三村明夫・人口戦略会議議長「どんな日本を残すかは我々1人ひとりの責任。企業も新しい時代の中で自己変革を」

「どんな将来を残すかについては、我々1人ひとりに責任があると思わなければいけません」─人口戦略会議議長の三村明夫氏はこう話す。2023年の日本全体の出生率は1.20と過去最低を更新。ただ「時間が経つと危機意識はどこかに行ってしまう」と三村氏。この「危機意識」の共有からスタートしなければならないと訴える。そして将来の日本を他人事ではなく「自分事」として考えることができるかが1人ひとりに問われている。

出生率が過去最低を更新 これからの日本はどうなる

 ─ コロナ禍、地政学リスク、自然災害など我々を取り巻く環境は混沌としていますね。

 三村 歴史を振り返っても明治以降、15年から20年に1度は3000名以上の死傷者が出た災害が8回起きるなど、確実に大きな災害が起きています。

 私が会長を務める、感染症や地震、台風などの災害に強い社会づくりを目指し、憲法への緊急事態条項新設などを議論する会議体「ニューレジリエンスフォーラム」では、2024年5月に日本武道館で「国民の命と生活を守る武道館1万人大会」を開催しました。

 日本で大災害が起きた時に憲法に緊急事態条項を付けることで、国会が開いていなくても、非常事態として様々な施策を取ることができるようにする必要がある。そのための憲法改正を議論していこうという活動です。

 ─ こうした本質的な論議が非常に重要ですね。

 三村 そう思いますが、一部を除いてなかなかメディアが掲載をしないというのが現状です。

 もう1つ、私が「人口戦略会議」の議長として力を入れて取り組んでいるのが人口問題です。

 ─ 人口戦略は国のビジョン、国としてどうあるべきかに関わる重要な課題ですね。

 三村 ええ。2024年6月5日に厚生労働省が発表した合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むとされる子どもの数)は1.20と過去最低を更新しました。東京都は0.99と1を切る状態になりました。沖縄県は1.60ですが、前年比で減ってしまっている。

 各県知事も危機感を持っています。例えば東京都が日本で最も多くの若い女性を集めながら、出生率が日本で最低ということは、日本全体の出生率に大きな影響を与えます。ただ、このことは認識されたものの、しばらく時間が経てば、この危機意識がどこかに行ってしまいます。

 ─ 人々はなぜ子どもを産まないのか。やはり先行き不安があるからでしょうか。

 三村 様々な要因があると思います。重要なのは、このままいったらどういう日本になるのかという姿を示すことです。その日本を我々として容認できるのか、あるいは絶対に避けなければならないのか、避けるとしたらどういう手立てを採ったらいいのか、といった危機意識を、みんなで共有するところからスタートしなければなりません。

 ─ 今のままでは、日本の人口減少は歯止めがかからないという試算がありますね。

 三村 厚生労働省の「国立社会保障・人口問題研究所」(社人研)は20年の国勢調査の結果を基に、日本の人口が2100年にはおよそ6300万人に半減するという推計をまとめています。ところが、この6300万人は少し下駄を履かせています。

 例えば、外国人は毎年約16万人増加し続けるという前提を置いており、2100年には定住する外国人が約1000万人に達しているとしています。

 もう1つ、このケースでは出生率が1.36で推移することが前提になっています。22年の1.26、23年の1.20はコロナ影響もあって下がり過ぎたということで、1.36を前提に置いたわけです。

 大事なのは、出生率が1.36ということは、依然として人口は減り続けるということです。さらに大事なのは、人口が減り続けることで高齢化率が進行し、40%に達することです。これにより、現状から人口が半減するという試算ですが、この世界がどういう世界なのか、どういう日本なのかについては、政府も誰も言ってはくれません。

「消滅可能性自治体」は10年前からどう変わったか

 ─ 三村さんはどういう日本になっていると見ますか。

 三村 例えば社会保障制度です。2100年に高齢化率40%ですが、生産年齢人口も50%と見通されており、およそ1人の労働者が1人の高齢者を支えなければならないということです。それができるのかというと、絶対にできません。

 特に高齢者は認知症が増加していくことになりますから厳しい。社会保障制度の持続性を担保できなくなるということです。もう1つは、地方自治体がどうなるのかという問題があります。

 ─ 2050年までに20代から30代の若年女性が半減する自治体を「消滅可能性自治体」としていますね。

 三村 4月に人口戦略会議は社人研の推計を基に、2050年までの全1729都市の人口見通しを発表しました。

 2100年までの状況がなかなかわからない中、2050年までの人口見通しをベースに仮定を置きました。2020年の総人口を100とした場合、2050年には全国平均で17%減少する見通しですが、11県では30%以上人口が減る可能性があります。

 中でも重要なのは20代から30代の女性の減少です。減少の理由は自然減や社会減、つまり移動など様々ですが、若い女性が減少すると出生する子どもがどんどん少なくなる。

 従って、その自治体は究極的には消滅する道を辿らざるを得ない、というのが「消滅可能性自治体」です。

 その仮定の上で1729都市を見たところ、744の自治体が「消滅可能性自治体」となりました。特に東北、北海道に多いという特徴があります。

 ただ、10年前に「日本創成会議」が出した推計では、896の自治体を消滅可能性があるとしていました。単純比較はできませんが、約150の都市が減っているわけです。

 ─ この10年間、各自治体が努力してきた結果だと。

 三村 そうです。「消滅」という刺激的な言葉を使ったことによる効果があったのか、240ほどの自治体が消滅可能性から外れました。ただ、新たに100ほどの自治体が消滅可能性に加わってしまった。

