【倉本 聰:富良野風話】動物

いずれそんな日も来るにちがいないと思っていたが、恐れていたことがやはり起こった。内地にいる筈のないキタキツネが、青森県に現れたというのである。どうやら青函トンネルの壁道を通って、津軽海峡を渡ったものらしい。ロシアのウクライナ侵攻に刺激を受けたのか、ガザ地区に拡がるハマスの地下回路からヒントを得たのか、萬物の霊長などと得意になっている人間様の浅智恵からキタキツネはしっかり学習していたらしい。

 そんな冗談を言っている場合ではない。今度の場合は動物の南進だが、これが逆に内地のけものたちの北進だったらどうなるか。北海道にサルはいないし、イノシシも未だ現れたという話をきかない。地球温暖化で住み易くなった北海道にサルやイノシシが移住・繁殖することを覚えたら、この島の農業は大打撃を受ける。

 そうでなくても昨今の無責任なペットブーム。小動物好きの、しかも飽きっぽいペット愛好家が面白半分にそうした害獣を北海道に持ちこんだら、それこそメキシコ国境に巨大な壁を作るぐらいでは解決できない大問題になるにちがいない。

 そも、僕の移住した50年前、この島にゴキブリは存在しなかった。たまたま塾生の実家から送ってきたフトンの底に、ゴキブリの死骸が一疋(ぴき)ころがっていて、地元の連中がさわぎ出し、これは何だ! 知らないのか、これが有名なゴキブリだ。教えてやったら地元の原人はたちまち目の色変えて集まって来て、これが有名なゴキブリってもンだ。ヘェ! これが高名なゴキブリか! 子供に見せたいから借りてって良いかい? 一寸したお宝鑑定会になった。

 当時はフラノは勿論、札幌の薬屋でもゴキブリホイホイなど中々売っておらず、それが宅配便の発展と共にアッという間に全道にひろがり、最近は、先生、森の××の木にゴキブリが大量発生しとる。カラスがそれを好物にして集まっとるようだ、などという話まで耳にする。ゴキブリ、カメムシの繁殖力はハンパでなく深刻な環境問題である。

 環境問題で更に深刻なのは、このところのクマの市街地進出で、連日のように出現の噂を聞く。昔はここらのクマは気立てが良いから、人を襲うようなことは殆どないと聞いていたし、僕も自然塾のフィールドで何度かばったり遭遇しているが、こっちが余計な関心を持たなければテキもこっちに関心を持たない。街でヤクザと遭遇した時と同じだ、という説が立派に通用していたのだが、どうも最近はクマ社会の方も幼児教育がおろそかなようで人様の領域を勝手に侵犯する。この前も町のマクドナルドの前でトラックに轢(ひ)かれて死んだのがいて、この時は目撃したうちの塾生が、被害者は毛皮を着た老人でした。ハダシでした! と注進して来たぐらいだから野獣の側も人間の側も、どうもお互い領土意識の再教育が必要になっているようだ。

【倉本 聰:富良野風話】東京愛