多くの人が一度は利用したことがあるカスタマーサポート。ちょっとした疑問をすぐに解決できることから重宝する人もいれば、応対時間の長さや求める回答を得られないといったことで小さなフラストレーションを感じたことがある人もいるだろう。

さて、2022年11月のChatGPT登場以来、さまざまな企業が生成AIを利用したサービスを展開している。これはもちろん、カスタマーサポートの分野においても同様だ。高速光回線サービス「NURO 光」を提供するソニーネットワークコミュニケーションズでは、ユーザー向けマイページに用意したチャット型カスタマーサポート「NURO 光 メッセージサポート」に、2024年3月から生成AIによる顧客応対を導入した。

今回はソニーネットワークコミュニケーションズ NURO事業部 カスタマーサポート部 カスタマーサポート1課 課長の鈴木康祐氏から、従来のAIを活用したカスタマーサポートと生成AIを活用したカスタマーサポートの違いや、生成AIを活用した「NURO 光 メッセージサポート」導入後の反響について伺った。

  • ソニーネットワークコミュニケーションズ NURO事業部 カスタマーサポート部 カスタマーサポート1課 課長の鈴木康祐氏

改めて知る、従来型AIによるチャット型カスタマーサポートの仕組み

ソニーネットワークコミュニケーションズではNURO 光のユーザー向けに、サポートページ、Youtube動画の公開やチャットボットサービスなどの無人での応対に加え、電話やメール、メッセージ、SNSなど有人のカスタマーサポートも行っている。従来の無人チャットボットサービスでもAIを活用しているというが、今回有人のチャット型サポートに生成AIを導入したのはなぜか。両者には大きな違いがあるからだと鈴木氏は話す。

従来のAIによるチャットボットサービスには大きく分けてシナリオ型と検索型の2種類がある。シナリオ型は事前に一定の質問を想定し、その回答を用意するかたちだ。一方、検索型の場合、顧客が質問を入力すると、検索結果として類似の質問文がいくつか表示される。顧客はその中から質問したい内容に近いものを選択し、回答を見る。これらのチャットボットサービスには大きな課題があると同氏は説明する。それが、想定していない質問に回答できない点だ。

これに対し、大規模言語モデル(LLM)を用いた生成AIはどのような質問・言葉であっても、元々学習しているデータから何かしらの回答を生成できる。つまり、カスタマーサポート側が想定していない質問にも回答可能だ。ただし、この段階では“正しくない”回答をしてしまうハルシネーションが発生する可能性もある。そこで必要なのが、LLMのファインチューニングだ。だが、NURO 光のカスタマーサポートに蓄積されているデータを使ってファインチューニングを行えば “完璧な”回答ができるかというと、そうではない。

「ファインチューニングを行う場合、回答生成のためにはかなりの学習が必要な上、例えば『通信障害が発生しています』といった最新の情報には対応できません」(鈴木氏)

RAGの登場により、サービス化が可能に

鈴木氏が生成AIを用いたカスタマーサポートのアイデアを得たのは2022年終盤のChatGPT登場後すぐのことだった。生成AIが脚光を浴びたタイミングで、「これはすごいな」という感覚を持ち、顧客への案内に使えたらと考えたそうだが、先述の通り、ファインチューニングではハルシネーションへの対策として不十分なことが懸念された。そこで何か良い方法はないかと、海外の情報も含め、リサーチを実施。見つけたのが、当時日本ではまだあまり一般的ではなかった検索拡張生成(RAG:Retrieval-augmented generation)だった。

LLMのチューニングにRAGを用いた場合、一般的なデータで質問に回答するのではなく、自社が持つ独自のナレッジなどに学習データを限定した上で、それに基づいた回答を生成することができる。つまり、仮に通信障害が発生した場合、自社が持つナレッジを更新すれば、それを反映した回答が生成される。これにより、即時性が求められるカスタマーサポートにおいても、生成AIを活用した応対が可能になるのだ。

