製造業にとって、サプライチェーンの重要性はますます高まっている。9月12日に開催した「TECH+セミナー 製造業 - SCM Day 2024 Sep. 強靭な『サプライチェーンマネジメント』Ⅱ」に、東京国際大学 国際戦略研究所 所長・教授/データサイエンス教育研究所所長の松尾博文氏が登壇。サプライチェーンマネジメント(SCM)の視点から、製造業のDX戦略の方向性を示した。
日本の製造業の遅れとSCMとの関係
ものづくりの国・日本の製造業もDXと無縁ではない。そこで知っておくべきこととして、松尾氏は日本の製造業のサプライチェーンマネジメント(SCM)が米国など他国とは異なる歩みをとっていることに触れた。
日・米・独・中、4カ国の製造業の付加価値総計では、中国が右肩上がりで値を上げ、米国も緩やかに上がっているのに対し、日本とドイツはほぼ横ばい。シェアでは、日本はバブル期に25%近くをマークして最盛期を迎えたのち、下がっており、現在は5%ラインだ。同氏によると、このような傾向はバブル崩壊だけが理由ではないという。
1980年代、日本ではジャストインタイムで製造業の経営を進めてきた。これに対し、米国は資材所要量計画(Material Requirements Planning、MRP)に則り、コンピュータに頼ったかたちで経営を動かしてきた。MRPはその後、会社全体のデータも含むERPへと進化していく。そして、SCMとして、1社に閉じず、上流から下流に情報システムをつないでいくようになる。
「1社の中のマネジメントだったのが、サプライチェーン全体のマネジメント、全体最適化として、コーディネーションが重要になったのです」(松尾氏)
半導体では、1990年代ごろからファブレスとファウンドリーを分け、装置会社も含むサプライチェーンが成長していった。また、大手製造業と小売の提携も見られた。
このような中で、「日本のサプライチェーンマネジメントはあまり進まなかった。これが、日本の製造業がその強みを失った原因」だと松尾氏は分析した。
日本の製造業のDX戦略とは
日本の製造業はどうDXしていくべきか。松尾氏は業務効率とレジリエンス能力の2軸で説明した。
業務効率では、「Quality(品質)/Cost(コスト)/Delivery(納期)、時間、柔軟性、改善の能力をDXで上げていく」と同氏は言う。これまではDXではなく、個々の能力を上げてきたところをDXでさらに強くするのだ。このほか、サプライチェーンの統合度、エンジニアリングチェーンの統合度を上げ、それぞれでのデータ連携と自動化を進める必要がある。
レジリエンスでは、サプライチェーンのエンドツーエンドの可視性および制御可能性の強化、データの連携や自動化による連続的なIT、組織の即応能力体制の強化などを挙げた。
戦略面はどうか。グローバルではピーター・ウェイル氏とステファニー・L・ウォーナー氏が提唱する「エコシステム・ドライバー」の枠組みが有名だが、松尾氏は「日本の製造業がエコシステム・ドライバーを目指すのは、違うのでは」と話す。そこで、日本の製造業のDX戦略として、縦軸にバリューチェーンと最終顧客情報、プロダクト・サービス革新、横軸にクローズドとオープンという2×2のマトリクスで構成されるフレームワークを提案した。
バリューチェーンとクローズドが現在の日本の「ものづくり企業」だとすると、上に進んで最終顧客情報、プロダクト・サービス革新とクローズドは「ビジネスモデル変革」だ。横に進んだバリューチェーンとオープンは「ワンサイド・オープンBtoB」となり、最終顧客情報、プロダクト・サービス革新とオープンは「ツーサイド・プラットフォーム」だと位置付ける。
「全ての企業がツーサイド・プラットフォームを目指す必要はなく、DX戦略として選択することになるでしょう」(松尾氏)
松尾氏はさらに、それぞれの方向性について説明した。
バリューチェーンと最終顧客情報、プロダクト・サービス革新はどうか。バリューチェーンは「サプライチェーンとほぼ同じ」(松尾氏)で、価値を付加する方向が一方向であるのに対し、最終顧客情報、プロダクト・サービス革新は、新しいビジネスモデルの創出だ。例としては、トヨタと損保ジャパンの取り組みのように最終顧客情報を獲得する、ワコールのように3Dスキャナーを使った新しい顧客体験を提供する、ホンダとソニーのようにパートナー企業と共創して新しい製品やサービスを創出するなどがある。
製造業がビジネスモデル変革を考える際のヒントとなるのが、サービタイゼーション(Servitization)だ。
「これは、製品の売り切りビジネスモデルから、販売後にその製品の使用が顧客にもたらす価値に付随するサービスに着目したビジネスモデルに転化することを指します」(松尾氏)
クローズドとオープンについて松尾氏は、オープンのキーワードを「標準化、モジュラー化、自動化、データ連携」だとする。日本の製造業が伝統的にクローズドであるのに対し、米国はオープンに進んでいる。
「(日本企業も)オープンを戦略の選択肢の1つに入れてください」(松尾氏)
レジリエンスからDXを考える
サプライチェーンのレジリエンス戦略は、コロナ禍で分断されたことにより、その重要性が再認識された。
「DXを考えるときに、レジリエンスを高めるという発想でDXを考えましょう」(松尾氏)
松尾氏によると、サプライチェーンのレジリエンスは「経済や経営環境の構造的変化に対してサプライチェーン、製品、技術戦略を改変して対応する能力」だ。これは「需要の短期的な変化やサプライチェーンの寸断に迅速に対応する」アジリティとは異なる。
サプライチェーンのレジリエンスの成功要因は、エンドツーエンドの可視性、エンドツーエンドの制御可能性、連続的なITインフラ、組織の即応能力と4つある。その上で、サプライチェーン・プロセスの同質性と統合後を2軸に取ると、大きく次の3つに分類できるという。
サプライチェーン・プロセスの複雑性に対しては、プロセスの標準化がレジリエンス戦略となる。製品ポートフォリオとサプライヤーを見直し、サプライチェーン・プロセスの複雑性を緩和する、製品の販売地域での生産ネットワークの柔軟性を高めるために、部品、製造方法、装置の標準化を進めるなどの策が考えられる。
パートナーシップの複雑性に対しては、可視性を高める必要がある。サプライチェーンの全階層でエンドツーエンドのサプライチェーンを設計して管理したり、サプライヤーとの双方向コミュニケーションシステムを構成し、中央のレジリエンスチームでサプライチャーをサポートしたりするなどのことが考えられる。
製品の複雑性ではサプライヤーの多様化が重要だ。サプライヤーを余分に確保する、一次サプライヤーを1社しか確保できない時は、二次サプライヤーを複数確保するなどの戦略があるという。
最後に松尾氏は、日本の製造業のDXの方向性として、業務効率とレジリエンス能力を高める取り組みを進めながら、「ビジネスモデル変革、ワンサイド・オープン、ツーサイド・プラットフォームという3つの方向から選択して進めていくべきだ」と道筋を示した。
「メンテナンスビジネスを進めることができるのであれば、ビジネスモデル変革をすべきでしょう。オープンなシステム、標準化の作業はバリューチェーンの中でやるべきだと考えています。ツーサイドについて、標準化、モジュラー化などはDXと非常にシナジーがありますが、他社のプラットフォーム・ドライバーの下請けになる可能性もあります。そのため、DX戦略を真剣に考えてください」(松尾氏)