時間外労働の上限規制が適用される2024年問題は、建設業にとっても喫緊の課題だ。建設ITジャーナリストの家入龍太氏は、「人に頼らない建設へと変わる必要があり、そのために不可欠なのが建設DX」だと話す。そしてそのキーになるのは「全員が早く帰ること」だ。

6月26日に開催された「TECH+セミナー 建設DX 2024 Jun. 転換期を迎えた建設現場の現在と未来」に同氏が登壇。生産性を向上させ、全員が早く帰るための具体的な7つの戦術を挙げ、建設DXに戦略的に取り組む方法について解説した。

労働人数、労働時間を減らすことで生産性を向上

講演冒頭で家入氏は、建設DXとは、建設業にデジタル技術を導入して仕事の進め方を抜本的に変え、生産性向上や働き方改革を実現する取り組みであると説明した。生産性は、労働人数や労働時間を減らすことで向上できる。したがって、ロボットやAIにより労働人数を減らし、徹底的に無駄を省いて労働時間を減らすことが有効な手段になる。

「建設DXで生産性向上という成果を出し、早く帰るという働き方改革につなげることが重要です」(家入氏)

1日の労働時間の内訳を調べると、生産の時間以外の無駄な時間がかなり含まれていることが多い。その無駄な時間、例えば雑用や移動、手待ちなどの時間をITによって減らし、生産の時間についても可能な限り効率化して短縮する。これが建設DXの基本的な考え方だ。

  • 働く時間における現状と理想

テレワークで移動をなくし、工程の細分化やIT機器による超人化で工期を短縮

早く帰るための戦術として、まず考えられるのが「昼間シフト」である。残業時間に行っていた書類整理や写真の整理を、クラウドを利用し、現場に持ち込んだタブレットで昼間にやってしまうのだ。空き時間を有効利用でき、事務所に帰る移動時間も削減できる。タブレットで使える施工管理システムも数多くあり、活用すれば大幅な効率化が望める。

2つ目が「ムダ削減」だ。ここで大きなターゲットになるのが移動の無駄だが、これはテレワークで削減できる。現場に設置したクラウドカメラからのリアルタイム映像を施工管理者が見て、リモートで進捗管理や安全管理、レポート作成などを行う。最近では、建設機械の運転もテレワークで遠隔操作が可能だ。その際、例えば配管などをモデル化しておけば、丁張りなどを使わずに正確に掘ることができると家入氏は言う。

3つ目は「工程の細分化」で、従来1日単位でつくっていた工程を時間、分単位で分割して施工サイクルを高速化する。配管の埋め戻し作業では運搬、転圧、測定を何度も繰り返すが、そのサイクルの1回を1工程と捉えて短縮を考える。そこで投入するのが、運搬力をパワフルにできる「ねこ車電動化キット」だ。これで30秒かかる運搬を18秒に短縮できる。1工程では12秒の短縮だが、全体では大幅な時短を実現できる。

4つ目が「超人化」で、IT機器を人間に着けて作業時間を短縮する。例えば透視能力を与える「Microsoft HoloLens」を使うと、現場風景と図面を重ねて見ることができる。図面と異なるところがあればすぐに分かるし、構造物の位置合わせも簡単だ。床スラブにナットを埋め込む際には、階下の設備が透過して見えるので容易に墨出しができるし、トンネル内からコンクリート外側の地質を可視化できる。そのほか、移動速度を速めるには電動キックボードが便利だし、スマートフォンで周囲を一周して写すだけで足りない工具が分かる「工具ミッケ」を使えば、資材管理のスピードを超人化できる。

専門外の業務は外部委託

5つ目は「戦略的分業」だ。施工管理技士にとっては、写真整理やデータ整理といった業務はいわば雑用だ。こうした専門外の業務、建設に直接関わる以外の業務を外部に委託しようという考え方だ。そのために利用できる建設業向けのBPOサービスは数多くある。中でも最近注目されているのが、バックオフィス業務を担う建設ディレクターという職種だ。積算・入札や工事関係の書類作成、写真測量や3次元設計といったICT業務など、施工管理の資格がなくてもできる仕事を請け負う人材を指し、一般的には業務のうちおおむね6割程度は建設ディレクターに外注できるそうだ。

