徳島県出身である筆者。だれかに「父親との一番の思い出の場所はどこ?」と聞かれたとしたら「ボートレース鳴門」と即答するだろう。幼少期にボートレース好きの父親がよく連れて行ってくれた場所だ。
といっても当時は子どもだったので舟券を買うことはできず、そもそもボートレース自体に興味がなかった。それでも一番の思い出の場所と言えるのは、実家にはなかった『ニンテンドーゲームキューブ』がボートレース場のキッズスペースにあったからだ。父が極端に肩を落として迎えに来るまでの時間、そこにいた数人のキッズたちとわいわいテレビゲームを楽しんでいた。
父の「未来予測スキル」が発揮されなかった日には、ボートレース場内にあった飲食店で「わかめうどん」を食べた。その味がとてもおいしかったことを今でも覚えている。
ボートレース場には足繁く通ったが、いまだにボートレースの知識は皆無だ。ところが今回、BOATRACE振興会が主催するボートレース場のツアーに参加できる機会を得た。埼玉県戸田市にある「ボートレース戸田」で、関係者も出入りが厳しく制限されるピット内を見学したり、ボートレースのVRアトラクションを体験したりできた。
普段は見ることができないボートレース場の“裏側”をお届けしよう。
ボートレースってどんな競技?
ボートレース戸田に到着すると、関係者しか入ることができない特別席に案内された。5階特別観覧席(有料)のさらに上の階にある特別席は、会議室のようなクローズドな場所にあり、ボートレースを見下ろしながら楽しむことができる。
ボートレースは6艇のボートがゴールを競う競技だ。1号艇は白、2号艇は黒といったようにボートレーサーのユニフォームやボートの色はそれぞれ決められている。レースはスタートラインを通過後、第1ターンマーク、第2ターンマークの順番に左回りのコースを3周して順位を決める。
独特なのはスタートの方法だ。ボートレース特有の「フライングスタート」は「大時計」の示す時間を基準に行われる。スタートの約1分40秒前にボート待機場所の「ピット」から飛び出し(ピットアウト)、スタートの30秒前にそれぞれのレーサーが有利と思えるコースを狙って助走の開始位置に移動する。1コースが1番有利だという。
スタートできる時間は、大時計が0を示してからの1秒間だ。6艇が一斉にスタートラインへ向かい動き出し、限りなく0に近い瞬間にスタートラインを通過できるようにそれぞれのレーサーはタイミングを見計らう。スタートラインを他艇より早く通過すると有利になるが、大時計が0を示す前に通過すると「フライング(F)」となる。逆も然りで、1秒以上遅れて通過すると「出遅れ(L)」となり、いずれも欠場となってしまう。
ボートレースの醍醐味は、各コーナーでのターン技術だ。特にその第1周第1ターンマークは、ボートレーサーの技術が最大限に発揮される瞬間で勝負のポイントになるという。ボートレース戸田は日本一面白いレース場と言われている。水面の横幅が107.5mと全国のボートレース場の中で最も狭く、全速旋回には不向きなコースだからだ。スタートの遅れやターンのミスがすぐ敗戦につながる水面をしており、競り合うボートの迫力は日本一だという。
取材を行った5月31日は「GI戸田プリムローズ開設68周年記念」レースの開催期間だった。せっかくなので筆者も舟券を買ってレースを観戦。父親譲りの低い未来予測スキルのせいで、一度も予想を的中させることはできなかったが、ボートレーサーによる熾烈な順位争いに心が痺れた。
関係者以外立ち入り禁止「ピット内」に潜入
今回のプレスツアーでは、関係者も出入りが厳しく制限されるピット内にも入ることができた。
ピット内には、レース前のモーターボートがいくつもあり、レーサーたちが入念に調整や準備を行っていた。ひとくちに調整・整備といっても、さまざまな要素の掛け算が行われているという。
初めて知ったのだが、レーサーたちはマイボートを持っていて、それに乗っているのではない。ボートレースの大会(節)の前日に、決められた時間内に全員がレース場に集合し、そこでレース場が所有し保管しているモーターとボートの抽選が行なわれるのだ。レーサーは抽選によって引き当てたモーターとボートを大会期間中使用することとなる。
使い慣れたボートではなく毎回異なるボートを使っているため、調整は難しいと感じるレーサーは少なくない。モーターの調整カ所だけでも複数あり、それぞれに方法は多彩だ。プロペラの調整カ所もたくさんあり、多くの選択肢の中からレーサー自身がベストなコンディションを選択しているのだ。大会中にプロペラゲージを作るレーサーもいるという。
レーサーたちの仕事はレースだけではない。円滑なレース進行のため、ボートの移動などもレーサーたち自らが協力しておこなっている。そのほかにもレーサーたちを技術面でサポートする整備士や中継用にピット内の様子を撮影するスタッフなど、ピット内ではさまざまな役割を持ったスタッフが奮闘していた。
臨場感あふれるVRアトラクションを体験!
ボートレース戸田には、体験型のVRアトラクション『BOATRACE VRスプラッシュバトル』もあった。VR空間でボートを操縦できる新感覚のボートレース体験型VRアトラクションだ。
VRゴーグルを装着して正座をしてボートに乗り、右手でハンドル、左手でスロットルレバーを操作する。スロットルはレバーを前に倒すとスピードが出る。360度の迫力ある VR映像に合わせて、ボートの振動や風、水しぶきといった特殊効果もあり、臨場感あふれるレースを体験することができる。
アニマル艇界のプリンス「クマホン」や、超悪の「トラボ」、敏腕の「ウサポ」といったキャラクターを選択でき、全国のプレイヤーとオンライン対戦でレースできる。直近では、2025年2月に開催される「PG1スピードクイーンメモリアル」の新設を記念して、現役女子レーサー3人をモデルとした新キャラクターも登場した。
コツはターンする時に大きく体を左に傾けること。実際にレーサーがとる「モンキーターン」という姿勢が有効だという。直線では姿勢を低くするとスピードアップする。
専用のアプリで自分のレース成績が記録されるほか、全国ランキングへの登録もある。成績に応じてシーズンごとに階級(B2~A1)が割り当てられる仕組みだ。この日も多くの来場者が体験していた。
ボートレースの売上金の流れ
ボートレースを主催しているのはボートレース場ではなく、県や市、町といった地方自治体で、施行者と呼ばれる。そしてレース実施業務は、日本モーターボート競走会に委託して行われており、ボートレースの監督官庁を国土交通省が担い、施行者(地方自治体)の指定は総務省が担っている。
全国には24場のボートレース場があり、中には、海の一角を区切った場(海水)や、湖や川の一角を区切った場(淡水)、専用プールのレース場もある。
では、ボートレースの売上金の流れはどのようになっているのだろうか。BOATRACE振興会の担当者によると、舟券購入で得た売上金のうち75%は的中舟券の購入者に払い戻しされている。
そして残りの25%は、日本財団や日本モーターボート競走会への交付金、地方公共団体金融機構への納付金、管理費や人件費、レーサーへの賞金といった開催経費などに充てている。残額はレースを主催する地方自治体の予算に組み入れられ、小中学校や体育館、美術館、公営住宅や病院などの公共施設の建設に使われているという。
今回の取材で、ボートレースの魅力に改めて気付くことができた。近年、お笑い芸人や女性アイドルなどの芸能人が続々とファンを公言している理由もわかる。ボートレースファンの人だけでなく、知識がゼロの初心者であっても楽しめる場所だった。
次回徳島に帰省した時には、父親をボートレース鳴門に誘おうと思う。