昨年8月に米IBMが46億ドル(当時の日本円換算で約6600億円)で買収したSaaS(Software as a Service)企業のApptio。米国本社でPresident, Field Operationsを務めるLarry Blasko氏、日本法人のカントリーマネージャーである塩塚英己氏へのインタビューを紹介する。

  • 左から米Apptio President, Field OperationsのLarry Blasko氏、日本法人カントリーマネージャーの塩塚英己氏

    左から米Apptio President, Field OperationsのLarry Blasko氏、日本法人カントリーマネージャーの塩塚英己氏

TBMとFinOpsでIT部門の運用高度化を支援するApptio

Apptioは、IBMのソフトウェアブランド「IBM Automation」の一部として、ファイナンス領域でのIT運用の高度化に加え、同じくIBMが買収したクラウドのリソース最適化の「Turbonomic」や可観測性とAIOpsの「Instana」、インフラストラクチャ管理の「HashiCorp」などのソリューションを掛け合わせることで、包括的にIT部門の運用高度化を支援している。

一方、Apptioの日本法人は2020年に設立。2023年11月に塩塚氏がカントリーマネージャーに着任し、買収以降は投資を加速しているという。結果としてグローバルにおいて製品開発エンジニアは100人超に拡大し、国内外でIBMの顧客によるApptioの採用も急拡大しており、日本法人も24人から36人に増員している。

Blasko氏は「Apptioはユニークな運営形態を持ち、グローバル標準の“テクノロジー投資管理の方法論を実践するための機能開発”と、“SaaSとしてテクノロジー投資管理ソリューションを提供”しているという2つの観点でビジネスを展開しています」と説く。

  • Blasko氏

    Blasko氏

ここで言う方法論とは、同社が定義するテクノロジー投資全般の「TBM(Technology Business Management)」、そしてクラウドに特化したFinOpsを指す。FinOpsは財務・調達チームと開発・運用チームが協調し、クラウドのビジネス価値の最大化を目指すものだ。

  • ApptioではTBMとFinOpsのソリューションを提供している

    ApptioではTBMとFinOpsのソリューションを提供している

こうした方法論をNPO法人の「TBM Council」と、「FinOps Foundation」を通じて発展させながら、これらの組織から出てきた要件をApptioの機能に反映させている。

TBM CouncilはAppitoがTBMの規律を推進していくために創設したものだ。同氏は「新しいカテゴリであるTBMに関して、企業同士がやり取りできる場として強いユーザーコミュニティとエグゼクティブコミュニティを目的に設立しました」と経緯を話す。

現在、TBM Councilのグローバルメンバーは1万4000、CXOの割合は30%、同社はテクニカルアドバイザーも担っている。一方、FinOps FoundationはLinux Foundationのサブ組織の1つであり、グローバルメンバーは1万6000、参加組織は5000、ボードメンバーに締めるCXOの割合は30%となっている。

  • Apptioの概要

    Apptioの概要

TBMとFinOpsは何が違うのか?

昨今では企業や組織、業種にかかわらず、技術的な部門は必要不可欠であり、競争力のアドバンテージをテクノロジーに依っている企業に加え、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環でクラウドへの移行やアジャイル開発に取り組む企業は多くある。その中でもテクノロジーが重要となるため、それに対する投資が組織全体で行われている。

Blasko氏は「企業におけるテクノロジーの購買は、部署ごとに委ねられているケースが多いです。当社は、テクノロジーへの投資がビジネスバリューやROI(投資収益率)につながっているかを判断するためのソリューションの提供を目的に創業しました。技術的な投資のモチベーションは最新かつ優れたものを手にしたいと考えます。イノベーションを起こすためかもしれませんが、ビジネスの価値につながっていなければ宝の持ち腐れになりかねません」と指摘する。

Apptioのマーケットカテゴリーソリューションは、Blasko氏が説明したFinOps、TBMに「エンタープライズアジャイルプランニング」を加えた3つだ。エンタープライズアジャイルプランニングは、開発にかかる人件費などをApptioにフィードすることで効率や最適化などを可視化できる。

Apptioのプラットフォームは、フィナンシャルやオペレーションなど横断的にデータを収集・統合してインサイトにつなげ、実際にアプリケーションやサービスなどがテクノロジーを通じて提供されることで、どのようなコスト感で実現できるのかということを把握できるという。そのため、組織においてコスト低減や最適化に役立つとしている。

財務やトレンドなどの情報をレポートで出力し、アウト・オブ・ザ・ボックス(設定を必要とせずに動作する製品の機能)ですぐに立ち上げて利用をスタートできる。カスマイズも容易とし、クラウド支出をトラッキングして、どのようなサービスを消費しているかを把握できるほか、使いすぎているサービスに関してはアラートを出すことも可能としている。

  • ApptioのTBM

    ApptioのTBM

ただ、TBMとFinOpsはコンセプトが似ている側面も否めなくはない。その点について、Blasko氏に尋ねてみると「TBMはオンプレミスやクラウド、人件費、ハードウェア、ソフトウェアをはじめ横断的にすべてのテクノロジーを集約する一方で、FinOpsはパブリッククラウドも特化しています。確かに似たようなものですが、互いが補完的に機能しているのです。当社では、2019年にクラウドコスト管理を行うCloudabilityを買収したことから、クラウドの最適化をコンセプトにするFinOpsにも軸を持つことになりました」と同氏は説明する。

