生命保険協会会長・永島英器「生命保険は目に見える商品のない信頼ベースの業界。社会保障を補完する役割を充実させたい」

若者が将来不安を抱き、結婚をしない人が増えるなど、人口減、少子化・高齢化が続く。その中で社会保障を補完する役割を担う生命保険の役割は重い。日本の生保には100年以上の歴史があるが、「その間に戦争、大震災、リーマンショックなど様々な困難の中で事業を継続してきた」と生命保険協会会長で明治安田生命保険社長の永島氏。時代が変化する中、明治安田も70歳定年制導入などで、企業の持続性を高めようとしている。

顧客本位の業務運営が「一丁目一番地」

 ─ 2024年7月の日本銀行金融政策決定会合の後、日経平均が暴落するなど、株価の動きが激しくなっています。この動きをどう見ますか。

 永島 明治安田生命保険社長としてのコメントになりますが、元々は年度初めに、日米金利差が縮まって円高に転換するであろうと見ていましたが、想定より後ずれしました。時期が後ずれした分、動きが大きくなったのではないかと。流れとしては想定の範囲内だと思っていますし、日本の金利が上がっていくことについては歓迎しています。

 ─ 産業界の業績もよく、リーマンショックなどとは様相が違う感じがしますね。

 永島 例えばパンデミック(感染症の世界的流行)が新たに発生したとか、第3次世界大戦が起きたというわけではありませんでしたから、少しイレギュラーな株価の動きだと感じました。

 ─ 永島さんは7月に生命保険協会会長に就任したわけですが、抱負を聞かせて下さい。

 永島 一丁目一番地として「顧客本位の業務運営」があります。生命保険のチャネルには営業職員、代理店など様々なものがありますが、その不断の高度化を果たしていくことが最も大事なことです。

 また、国策に沿って、それを後押しできるように汗をかくことが大切だと思っています。その1つが「資産運用立国」です。それに関連して、金融経済教育も重要です。金融経済教育推進機構も設立されましたが、我々も様々な取り組みを進めています。

 生命保険協会、生命保険文化センター、日本損害保険協会は23年に保険教育に関する包括連携協定を結んでおり、教材の制作や中学・高等学校の教員向けのセミナー開催など、3者が一体になって取り組んでいます。今後、リスク管理も含めた若者の金融リテラシーの向上はますます大事になってきます。

 ─ 商品開発なども、その方向で進めることになりますか。

 永島 商品開発は個社それぞれの対応になります。ただ先ほど、日本の金利が上がることを歓迎していると申し上げましたが、直近は貯蓄性の保険商品はドル建てが中心でした。これが円建て商品にも魅力が出てくると、お客様の選択肢が広がりますから、お客様にも、我々にもいいことだと考えています。

 ─ ここまでの為替の円安は輸出企業の業績を押し上げている一方、輸入物価の高騰を招いています。どう見ますか。

 永島 かつて、今以上に輸出企業が多かった時代には円安が国益につながるという認識が強かったと思いますが、最近はメーカーさんも海外進出が盛んです。また、エネルギーも含めた輸入物価の値上がりが強く意識される中で、かつてほど円安が国益につながるという感じではなくなってきていると思います。その意味では、ここで転換点に差し掛かったのではないかと見ています。

生命保険各社に求められる中長期視点の経営

 ─ 大きく言うと、今は明治維新、敗戦に次ぐ時代の転換期ではないかと思いますが、永島さんの思いは?

 永島 生保協会は1908年(明治41年)発足で116年の歴史がありますが、初代の生保協会会長は、明治生命保険(現明治安田生命保険)を創設した阿部泰蔵です。

 生保協会としても、個社としても100年以上の歴史がある中で、その間に戦争もあれば大震災もあれば、リーマンショックもあればと、様々な困難があったわけですが、その中で持続してきました。

 持続することでお客様に対する責任を果たしてきたということは非常に大切なことです。我々は目に見える商品のない信頼ベースの業界ですから、その意味でも持続可能な、息の長い、中長期的な視点での経営が個社に求められていますから、協会としても後押しできるような活動ができればと思っています。

 この100年以上の歴史の中で、個人としても先人の取り組みに思いを馳せ、敬意を感じる中で、その積み重ねを意識して初めて、未来世代への責任が芽生えるような気がしています。それが有限の生を生きる意味なのではないかと感じるところです。

 ─ 少し生保と離れるかもしれませんが、今の若者世代の認識をどう見ていますか。

 永島 比較的、生きる意味など「意味」を考える若者は増えているような気がしています。AI(人工知能)時代、デジタルになればなるほど、自分の使命や生きる意味を考える若者が増えているような気がしていて、好ましいと感じます。

 世の中も企業も「パーパス(存在意義)経営」の時代になり、社会契約や存在意義を明確に打ち出して、それに共感する方に入社し、契約して欲しいと思っている中で、今の若者たちの意識には好感を持っています。

 ─ 若者が将来不安を抱き、結婚をしない人が増えるなど、人口減、少子化・高齢化が続きます。業界にどういう影響を与えていると見ますか。

 永島 生命保険は社会保障を補完する役割を担っていますから、その意味でも責任は増していくと思っています。一方で、人口が減少していくことも事実です。そこで個社それぞれが海外に出ている他、非保険領域に進出するといった様々な動きをしていると認識しています。

「70歳定年制」を導入する狙い

 ─ 明治安田個社のことをお聞きしますが、24年1月にブランド通称を「明治安田」にすることを発表しましたね。これも時代の転換期の中での決断だと思いますが、その狙いは?

