喜田益夫・日本ペイント社長「社員の愛社心、自主性、当事者意識を強化し、強い人材を育てたい!」

「30年前くらいに比べ、社員の愛社心や責任を持ってやるという自主性、当事者意識が落ちている気がします。ここを育てたい」こう語るのは日本ペイント社長の喜田益夫氏。同社は建物や自動車には欠かせない塗料を扱うアジア№1の塗料会社のうち日本セグメントを担う事業会社の一つとして、社会インフラにおける縁の下の力持ち的役割を担う。それは現場の最前線で仕事をする社員や、販売店の人たちがいなければ決して成立しない。喜田氏はものづくり企業として現場を重視した「三現主義」を掲げ、現場ではどんな人たちともやっていく強い人材であることが重要だと強調。いま日本の産業界が抱えるハラスメント問題についても、日本ペイントは独自の対策を取る。その考え方と対策とは─?

コロナ禍以降、業界全体の総括

 ─ 現在日本は円安も進んで原料高騰に苦しむ産業界ですが、塗料業界はコロナ禍から今まで状況はどうですか。

 喜田 塗料業界としては2021年は新型コロナウイルスによる塗料の需要量は回復傾向にはなりました。ところが、2022年以降ぐらいから順調に回復してきたものの、労働力の部分と、ウクライナ戦争があり物価の上昇がありました。原材料高騰、石油化学製品の基礎原料となるナフサ(粗製ガソリン)の国際価格上昇、エネルギーコストの上昇が、最終的にわれわれ塗料の原材料の高騰にインパクトを与える結果になりました。化学系の原材料そのものが全部高騰していますので、それを使った塗料をわれわれは販売するわけですから、利益がどんどん減っていくということが起こりました。

 それで2022年ぐらいから当社に限らず、塗料業界全体として、大手、準大手までは全部値上げをしたというわけです。

 ─ 値上げはスムーズにいきましたか。

 喜田 われわれの塗料は基本は販売店を通じて販売します。ですから値上げについては販売店の皆さまとも丁寧に話をしました。皆さまも自分たちの利益を確保しなければ生きていけませんから、値上げの理由をしっかりご理解いただいて、販売店でも値上げが行われました。

 この4年間は原材料の価格高騰が主な理由で値上げをしましたが、やはり値上げをしたら、当然消費は減ります。高いものや必要以上の量は買わなくなるというのが、まさしく今日現在の状況です。消費は低迷していますが、値上げによって利益は上向きというのが現在です。

 ─ メーカーで値上げしても現実には小売業界で値上げが難しいという声もきこえます。

 喜田 値上げをしたら、安価品が売れる流れにはなりますので、それなら今度はこれをどういうふうにお客さまに訴求するかが大事になってきます。

 われわれの商品で言うと、安価なものは質が悪いわけではなくて、要は機能によるのです。目的に合った機能をいくつ備えているかという話なのです。ですから値上げはしましたが、お客様には価格と機能のバランスに納得していただいて買っていただくということが重要です。

 ─ 企業の共通課題である賃上げにはどう取り組んでいますか。

 喜田 塗料業界では社員数300人を超えているような中堅から大企業系で、2022年度が20年度対比でだいたい2%上げているんですね。弊社の場合だと、2021年度にすでに3%のベースアップをしていますので、業界の中では賃上げできている方だと思います。

 特に大卒初任給については、塗料業界全体ですと2023年度は2020年度対比で104%なんですが、当社は118%で業界トップ水準です。わたしの入社のときはこんなに良くありませんでしたが(笑)。

 ─ 人材育成も大事なテーマですが、その教育の面で取り組んでいることはありますか。

 喜田 弊社は三現主義をベースに独自の人材育成プログラムを実施しています。加えて、われわれの商品を実際に売っていただく塗料販売店の人材育成の部分も業界全体にとって重要だと思っています。塗料販売には専門的な知識と技能を要するからです。今年から業界団体による塗料マイスター制度という検定制度が導入されましたので、それを最終的に国家資格のような権威のあるものに持っていければ、販売店の方々は塗料販売のプロとしてさらにプライドを持って仕事ができます。そうすると新たな人材獲得や、育成強化にもつながり、これは業界にとって大きいと考えています。