「これまでの仕事が4割まで減れば、施工管理者はもっと早く帰れるし、たくさん仕事ができるということになります」(家入氏)

安価で手に入れられるロボットで工期短縮

6つ目の「ロボット、AI化」は文字通りロボットやAIに仕事を手伝わせる方法だ。最近は大規模なものだけでなく、比較的安価で購入して使えるロボットも数多くある。例えば自動墨出しロボットシステム「SumiROBO」は測量機と連動して動く墨出しロボットで、夜間に起動しておけば翌朝までに墨出しを終わらせることも可能だ。鉄筋の上を自走して交差部分を見つけて自動的にクリップで緊結してくれる全自動鉄筋結束ロボットもある。また障害物の多い現場では四つ足歩行ロボットが便利だ。3Dスキャナを搭載し、現場を自動的に巡回して3Dスキャンさせるといった使い方ができる。道幅などがミリ単位で分かるため、人間が現場に行かなくても資材が搬入できるかどうかを検討することができる。このほか、物資の輸送のための大型ドローンや、建設用3Dプリンタも工期の短縮に効果がある。

AIの活用としてポピュラーなのがChatGPTだろう。文章の生成や校正、翻訳はChatGPTの得意分野であるから、メールの下書きを作成させたり、報告書や補助金の申請書を作成させたりと、活用できる範囲は幅広い。

7つ目は「相互協力」だ。他者の効率化のために協力して全体の時短を目指すものを指す。例えばAI施工管理サービスの「zenshot」は、住宅現場を360度カメラで数分撮影するだけで、動画データがクラウドで3Dモデル化される。自動的に360度の現場ビューが作成されるため、監督は現場に行かずにいつでも状況を確認できる。現場の職人が少しの手間で撮影をするだけで監督の移動を省くことができるし、監督は複数の現場を管理することも可能になるというわけだ。

意識や制度の改革、効果の確認も必要

建設DXでは、前述の7つの戦術を実行する前に戦略が必要だし、戦術の後には管理も必要になると家入氏は言う。戦略とは、残業を減らすための意識改革や制度改革といった労働理念のことだ。長時間労働が評価されてきた意識を変え、効率的に短時間で仕事を済ませることを目指さなければならない。経営者から「早く帰るのは良いこと」という明確なメッセージを発信して理念を共有させるのも有効だし、みなし残業手当のように早く帰ったほうが得をする仕組みの導入も考えられる。

「早く帰ることが出世につながる仕組みが必要です」(家入氏)

戦術の後の管理とは、建設DXの導入による効果を出社・退社時間、残業時間、所要人工数などで確認することだ。もし改善されていなければ、やめるべき仕事はしないように徹底する。デジタルが苦手だという少数の例外者がいる場合には、経営者が率先して指導することも求められる。

業務の「カイゼン」はこれまでにも何度も叫ばれてきた。しかし従来型のカイゼンと建設DXとでは内容が異なると家入氏は指摘する。例えばカイゼンでは生産性を何割向上させるかという目標を立てるが、DXでは何倍にするかが目標だ。ワークフローのカイゼンはPDCAを回すことだが、DXではゼロから見直しを行う。従来の成功要因はKKD(経験・勘・度胸)だったがDXではデータドリブンになる。そのほか働き手についてはDXでは人間にAIやロボットが加わるし、人間の能力の超人化も可能だ。そして、従来は労働時間が評価されていたが、DXでは付加価値や生産性が評価されるべきだと同氏は強調した。

「いつも5時に帰るけれど、ちゃんと仕事が終わっている。そうやって定時で終わって帰る人が評価されるようになれば良いと思っています」(家入氏)