 永島 1つ、前提としてご理解いただければと思いますが、生命保険、相互扶助に関して深い愛情や意味を感じていますから、生命保険を捨てるといったことは全くありません。

 ただ、これまでは生命保険を中心に、その保険金や給付金のお支払いという金銭的な、契約の形で確かな安心を提供してきましたが、今後はそれにとどまらずに社会的価値、健康的な幸せ、病気になる前の健康増進、なった後のリハビリといった、保険金、給付金以外でも役割を発揮したいという思いで、ブランド通称の変更を決めました。

 ─ 新たな事業領域の開拓にもつながるのではないかと思いますが、医療や介護といった社会課題解決に向けて、検討していることはありますか?

 永島 私達は国立循環器研究センター、グループ会社の明治安田総合研究所と「循環器疾患の予防・治療」「人々が健康で安心して暮らせる支援」に関する包括連携協定と共同研究事業契約を締結しています。

 例えば、循環器疾病については食生活や運動といった生活習慣でリスクを減らすことができることがわかっています。その観点で健康増進のお手伝いや情報提供をすることで、新たな価値をつくりたいと考えて様々な研究をしているところです。

 ─ 27年度から70歳まで定年を延長する予定と聞きましたが、狙いを聞かせて下さい。

 永島 社会課題として少子高齢化、年金問題などがあります。今の時代、女性はほぼ労働市場で戦力になっていますが、今後の日本を考えた時に働き手として期待されるのはシニア世代です。

 シニア世代個々も、健康でいる限り社会に貢献したい、次世代のために働きたいという方が多い。その意味で社会課題解決、個の従業員の幸せ、両方に資する取り組みだと思っています。

 ただ、65歳で引退した社員も当然、定年扱いで退職金を支払います。何も強制的に70歳まで働いてくれというわけではなく、働きたい方は働くことができるという選択肢の拡大です。

 65歳から70歳までの5年間も、若手と伍して支社長や部長として勤めたいという人は、それを目指せばいいですし、地元に戻って週3日くらい働ければいいという人は、その道を選ぶこともできます。

 当社は全国1000を超える自治体との連携協定がありますし、サッカーJリーグのJ1・J2・J3全てのカテゴリでタイトルパートナーを務めています。自分の住む自治体と会社、あるいはJクラブとの絆を結ぶ役割を果たしたいと言ってくれる人もいますから、多様な働き方を尊重して、その思いに寄り添えるような制度をつくっていきたいですね。

 ─ 産業界全般で人手不足が言われます。営業職員の確保の状況は?

 永島 正直申し上げて、コロナ禍の時に比べると生保業界全体で競争環境は厳しくなっています。その中で選ばれなくてはいけませんから賃上げも実行してきましたし、これは継続的に進めていきます。

 加えて、会社の目指すパーパスに共感してもらって選ばれたいという思いが強いんです。給与や環境も大事ですが、それ以上にこの会社が目指すこと、この会社を通して自分が体験できることを感じてくれる方も増えている気がしますから、そうした面で選ばれればと思います。

相互会社として果たす役割は?

 ─ 改めて、永島さんが生命保険業界を志望した動機を聞かせて下さい。

 永島 大学で法律関係の授業の中で、フランスの哲学者・ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』を補完するものとして「保険説」というものがあることを初めて知ったのです。

 保険説では国家と市民間の社会契約は、保険契約に他ならないと説明されています。国は税金という保険料を集め、外国が攻めてきた時、天変地異が起きた時に保険給付で手を差し伸べると。その保険契約に合理性があるからこそ、一見理不尽な国家が正当化されるという考え方です。

 私の学生当時から少子高齢化が言われており、そこから国が税金をどんどん上げて大きな国家になることもおそらく難しいので、民間の生命保険会社の果たす役割が大きくなるのではないかと感じたのが、志望した1つのきっかけでした。

 ─ 日本には自助・共助・公助という考え方がありますが、近年は薄れているのではないかと言われますが。

 永島 そう思います。それは日本的企業、政党、労働組合など、いわゆる中間団体の力が衰え、個がバラバラになって孤立、孤独になっていることが要因としてあると思います。

 これはある意味で民主主義の危機ですが、世界的な傾向です。この健全な中間団体を復権させなければなりません。1つは自治体であり、地域の絆です。

 また、私は保険相互会社も、相互扶助の理念に基づいて同じ船に乗る中間団体だと思っているんです。保険相互会社も中間団体としてしっかり機能することが必要なことだと思います。

 ─ 相互会社の良さをどう捉えていますか。

 永島 相互扶助の理念で成り立っているのは、非常に重要なことだと考えています。

 当社は機関投資家として様々な企業とのお付き合いがあります。アクティビストとは一線を画して、中長期的な時間軸で、本当にその企業の価値向上につながっているか、国益や未来世代のためになっているかという視点で対話をするという、相互会社の機関投資家として果たせる役割があると思っています。

 ─ 今、社員に対して呼びかけているキーワードは?

 永島 KPI(重要業績評価指標)ドリブンの会社から「パーパスドリブン」の会社に変わろうと言っています。本来、手段であるKPIが目的化され、意味が語られることなく現場に落とし込まれると数字を追求するだけになってしまいます。それはエンゲージメント、やる気の低下につながります。

 そうではなくパーパスドリブンで、明治安田のフィロソフィーに基づいて、内から湧き上がるような熱いエネルギーでお客様に接して欲しいということを強く伝えています。使命感や、何が自分にとって幸せかという思いを持って仕事をした方が、結果として業績が上がると信じているんです。