 ─ 今後取り組んでいくべき点はどういった点ですか。

 喜田 一番はいわゆる環境に対しての対応ということになろうかと思います。例えば自動車メーカーでは炭素排出の面ではまだまだ課題があって、弊社グループでは、その自動車の塗料を担っていますから、そこの配慮が大変重要になってくると考えています。

 ─ 自動車に塗るペンキは一般的に3度塗りを行っており、手間をかけて作っているそうですね。

 喜田 そうなんです。電着塗装、中塗り、上塗り塗装というのがあって、電着塗装は170~180度で焼き付けて、固めて、そのあと中塗り、上塗りという塗装工程があるんですね。塗った後に車ごとオーブンの中に入れて、140~150度で焼き付けるのです。焼いたらそこから煙が出て、当然二酸化炭素も出ます。恐らく自動車工場の中で一番CO2の排出が多いのが、自動車塗装ラインなのです。全体の20%ぐらいは占めていると思います。その塗料をわれわれが提供しているわけですので、ここを何とかできないかと。ですから、オーブンで焼くという工程を短縮した塗料の開発には力を入れています。

 また、例えば汎用・工業塗料では、道路あるいは建築用として遮熱塗料などの省エネルギーに向けた塗料なども展開しています。

 ─ 地球の環境をよくする、ESGやSDGsを意識的にやっていくということですね。

 喜田 その通りです。そのためにはサプライチェーンの最適化も大事だと考えています。われわれは塗料を発売するまで、調達、製造、物流の流れでお届けします。バリューチェーン全体を通して、環境負荷低減に向けた、いわゆるカーボンニュートラルの対応をしていこうということです。効率化を図り、再生可能エネルギーの使用、リサイクルの推進などを通して実行していくということですね。

いま海外のペンキ事情は─

 ─ 海外での売上は全体の8割で非常に伸びていますね。

 喜田 はい。2023年度の売上は全体で1兆4426億円のうち、アジアは7715億円、オセアニアは3604億円、米州は1092億円、日本は2015億円という結果でした。アジアは首位を維持しており、やはり中国は堅調です。

 中国はちょうど中古住宅時代の到来といった話が出ています。1990年ぐらいに建てられた建物が、20年、30年経って、いよいよもう塗り替えの時期にきているわけです。中国の市場はやはり巨大だと感じますね。

 面白いのは成長国ですね。われわれでいえばインドネシアやトルコ。インドネシアは生産年齢人口の平均年齢も30代です。

 ─ 活気があると。

 喜田 そうなんです。普通は平均年齢40~45歳くらいのところ、33歳くらいというのはかなり若い元気がある世代が多いということです。かつ、ここの良さというのは、一般的に内装の塗り替えがだいたい1年から3年なのです。

 日本の場合は10年、15年で外壁を塗り替えるかを判断しようということですが、成長国はものすごいサイクルで内装を塗り替えるので、その分、塗料の需要もものすごく伸びています。

 ─ 塗り替えが早いのは気象条件も関係しているのですか。

 喜田 いや、恐らく彼らの文化ですね。さらにコロナがあった影響もあって、絶えず室内を清潔にして安心を保ちたいという需要もあって、内装をすぐに塗り替える。国によって壁に関する文化が全然違います。日本では内装は壁紙がメインですが、海外はほとんどペンキを塗る文化ですので。

 ですから、日本の塗料製造業では、海外での生産数量と国内の生産数量というのは2010年に逆転しました。それまでは日本のほうが多かったのですが、海外が毎年増加していて、2022年でいうと海外生産数量は725万トンに対して国内の生産数量は147万トンで、約5倍の違いがあります。

ハラスメントをどう考える?

