日本電信電話(NTT)は7月18日、eスポーツ対戦直前の脳波に勝敗と強く関わるパターンが存在することを発見し、脳波データから試合結果を予測することに成功したことを発表した。

この研究成果は、競技直前の脳に最適な状態が存在することを示すとともに、競技パフォーマンスの予測に脳情報が有効であることも示唆している。将来的には、スポーツや医療、教育などさまざまな現場で活躍する人の脳状態の最適化によるパフォーマンス向上や、熟練者の高度なスキルを生み出す脳状態の解析、およびスキル伝承の実現も期待できる。

研究の背景

アスリートは本番の強いプレッシャーの中でも最高のパフォーマンスを目指して、メンタルを適切な状態に調節することが求められる。アスリートが本番に臨む際の脳状態はメンタルと関連していると考えられ、これまでにもいくつかの競技で脳状態と瞬間的なパフォーマンスとの関係は研究されてきた。しかし、パフォーマンス中のアスリートの脳状態は計測が困難であり、対戦競技の勝敗と関係する脳状態は見出されていなかった。

近年はスポーツアナリティクス技術が進展し、これに伴って競技の勝敗を予測する技術は向上している。そのため、過去の競技成績に基づいた試合結果の予測精度は高まっている。しかし、「実力が拮抗した試合」や、予想に反して格下のプレイヤーが格上のプレイヤーに勝利する「番狂わせ」など、不確定要素が多い試合結果の予測は依然として困難だ。

研究成果

この研究では、身体運動機能の違いよりもメンタルゲームの側面が強く脳計測に適しているeスポーツの格闘ゲームを対象とした。試合中の選手の脳状態を脳波計測(EEG:Electroencephalography)により観測。これにより、アスリートが試合に臨む際の精神状態がどのような脳波パターンから生じるのかを調査した。

解析の結果、対戦直前のプレイヤーの脳波データに存在する勝敗と強く関連するパターンを特定し、脳波データから試合結果を約80%の精度で予測可能可能であることが明らかになった。さらに、従来の予測技術では難しかった「実力が拮抗した試合結果」や「番狂わせ」といった試合展開も予測できる可能性が示されたという。

勝敗と強く関連する脳波パターンを発見

eスポーツの勝負には、目標を達成するための最善の方法を選択する「戦略判断」と、個人が自分の感情を意識的に調整し適切に表現する「感情制御」が重要であるとされる。試合の勝敗と関連する脳波パターンを調査するため、eスポーツの格闘ゲーム熟練者同士が実戦と同じ2ラウンド先取制の試合を行っている最中の脳波(EEG)を計測した。

プレイヤーへの事前のアンケート結果から、第1ラウンドの直前期間では戦略判断の重要性が高く、第3ラウンドの直前期間では感情制御の重要性が高いことが分かったという。そこで、第1および第3ラウンドの直前期間の戦略判断と感情制御に関わる脳波パターンに着目し、それらと勝敗の関連を調調査した。

その結果、戦略判断に関わる左前頭脳領域のγ波が試合の序盤(第1ラウンドの直前)に増大している時、また感情制御に関わる左前頭脳領域のα波が試合の終盤(第3ラウンドの直前)に増大しているときに、試合に勝つ傾向があることが明らかになった。

  • 試合結果と関連するラウンド直前の脳波

    試合結果と関連するラウンド直前の脳波

脳波データで学習したモデルによる高精度な勝敗予測

続いて、試合直前の脳波パターンが試合結果をどの程度正確に予測できるのか評価するため、1ラウンド先取制で行われる試合直前の脳波データからその試合の勝敗を予測するモデルの構築を機械学習の手法によって試みた。

最も成績が良かったモデルは勝敗に関わる脳波の特徴量が獲得されており、試合の勝敗を約80%の精度で予測できることが明らかになった。内訳をみると、勝ちだけではなく負けの場合も約80%で予測可能だったとのことだ。

実力が拮抗した試合と番狂わせが起きた試合の勝敗予測について、プレイヤーの過去の試合情報に基づく従来データでの学習では最も成績の良いモデルでも予測精度が低かったのに対して、脳波データを基に学習したモデルでは約80%の精度で予測できたという。

  • 脳波データを用いた勝敗予測の結果

    脳波データを用いた勝敗予測の結果