今、建設DXが求められている背景には、労働時間の上限規制が適用される2024年問題がある。ある調査では、建設会社の4割で対応の目途が立っていないという結果も出ているそうだ。ほぼ全企業が現場支援部署の立ち上げやIT活用による効率化などを意識しているものの、実践まで至っていないのが実情ではないだろうか。

6月26日に開催された「TECH+セミナー 建設DX 2024 Jun. 転換期を迎えた建設現場の現在と未来」に、大林組 東京本店 土木事業部 生産マネジメント第一部の高橋寛氏が登壇。同社が現場のICT活用を支援するために導入した「デジタルコンシェルジュ」の取り組みを中心に、建設DXを実現するための考え方を解説した。

建設DX実現のために意識すべきは「生産性向上」と「建設現場DX」

2024年問題に対応し建設DXを実現するためには、「生産性向上と建設現場DXの2つの言葉を意識するべき」だと高橋氏は言う。生産性向上とは、人や設備、資源などのインプットに対する生産量や付加価値の比率を増やすことだ。政府による平成28年の未来投資会議では、建設現場の生産性を2025年までに2割向上させるという目標とともに、「i-Constructionによる少ない人数、少ない日数で同じ工事量を実現する」という文言も示されている。

国土交通省は、i-Constructionを「ICTの全面的な活用(ICT土工)等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もって魅力ある建設現場を目指す取り組み」と定義している。ここで注意すべきなのは、ITではなくICTという言葉が使われていることだ。ICTはInformation Communication Technologyのことで、ITの中でもコミュニケーションや情報共有技術を重視する。高橋氏は、建設現場においても、発注者、協力会社も含めて全体で情報共有や意思疎通を円滑にするためにITを活用しなければ、i-Constructionや省人化は実現しないと指摘する。

経済産業省はDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。これについて高橋氏は、デジタル技術の活用だけではただ手段を得たに過ぎず、まだDXの1文字目のDでしかないと述べる。製品やサービス、ビジネスモデル、さらには業務や企業文化まで変革することができて初めてDXと言えるのだ。

現場のデジタル化をすぐ始めないと、建設現場DXはいつまで経っても実現しない

高橋氏によれば、建設現場DXは5段階のステップを経て実現する。レベル1は業務プロセスの変更がまだなく、アナログ情報をデジタル化するデジタイゼーションの段階だ。そこから、レベル2のアプリによるプロセスの自動化、レベル3の複数アプリやICT建機間でのデータ連携、レベル4の建設現場の完全デジタル化を経て、レベル5の建設業のビジネスモデルの抜本的変革に至る。大林組では、2024年度までにレベル1を達成すべく、“草の根DX”としてアナログ業務のデジタル化を推進してきた。

  • 建設DXにおける5つのレベル

一方、i-Constructionは2024年の4月にバージョン2.0へと進化。省人化、自動化が重要なキーワードとなり、2040年までに3割の省人化を目指していくことと、施工、データ連携、施工管理の3つをオートメーション化することが示された。

「オートメーション化はもうマストと考えなくてはいけません」(高橋氏)

例えばデータ連携のオートメーション化なら書類削減、施工管理の高度化、検査の効率化を進める必要があるし、施工管理なら遠隔臨場などによるリモート化、オフサイト化が必要だ。ただしこれらは、きちんとデジタイゼーションを実施していけばそれほど難しいことではない。そしてこの自動化や省人化は、前述のDXの5段階のレベル1からレベル2へのステップアップと合致する。だからこそ、レベル1のデジタイゼーションを確実に果たしておく必要があるのだ。

「関係者全員で統一されたツールを使い、レベル1の建設現場のデジタル化を今すぐ始めてください。そうしないと、いつまで経っても建設現場DXは実現しません」(高橋氏)

デジタルコンシェルジュは現場とICTを結ぶ“よろず相談員”

大林組では土木現場へのICTツール普及を本部主導で支援するため、2019年にi-Conセンターを立ち上げた。このときすぐにICTが現場に根付くことはなかったが、翌年メンバーをトレーニーとして現場に短期常駐させることにしたところ、予想以上の効果をもたらした。たった1カ月でその現場がICT活用のトップランナーになり、発注者とのやり取りの効率も高まったという。

この取り組みを拡大することにしたが、人手不足の中、土木職員をデジタル人材として全現場に常駐させことは不可能だ。そこで、土木の専門家でもデジタルのスペシャリストでもなく、その間にいるような人材を選んだ。つまり土木もデジタルも少し理解している人材に、現場とデジタルの間を取り持つ役割を担ってもらうことにしたのだ。幅広く現場のニーズに対応し、マニュアルにない現場支援、各現場の状況に応じた臨機応変の支援を行うという意味で、この役割を「デジタルコンシェルジュ」と名付けた。

デジタルコンシェルジュは数週間という単位で現場に常駐し、その間にその後の業務のやり取り全てにICTツールが必須となる環境をつくることを目指している。高橋氏はデジタルコンシェルジュを「“デジタルよろず相談員”のようなもの」と表現する。ツールありきではなく、今何に困っているかを一緒に探し、現場の“工夫しろ”を見つけて俯瞰的にアドバイスをする存在なのだと説明した。

デジタルコンシェルジュが関わることで専門業務の量と質を最適化

ではそのデジタルコンシェルジュによって何を変えていくのか。まずはトータルの労働時間の削減だ。専門分野以外のデジタル化が可能な業務を切り離し、それをデジタルコンシェルジュが担当する。これにより、現場職員本来の専門業務の量と質をどちらも最適化するという。

「日常業務の在り方が変わってくることも、建設現場DXのひとつのかたちだと考えています」(高橋氏)

同社の土木現場では、数多くの場面でデジタルコンシェルジュが関わってICTツールの導入を支援している。例えばデジタル情報共有ノートの「eYACHO」は、使い方を覚えたり準備するのに時間がかかったりするところが課題だったが、デジタルコンシェルジュが帳票の作成や更新を行う、全員に使い方をレクチャーするというかたちで支援している。また、土木現場では通信環境の整備が課題となるため、現地調査から機器の設定まで全てを支援する。

そのほか、ウェアラブルカメラやウェブカメラの場合は機器選定や使い方のレクチャー、遠隔臨場については発注者への対応や調書の整備、施工管理総合ツールの「デキスパート」では工種体系ツリーや施工計画書の作成から納品までの全範囲、さらにはPowerPointで動画を作成する「PIP-Maker」では動画の作成を全て担当するなど、デジタルに関わるあらゆるところで現場を支援している。

一方で、「現状では課題もいくつかある」と高橋氏は明かす。例えば次々に登場するICTツールのどれを選べばよいのかは難しい問題だし、共同企業体や協力会社と一緒に工事を進めるという建設業界特有の構造により、ツールやセキュリティポリシー、ITリテラシーがバラバラな企業を連携しなければならない。また、DXの初期段階では目に見える効果があまりないため、費用対効果や妥当性を示すのも難しい。さらに、そういった状況の中で継続的にサポートしていく必要があるところも課題となっているそうだ。

高橋氏は最後に、各社のツールや環境に捉われず、誰もがシームレスに活用できる環境をつくることを目指し、その中で、デジタルコンシェルジュのような新たな役割が浸透していくようになってほしいと話した。さらに今後は、建設向けBPOサービスや建設ディレクターなどとも連携できるような仕組みづくりも考えていきたいと述べ、講演を締めくくった。