した。

合言葉は「デジタルを武装せよ」

同社では、2021年にデジタル化推進室を立ち上げ、この数年間で一気に業務のデジタル化を推し進めている。そのベースとなるのが「デジタル武装戦略」だ。

デジタル武装戦略により、全社員が積極的にデジタル技術を学び活用する組織文化を形成し、全社のDXを加速させている。より社員の注意を引き付けるために、「積極的にデジタル技術を学び活用すること」を「デジタル武装」と言い換え、侍をモチーフにしたインパクトのあるビジュアルを作成。「DIGITIZE YOUR ARMS デジタルを武装せよ」というスローガンを社内に発信することで、活動をブランディングしているという。

  • デジタル武装戦略のキービジュアル

山本氏は、デジタル武装戦略における5つのポイントを挙げた。

ローコード・ノーコード開発/RPAツールを有効活用

1つ目は、ローコードやノーコード開発/RPAの有効活用だ。これらのツールを導入することにより、同グループでは、誰もがシステム開発や業務の自動化に取り組めるようにした。

業務部門(非IT部門)の社員がアプリ開発や、RPA開発にチャレンジし、年間55万枚分のペーパーレス化や、約800の業務で年間17万時間の業務工数削減を実現したという。

同グループでは、ローコード/ノーコード開発ツールとして「kintone」、「Power Apps」を、RPAツールとして「UiPath」を採用している。

kintoneはワークフローの電子化、電子承認、データの蓄積や一元管理ができるアプリを開発するツールとして活用。Power Appsは、Microsoftのサービスや外部のデータソースと連携し、多様なデータを活用したアプリを開発するツールとして活用している。Power Appsは、kintoneと比べると開発難易度が上がるものの、デザインの自由度が高く、複雑なビジネスロジックやインタラクティブなUIが実現可能だという。そして、UiPathは、PC上の単純操作を自動化するツールとして活用しているそうだ。

「これらのツールが、全社員のデジタル武装を推進するための強力な武器となりました。我々のような非IT企業がシステム開発を内製化する上で、非常に重要なポイントです」(山本氏)

開発ツールの選定時に重視した点として山本氏は、レスポンスを含めたユーザービリティが高いこと、モバイルでの利用に適していること、クラウドネイティブなサービスであること、オープンAPIによる他システムとの連携拡張性があること、自社メンバーのみでシステム開発ができることの5つを挙げた。

グループ専用のChatGPT環境「NISSIN AI-chat」を内製

山本氏は、IT部門のローコード開発事例として、日清食品グループ専用のChatGPT環境「NISSIN AI-chat」を紹介した。このアプリは、約2週間で環境を構築し、昨年4月にリリースされた。PowerAppsに加えて、Power AutomateやAzure Functions、Azure OpenAI Serviceなど、Microsoftのサービスを組み合わせて内製で環境を構築。現在、国内グループ会社の約4,600名が利用できる状況で、PC版・モバイル版がある。リリース後、スピード感にこだわり、積極的にモデル変更や機能追加を実施している。

NISSIN AI-chatの利用促進に向けて、プロンプトのテンプレートも用意しており、営業が顧客に対して食べ方のアイデアを提案するためのテンプレートなど、各部門の業務に活用できる100種類以上のテンプレートを作成。これを全社に展開することで利用拡大を図っている。

NISSIN AI-chatには、現場の声を吸い上げるフィードバック機能もあり、AIによる回答の良かった点や悪かった点(改善点)をフィードバックすることができる。それを使って、さらなるシステムやテンプレートの改良に繋げているそうだ。

  • フィードバック内容を集約するアプリ(PowerAppsを使用して開発)

さらに、NISSIN AI-chatの会社・部門別の利用状況や、いつ・誰が・どれくらい利用しているのかを把握できるダッシュボードを開発し、得られたデータを基に利用促進施策を検討し実行している。

「ローコード/ノーコード開発ツールを活用し、システム開発を内製化することにより、必要なアプリや機能をスピーディに構築することができています」(山本氏)

経営トップの熱で現場を動かす

デジタル武装戦略の2つ目のポイントは、経営トップの熱で現場を動かすことだ。

冒頭に紹介された「DIGITIZE YOUR ARMS デジタルを武装せよ」という社内スローガンは、2019年1月に日清食品ホールディングス 代表取締役 取締役副社長・COOの安藤徳隆氏が全社員に向けて発信したもので、「IT部門に任せっきりにするのではなく、全社員が積極的に自らの業務を見直し、デジタル技術を学び活用する組織文化をつくっていく。そのために、社員全員が意識を変えていこう」というメッセージだ。そうしたメッセージが社内報や朝礼などで繰り返し伝えられ、社員の意識改革を促したという。

また、2023年度の入社式では、代表取締役 取締役社長・CEOの安藤宏基氏が、自らChatGPTを利用して、「日清食品グループ入社式×創業者精神×プロ経営者×コアスキル」のキーワードで生成したメッセージを披露し、テクノロジーを賢く駆使することで短期間に多くの学びを得てほしいと新入社員を激励した。

このCEOのメッセージは社内で話題になり、この日のうちにIT部門内でプロジェクトチームをつくり、生成AIの取り組みを積極的に進めていくことになったという。

「このように、経営トップが自ら強い意志を持って会社の本気度や、活動の重要性を繰り返し社員に伝えていくことによって、現場を動かし、社員の意識や行動を変えていくことが重要なポイントであり、全社員のデジタル武装を進める上で大きな後押しとなっています」(山本氏)