 消滅可能性自治体の中でも、300以上の都市で女性の人口減の比率が、当初の想定よりも少なくなっているという推計も出ています。その意味では、どの自治体も相当の努力をしているということです。

 ─ 各地で危機感が出てきたということですね。

 三村 そうです。各県ごとの出生率が出ていますから、各県知事が強い危機感を持っていることが大きいですね。

 もう1つ、今回我々は人口の自然減で出生率の低下が依然として続く中、他地域からの人口流入に依存することで、若年女性の人口減少率が50%未満の25の自治体を「ブラックホール型自治体」と分類しています。こうした自治体にも、ぜひ対策を採っていただきたい。

 根っこのところで言うと、各地方自治体で様々な対策を打ってきていますが、今お話したのは2050年の姿です。これが2100年に各地方の姿がどうなるか。想像をしたくないくらい、相当問題になると思います。

 ─ 地方自治が維持できているかという問題がありますね。

 三村 例えば、人口が減っても各地に住んでいる人達がいるわけですから、水、電力などのインフラ、スーパーなどの生活利便施設が必要ですが、こうしたものをどう提供することになるのか。

 解はわかりませんが、日本全体として大きな問題になるだろうということは想像に難くありません。

 問題は地方、社会保障、それ以上に経済に与える影響です。経済成長率は資本蓄積×労働人口×生産性の掛け算で表されます。人口は今の3つの問題いずれにも関係してきます。

企業は新たな時代に自己変革すべき

 ─ 人口減少は市場が縮小するということになります。

 三村 企業は、その縮小するマーケットに対して設備投資や能力増強投資を行うかというと、行いません。それどころか需給ギャップが生じます。それは我々日本製鉄が昔、大合理化を行って高炉を閉じたような施策が必要になります。各業界でそうした合理化が行われ、設備を需要に合わせていくことになります。国内資本蓄積は相当程度減らざるを得ません。

 そして労働人口は火を見るより明らかです。08年をピークに労働人口は減り続けていますから。ただ、女性の「M字カーブ」(結婚や出産を機に離職し、育児が一段落したら再び働きだす女性が多いという日本の特徴を反映したグラフ)は、女性の労働参加で解消されています。

 また大きかったのは高齢者が労働参加したことです。その結果、労働人口は減っても労働者数は減りませんでした。人口減少の労働に与える影響は辛うじて回避できたということです。

 ただ、いよいよその財源も枯渇し、労働人口が人口減少に応じて減っていくことになります。人口減少が〝牙〟を剥き始めたということです。生産性の向上はあっても、労働人口が半減した時にどういう状況になるか。

 ─ 生産性向上は叫ばれて久しいですが。

 三村 大事なのは国、地方自治体の生産性や業界構造などのトータル生産性です。例えば、生産性の高い企業があることで全体の生産性が上がったり、合併、再編が進んでいるというような業界内の構造、さらには労働者の流動性が1人当たり生産性などによって決まります。

 様々な要素が絡みますから想像は難しい。デジタル化が必要に迫られて猛烈な勢いで進み、AI(人工知能)の導入競争になるでしょう。

 もう1つ、マーケットが縮小する、あるいは人手不足になることで、否応なく、人を惹きつけられる企業、産業が生き残ることになります。残念ながら、企業数は今のままではいかず、相当程度減らざるを得ない。

 そうなると生産性の高い企業が生き残るという意味での競争は、好むと好まざるとに関わらず生じてきます。企業は新しい時代が来たと思って、懸命に自己変革をしなければなりません。ただし、この競争によって全体の生産性が引き上がることは期待できます。

定常化戦略と強靭化戦略の同時進行で

 ─ 将来世代にどういう日本を残すかが問われています。

 三村 これから生まれてくる子ども達が70歳になった世界ですが、その世界がこれまでお話してきたようなミゼラブルな日本でいいのだろうかと。これが危機意識です。

 どんな将来を残すかについては、我々1人ひとりに責任があると思わなければいけません。それが他人事で、我々に責任はないんだと思うことも確かにできるとは思いますが、私にはとってもできません。

 手をこまねいていたら深刻な事態になりますし、日本は国際的に取るに足らない小国になってしまうでしょう。そんな日本を残していいのだろうかと。そういう危機意識を持った29人が自主的に集まってつくったのが人口戦略会議です。人口問題に対応していかなければならないという思いです。

 ─ どういった対応策が考えられますか。

 三村 1つは、人口減少はスピードが問題ですから、減少スピードを遅くできるかです。現在の1.20という出生率をできる限り早く引き上げることができるかが問われます。

 もう1つ、これ以上人口が減らないという出生率が2.07ですから、我々として2060年までに2.07に達するための最大限の努力をしようということです。

 それでも老人や亡くなる人の数は生まれてくる数よりも多いので、しばらくは人口減が続きますが、2100年にちょうど均衡点に達します。この時の人口が8000万人です。

 難しい道ではありますが、2060年までにできるだけ人口減少のスピードを抑え、なおかつそれ以上下がらない安定化レベルに達するための方策を「定常化戦略」と呼んでいます。

 人口減対策は人口を増やすことだと誤解している人もいますが、そんなことはできません。どこのレベルで安定化させることができるかが問われます。

 同時に、デジタル技術、AIの活用、業界の再編などありとあらゆる手を打って日本の生産性を引き上げる。これを「強靭化戦略」と呼んでいます。

 この定常化戦略と強靭化戦略を同時に進めることで、何とか2100年までに安定した状態をつくり上げることが必要だと思っています。