同社はこれにプロンプトエンジニアリングを組み合わせることで、生成内容をコントロールし、ハルシネーションの発生を大幅に減らした精度の高い応対を実現。2023年5月からサービス化に向けた本格的な取り組みを開始し、同年8月にはサービス提供の準備が整ったという。その後、すでに提供していたメッセージサポートへのつなぎ込みを行い、2024年3月、生成AIを活用した「NURO 光 メッセージサポート」のリリースが完了した。

  • 生成AIを活用した「NURO 光 メッセージサポート」の画面イメージ

つなぎ込みに半年ほど要したものの、サービスの核心部分についてはわずか3カ月で完成させたという。スピード感の秘密は「少数精鋭で進めたところ」だと話す鈴木氏に、具体的な人数を聞いてみたところ、なんと正確には“少数”ではなく、同氏1人からスタートしたというから驚きだ。生成AIの存在を知るや否やサービス化に取り組んだ同氏の熱意と行動力こそが、圧倒的なスピード感をもたらしたと言えるだろう。

問題を即時解決する確率を3割から8割に大幅改善

では、生成AIを取り入れたメッセージサポートでは、どのような効果が出ているのか。鈴木氏によると、従来のシナリオ型チャットボットサービスの場合、AI自体の正答率は8割程度だが、顧客の求める回答をし、問題を即時解決できていた割合は3割程度だったという。正しい答えであったとしても、顧客の問題を解決したかという指標を見ると、シナリオの設定などにより、問題解決には至らないケースも多々あったそうだ。

今回の生成AIを活用した「NURO 光 メッセージサポート」を導入して約半年経った現在、顧客の求める回答ができている割合は8割弱まで上昇している。残り2割は、マイページには記載していない情報や、自社内で完結しない配送状況に関する問い合わせなど、そもそも有人応対でしか解決し得ないものだという。

また、従来、全てオペレーターが回答していたメッセージサポートでは最初の返信まで2~3時間、解決まで約1.2日かかっていたものが、生成AI活用により、5秒程度で回答できるようになった。これに伴い、オペレーターの工数も大幅に削減。1カ月あたり約5300時間の削減につながっている。

鈴木氏はこれにより生まれた時間を「人にしかできない応対をするためのトレーニングに使っていただいている」と語る。生成AIでは解決できなかった質問は、より難易度の高いものということになる。これに向き合っていくためには、オペレーターはより深い知識を習得し、顧客に寄り添った応対をすることが求められる。難易度の高い質問を素早く解決し、顧客満足度を上げられるかどうかというところに「人の真価が問われている」(鈴木氏)のだ。同氏によると、生成AI活用により、有人応対が必要な質問も解決に至るまでの時間が従来よりも平均3.5時間ほど短縮できているといい、その効果は着実に広がっているようだ。

社内活用も進めることで、より良い応対を目指す

鈴木氏は今後、生成AIを活用したサービスをオペレーターのサポートのための回答支援や、問い合わせ履歴の入力支援などにも広げていきたいと話す。多くの企業ではまず社内活用で生成AIの効果を見極め、その後顧客サービスへ展開する場合が多い。しかし、ソニーネットワークコミュニケーションズではまずは顧客への還元を優先したことから、まだこの部分には着手できていないのだそうだ。

「生成AIは人の役割を補完するような役割を果たすことができます。オペレーターが生成AIのサポートを受けることで、さらに質の高い応対が可能になり、お客さまの待ち時間が少なくなるというメリットがあります」(鈴木氏)

現在、海外ではリアルタイムでの音声対応や同時通訳ができる生成AIサービスも登場しており、「今テキストで行っている応対を音声でできるようになれば、さらにすごいことができるのではないか」と鈴木氏は期待に満ちた表情で語ってくれた。今後、ソニーネットワークコミュニケーションズからどんな新しいサービスが飛び出すか、その動向を注視したい。