専門組織が現場に入り込んでデジタル活用を支援

デジタル武装戦略の3つ目のポイントは、専門組織が現場に入り込んで、デジタル活用支援をしていくことだ。具体的には、専門組織であるデジタル化推進室を2021年10月に新設し、業務部門のデジタル活用支援を強化している。

デジタル化推進室には、「推進」「開発」「教育」の3つの機能があり、「推進」は、業務部門に対して積極的にデジタル化の企画を提案し、企画したプロジェクトのプロジェクトマネジメントを実施する。「開発」は、生成AI、ローコード、RPAを駆使したアプリ開発や、業務部門への開発支援、アプリ・RPAの運用保守支援を行っている。「教育」は、全社向けのデジタル教育プログラムの構築と実行を担う。13名のメンバーを、強みやスキルに応じて各プロジェクトにアサインし、現場を支援していると山本氏は説明した。

社内のプロジェクトでもブランディングを徹底

デジタル武装戦略の4つ目のポイントは、社内のプロジェクトでもブランディングを徹底し、現場の注意を引き付けることだ。

「DIGITIZE YOUR ARMS デジタルを武装せよ」のキービジュアルをはじめ、NISSIN AI-chatでは、ロゴの作成に加え、「チキンラーメン」のキャラクター「ひよこちゃん」を活用して回答の二次利用に関するリスクについて注意喚起をしている。また、多くの社員に愛着を持ってもらうため、アプリ画面のデザインにもこだわっている。さらに、NISSIN AI-chatの取り組みを社内報で発信する際も、NISSIN AI-chatの世界観を壊さないように、社内報ページのデザインや色合いをNISSIN AI-chatのロゴのイメージに合わせている。

デジタル化というと、業務部門から難しいイメージを持たれることも多いため、デジタル化推進室は、「パズルのようにロボットやアプリをつくっていこう」をコンセプトとしたロゴなどを活用することで、誰もが楽しくチャレンジできるものとしてデジタル化の活動をブランディングしている。このように社内のプロジェクトでもブランディングを徹底することによって、現場の注意を引き付け、活動の認知拡大を図っているという。

現場の取り組みを社内報などで取り上げる

デジタル武装戦略の5つ目のポイントは、現場の取り組みを社内報などで取り上げることだ。

四半期に1回発行される社内広報誌【紙面】やクイックに情報発信することができる社内広報サイト【WEB】、メールマガジンなどでデジタルツールの使い方や社員の活用事例を業務部門主体で発信している。業務部門主体で発信することで、実際の業務プロセスや課題に即した事例や成功体験を共有でき、現場の視点を反映することができる。また、IT部門からの情報よりも実際に業務を行っている社員からの情報の方が説得力がある。

さらに、部門間のコミュニケーションが活性化し横の繋がりが強化され、自分たちが成功事例として取り上げられることで、モチベーションが上がるというメリットもあるという。

全社向けデジタル教育プログラム”NISSIN DIGITAL ACADEMY”

同グループでは、デジタル武装戦略をさらに強化するために、全社向けデジタル教育プログラム「NISSIN DIGITAL ACADEMY」を2024年5月に開校した。キービジュアルも、自ら積極的にデジタル技術を使いこなし、従来の考え方や枠組みを超えて新たな発想を生み出すような、躍動感のあるものに進化させているという。初年度は、デジタルリテラシー、アプリ活用、システム開発、生成AI、データサイエンス、デザイン思考、プロジェクトマネジメントという7つの領域で、講座を順次展開している。

  • 旧ビジュアル

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7つの領域の中に、「プロジェクトマネジメント」がある背景には、社内アンケートの結果、デジタル化を推進できる人材や各メンバーのITスキルが足りない、本務が忙しくて手が回らない、関連部署との連携が難しいといった声が多く集まったことがある。

「日清食品グループ独自のフレームワークを使ったプロジェクトマネジメントの講座を実施することで、デジタル化を推進するリーダー(以降、推進リーダー)を育成する取り組みを進めたいと考えています」(山本氏)

日清食品グループ独自のフレームワークを「8つの重点領域と39カ条のチェックリスト」と名付けて、デジタル化推進室がプロジェクトを推進していく中で経験した過去の成功・失敗事例をもとに、新しいテクノロジーの導入を成功に導く方法論を定めた。この方法論を学び、実践することで推進リーダーの育成とプロジェクトの成功確率アップを狙っている。

新しいテクノロジーの導入を成功に導くために必要な8つの重点領域があり、それぞれの重点領域ごとに洗い出した計39個のチェック項目を紐付けている。そのチェック項目は、3段階のランクが設定されており、現在どの程度のレベルにあるのか、スコアをもとに可視化できる仕組みになっているという。この「8つの重点領域と39カ条のチェックリスト」は、ローコード/ノーコード開発ツールのkintoneを使ってアプリ化しており、ユーザーは、そのアプリを通じてチェックリストを管理・利用できるようにしている。

推進リーダーは、チェック項目に点数を付け、活動ランクのスコアリングをし、自らの活動を改善することで成功確率を上げていく。同グループでは、この繰り返しが推進リーダー育成に繋がると考えているそうだ。

最後に山本氏は、「今後もデジタル武装戦略を推進することで、全社員が積極的にデジタル技術を学び活用する組織文化を形成し、全社のDXを加速させていきたい」と決意を語り、講演を結んだ。