さまざまな業務分野において進むDX。中でも従来、紙の書類の取り扱いが主であった法務分野では、電子化、デジタル化などが進み、「法務DX」が浸透しつつあるようにみえる。しかし実際は個々の業務における効率化でとどまっている場合も多い。

こうした現状に対し、レクシスネクシス・ジャパン 代表取締役社長のパスカル・ロズィエ氏は「紙をなくすだけではなく、法務におけるオペレーション全体を考えるべき」だと話す。同社では法務の業務の約3割を占めるというリーガルサーチの効率化を促す生成AIトータルリーガルソリューション「Lexis+ AI」をリリースし、“一歩先のDX”をサポートしているという。では、法務の業務におけるDXはどのように進めるべきなのか。ロズィエ氏に話を伺った。

  • レクシスネクシス・ジャパン 代表取締役社長 パスカル・ロズィエ氏

電子化の先にある、プロセス全体を見る意義とは

ロズィエ氏曰く、日本国内におけるリーガルテック市場は成長を続けており、現在は約684億円規模の市場だという。市場が拡大しているのには、法務の業務ならではの課題がある。それは、多くの企業で「法務はコストセンターである」と考えられがちなことだ。業務において、紙の文化が根強く残っており、時間とヒューマンリソースが多く必要な点や、法務に関する知識を持った人材が必要な点など、「さまざまな面でコストがかかる」とロズィエ氏は指摘した。

「日本企業がグローバル市場で競争するためには、海外の法律やレギュレーションを調べる必要があります。しかしそれには時間がかかりますし、透明性の担保も難しい問題です。専門家に依頼するという方法もありますが、その場合にはさらなるコストが発生します」(ロズィエ氏)

では、そのような業務をどう効率化していけばよいのか。そこに登場するのが、電子化や自動化、生成AIといったテクノロジーだ。

日本企業の多くはコロナ禍を経て、紙の書類を電子化する“DX”を推進した。しかしロズィエ氏は「電子化は第一歩であり、本来は法務のプロセス全体をDXしていくべき」だと説明する。こうした考え方は「『リーガルオペレーションズ』に基づくDX」として、すでに欧米を中心に広がりつつあるという。

同氏によると、法務の業務はまず、現状の法律やレギュレーションを調べる「リーガルサーチ」から始まる。そこで得た情報を基に、ナレッジベースを作成し、自社に関わる重要な情報を抽出する。法律やレギュレーションは変化するものなので、その後のモニタリングも必要だ。グローバル企業の場合、このようなプロセスを各国や地域ごとに行うことになる。

仮に、関係する法律が改正された場合、当然、企業の戦略にも影響を与える。トップへのレポーティングも行うべきであり、場合によっては、サプライチェーンや人事といった幅広い範囲で対応が必要になることも考えられる。つまり、各プロセス1つ1つを効率化することも大切ではあるが、より大きな枠組みで法務の業務全体を捉えて考えることが重要なのだ。

「情報を調べるところから、フレームワークをつくり、(社内外と)コミュニケーションをするところまで考える必要があるのです」(ロズィエ氏)

ハルシネーションをどう解消するのか

このリーガルオペレーションズに基づくDXをサポートするレクシスネクシス・ジャパンでは、2024年3月、リーガルサーチの効率化を促す生成AIトータルリーガルソリューション「Lexis+ AI」をリリースした。

すでに大手企業や弁護士事務所、政府機関などで導入が進んでいるという同ソリューションでは、搭載されたAIを利用することで、自社に関わる法律やレギュレーションを容易に調べることができるという。そのメリットを同氏は「情報収集を他社やサードパーティーに依頼すると、時間もコストもかかるが、自分たちで直接アクセスできる仕組みがあることで業務スピードを向上し、コスト削減もできる」と話す。

ここで1つ、懸念されるのがハルシネーションの存在だ。すでに多くの人が認識しているように、生成AIは時に、それらしい嘘をつく。ちょっとした調べものであれば大きな問題ではないが、企業活動に大きな影響を与える法律やレギュレーションについて、嘘をつかれたのでは致命傷になりかねない。この点についてロズィエ氏は「Lexis+ AIはハルシネーションを限りなくゼロにしている」と自信を見せた。

  • Lexis+ AIのイメージ画像 。最下部のテキスト欄に調べたい内容を自然言語で記述すると、上部に結果と出典が表示される

実は、レクシスネクシスでは2017年頃からAIのテクノロジーに注目し、専門の部署を設置して常に動向をウォッチしていたという。その過程で得られた知見を基に、AIの構造やアルゴリズム、データベースの在り方などを入念に研究し、Lexis+ AIはつくられているそうだ。

「我々はLexis+ AIの開発にあたり、数千名の弁護士や法律の専門家らと共に、回答の精度を上げる取り組みを進めました。入力したプロンプトに対し、どのような回答が出るのか。彼らのフィードバックに基づき、細かくアルゴリズムの調整を行うことを繰り返したのです」(ロズィエ氏)

また、Lexis+ AIには同社のグループ企業であるRELXが定めた「レスポンシブルAI原則」の考え方も大いに影響している。ロズィエ氏によると、その中でも重視するのは「人間を中心としたAIにする」や「データガバナンスを重視する」といった原則だ。

「ブラックボックスのモデルでは、結果をコントロールすることができません。どのようなアルゴリズムなのかを理解することが大切です。また、人が監視しないAIはハルシネーションが発生しやすくなります。これらはAIを導入しようとする企業が常に考えなければいけないことです」(ロズィエ氏)

グローバル企業の強みを生かし、日本でも市場拡大を目指す

今後、市場規模の拡大が見込まれているリーガルテックの分野では、競合他社が増えていくことも予想されるが、同氏は「(競合他社は)ウェルカム! 新しいイノベーションを見てみたい」と話す。もちろん、自社の強みがあるからこその発言だ。レクシスネクシスは世界150カ国で展開しているが、「これだけグローバルに強いデータベースを持っている企業はあまりない」(ロズィエ氏)のだという。さらに「人を中心に、プライバシーやデータガバナンスを重視する、バイアスのあるデータを避けるといったユニークなAI原則がある」と続け、差別化への自信を見せた。

今後は、日本国内の情報をより充実させることと共に、日本企業に対してグローバルな情報をスムーズに提供し、国内企業のグローバル進出をサポートしていくことに注力するという。ロズィエ氏は、「リーガルテックにAIを導入する先駆者として、日本国内に新しいテクノロジーを提供していきたい」と力を込める。

「AIが人間に置き換わってしまうのではないかという恐れを持つ人もいますが、弊社はそうではなく、人のワークフローをより良くするもの、人のためになるものを深く考えています。これからも人を中心としたAIを普及させ、より付加価値の高い業務に集中できる環境をつくり出していきたいと思います」(ロズィエ氏)