  • Cloudabilityの買収でFinOpsにも軸を持つ

    Cloudabilityの買収でFinOpsにも軸を持つ

続けて、同氏は「TBMとFinOps共通のフィナンシャル管理ができることから、予算や予測、計画まで含めて、すべて行うことができます。いわゆるテクノロジーファイナンスは当社の製品のように目的を持っているものではなく、これまではExcelで管理するようなやり方でした」と述べている。

FinOpsは日本に浸透するか

とは言え、IBMとしてはIT自動化のポートフォリオ強化の一環として、Turbonomic、Instana、HashiCorp、最近ではKubernetesのコスト監視・最適化ソフトウェアを提供するKubecostなどを、この過去2~3年間で買収しており、似た機能を持つソリューションもあることから、ユーザー側の混乱も招きかねないのも事実だ。

そのような点について塩塚氏は「ユーザーさんを混乱させていると思います。ただ、機能を整理しつつ、Apptioが担うべき領域と、それぞれの企業が持つ領域について、開発部門で整理を進めており、グローバルにおける開発目標としています」と話す。

  • 塩塚氏

    塩塚氏

筆者が取材を通して感じていることとして、それほどFinOpsは日本で浸透していない状況にも映る。どうしてもコストカットという側面が強く、財務の“最適化”と捉えられていないとも感じている。

また、日本は外資系クラウドベンダーの影響でデジタルサービスの海外支払いが増え、いわゆる「デジタル赤字」が拡大している傾向にあり、2023年の赤字額は5兆5000億円に達している。だからこそ、FinOpsという概念が浸透すべきものなのではないだろうか。

こうした状況に関してBlasko氏は「パブリッククラウドの機会は日本でますます大きくなっています。ワークロードをクラウドに移行すると、企業においてはパブリッククラウドへの支出も多くなり、頭を悩ませています。これまで開発者がサーバが欲しければ調達部門に依頼して購入していましたが、現在はクラウドのリソースを購入することに対してコントロールが効かず、規律のない形になってきています。クラウドはスピーディに物事を運びますが、リスクとしては多大な支出が予算を越えてしまう可能性があることです。一方、当社の日本におけるユーザーではクラウドのコストを20~30%削減できたという事例があります」と話す。

また、同氏は「海外と日本のマーケットではステージが異なり、日本だとTBMというコンセプトが少しずつ広まってきた感じです。日本のコミュニティであるTBM Council Japanには35社となっており、支出を財務の側面で考え始めたばかりです。FinOps Foundationも重要であり、コストセーブするにしてもFinOpsのプログラムツールセットをうまく使いこなして、インサイトのためのものということを理解して組織に取り込むことで、コストセーブにつながるということを経験しないと根付きません」と強調している。

「TBMとFinOpsのコンセプトはバリューになる」- Blasko氏

Blasko氏はApptioのプラットフォームについて「さまざまなサービスの価格とコストを把握するため、異なるユーザーや事業部にコストの割り振りを可能としています。FinOpsの機能でAWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azure、Google Cloudとマルチクラウド環境に対応し、パブリッククラウド以外のクラウドコスト、例えばSnowflakeやDatabricksなどのコストはTBMの機能を使えば把握できることがApptioのユニークな点です。つまり、TBMとFinOpsの機能を両方提供できるのです」と、そのメリットを強調している。

  • Apptioは、さまざまなテクノロジー支出とオペレーションを紐づけることを可能としている

    Apptioは、さまざまなテクノロジー支出とオペレーションを紐づけることを可能としている

また、塩塚氏は「従来のIT投資は資産を購入し、経年で減価償却して費用化しますが、この内訳をどのように管理するかが重要です。他方、クラウドはリアルタイムで費用が発生し、利用状況に応じて費用が発生することから、この利用状況をどのように捉えて管理する形でポイントが従来のIT投資と異なるため、データと管理の視点が必要になります」との見解を示す。

最後に日本市場に対する期待について尋ねたところ、Blasko氏は「日本でこれまで初期の段階から成功はしていますが、TBMとFinOpsのコンセプトはお客さまに対するバリューになると考えています。日本の市場は当社にとってまだまだ大きなチャンスが残されており、当社の特徴を複雑なテクノロジーに依存している企業が見出してくれることを確信しています」と力を込めていた。

日本法人では今後、AIとデータのプラットフォーム「IBM watsonx」を活用し、アシスタント機能やアロケーションなどの自動分類、インサイト提供といった生成AI技術をApptio製品に組み込む。

また、IBM Automationのポートフォリオとのシナジーを創出。一例として、Turbonomicの機能を、すでにApptioのクラウドコスト管理ツール「Apptio Cloudability」に取り込んでおり、製品間のシナジーを生み出している。

さらに、IBM内でも一定レベルの中立性と俊敏性を持った形で組織運営は当面維持していくことに加え、国内SIerやグローバルパートナー、ソリューションの協業でServiceNow、AWSなどとのエコシステムの強化・拡大を図るという。