 ─ 喜田さんは入社して36年経ちますね。2019年から社長として企業経営する面で尽力している点はありますか。

 喜田 難しいと感じるのはハラスメントに対する考え方です。社員の愛社心や、責任を持ってやるという自主性、当事者意識が30年前くらいに比べ落ちている気がします。ですからここを育てたいと思っています。

 ─ 上司が部下を注意したらハラスメントと言われるケースも起きています。そういう面で指導をする際どう考えますか。

 喜田 なんでもハラスメントだとならないように、社員の中にハラスメント講習認定資格を持った担当者を置いています。担当者自身に動画で年4回に分けて、ハラスメントとはどういうものか講義してもらうんです。

 こういうことをやるとハラスメントに該当するということを社員全員で共有する。逆にいうと、ハラスメントだと声高に言う人も、認識を間違えているとそれ自体が逆ハラスメントになるわけです。これを始めてから去年はずいぶんとハラスメントへの意識が変わったと思います。

 ─ 要するに社員レベルで自分たちで考えようよと。

 喜田 はい。それが大事だと思っています。それってパワハラじゃないの? ということがあれば「○○さん(担当者)に聞いてみたら?」と冷静に見る目を社内につくるということです。担当者は外部の人間ではなく当社の社員なので、皆の納得感もあるのです。

 我々の世代は厳しい親が多かったと思いますが、今は親にも叩かれて叱られたことがないという人が多いんですよ。

 やはりそういうことがない世代の人たちは現場へ行ったとき「日本ペイント、早く来いよ。おまえ何やっているんだよ」と少し強く言われた瞬間にもう怖くなってしまって、「ハラスメントされたので辞めたいです」というふうなことになってしまいがちです。

 一概には言えないにしても、体育会系から来た人は、ある程度厳しく指導されることに免疫があり、そういうことはあまりありません。そのかわり、逆に本人にハラスメント要素が強いという面もあって、そこが難しいんですけどね。

 ─ そこのバランスですね。

 喜田 はい。そういった人は外へ行って言われても「うるさいな」と心で思っていても「わかりました、すぐやります」と言えますから、堪えない強さがある。しかし一方で、今度その人に部下をつけると、部下に「早く行け、おまえ」「これ、早く持ってこいよ」という具合になるので、なかなか難しい。これは事業をされている方だと皆さん感じているのではないでしょうか。わたしはずっと事業一筋36年でやってきて現場のたたき上げですから、「現場」「現物」「現実」の三現主義が大事だと言っているのです。

 ある現場で駄目だったら、全然関係のない部署に回すしか会社としては人事上できない。それで本人が辞めたいというのは致し方がない部分があると思っています。対価としてお金を払っている企業であり、授業料をもらっているわけではないので、そこはもう経営の判断ですね。

 ─ 本当ですね。適性を見て人事で対応できるところはしてということですかね。

 喜田 そうですね。でも最近感じることがあります。われわれの会社には技術系と営業系がいるのですが、技術系の人でもあえて営業を担当させたりしているんですよ。

 もともと技術部門の出身者は塗料の設計をよく知っているんです。ですから「この部分にこの塗料の素材では駄目ですよ」「それだと剥がれてしまいますからこうしてくださいね」と本人の技術的背景をもとに根本原理的からお客様に説明ができる。ですから意外とお客様から見たときに、技術キャリアを5年、10年積んでいる理系の人材は重宝されやすいんです。

 ─ なるほど。理論的な対話を通した営業ができると。

 喜田 ええ。そういう意味で、お客さまからのカスタマーハラスメントも受けづらいんです。そうであるならば、技術、営業と捉われずに柔軟に配置する効果もあるのではないかと最近感じるところです。

 結果的にお客様に何か言われても、技術系の社員は意外と動じない。向こうがすごく怒っていても、「それは言っていることがおかしいですよ」と論理的に捉えるので、ハラスメントになりづらいんです。

 感情よりも、ものごとを全て論理的に捉える傾向があるというのもあるのかなと感じます。