東京大学(東大)、日本原子力研究開発機構(JAEA) J-PARCセンター、総合科学研究機構(CROSS)、愛媛大学の5者は6月28日、世界で初めて100ギガパスカル(GPa)を超える圧力までの氷の粉末中性子構造解析を行い、80GPaを超える圧力下では水素結合が対称化することを直接観察したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の小松一生准教授、同・山下恵史朗大学院生(研究当時)、同・伊藤颯大学院生、同・小林大輝大学院生、同・鍵裕之教授、JAEA J-PARCセンターの服部高典主任研究員、同・佐野亜沙美主任研究員、CROSS 中性子科学センターの町田真一副主任研究員、愛媛大 地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男教授、同・新名亨准教授/シニア・ラボマネージャー、仏・ソルボンヌ大学/CNRSのステファン・クロッツ教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

氷は水(H2O)の固体として知られるが、同じ化学組成を持ちながら、結晶構造が異なるいくつもの多形が発見されており、2024年5月時点で少なくとも20種類が知られている(分類のため、後ろにローマ数字が付けられている)。家庭の冷蔵庫などで作られるような、通常の大気圧下で水を0℃以下まで冷却することでできる氷は「氷I」。しかし圧力や温度などの条件の違いによって結晶構造は変化し、例えば室温で水に対して1GPaの圧力を加えると現れるのが「氷VI」だ。1GPaとは、大気圧の100kPa(1mm2あたり10gの重量がかかる)の1万倍なので、1mm2あたり100kgの重量がかかるという高い圧力である。

さらに1GPaを超えてさらに圧縮していくと、2GPaを超えたところで別の結晶構造を持つ「氷VII」へと変化する。この氷は、水分子が体心立方格子の格子点に位置した結晶構造を持つ。この水分子は隣接する水分子と水素結合によって結びついているが、さらに圧縮していくと、隣り合う酸素原子間にある水素原子が、2つの酸素原子の中心に位置する「水素結合の対称化」を起こすことが半世紀以上も前から予想されていた。水素結合が対称化した氷は「氷X」と呼ばれ、その構造の最小単位はもはやH2Oではなくなってしまうため、他の多くの氷とは異なる性質を示すことが予想されている。

  • 氷VIIおよび氷Xの結晶構造

    氷VII(左)および氷X(右)の結晶構造(酸素原子が赤、水素原子が白)。80GPaより低い圧力では、氷VIIのように水素原子は隣り合う酸素原子のどちらか一方に偏った位置に存在する。どちらの酸素に偏るかでさまざまな配置が考えられるが、氷VII中ではこれらの配置がランダムに存在する(上)。中性子回折法では、空間的・時間的に平均化された情報が得られるため、観測される水素原子の分布は2つの極大を持つ。一方、80GPaを超える高圧下では、氷Xのように水素原子は2つの酸素原子の中心に位置していることが確認された(出所:愛媛大プレスリリースPDF)

対称化に至る過程では、水素原子が「量子トンネル効果」により非局在化することや、水素原子が感じるポテンシャルの変化によって、マクロな弾性率が大きく変化することが理論的に予想されており、これらを裏付ける実験的な研究も報告されている。しかし、元素の中で最も軽い水素原子の位置を正確に把握することは難しく、これまで氷中の水素結合の対称化を直接観察した実験例はなかったという。ここ4~5年だけでも水素結合が対称化したという報告は数件あるが、これらの報告はいずれも間接的な手法によるものであり、対称化したとする圧力も、論文によって20~75GPaと大きくばらついているという状況だったとする。

水素結合の対称化を観察するには、水素原子の分布をとらえることができる中性子回折実験が最も直接的な手法といえる。しかし、中性子回折実験を行うには通常数mm3程度以上の大きな試料が必要となり、そのような大きな試料に数十GPaという圧力をかけるのは極めて困難だ。そのため、これまで中性子回折実験が行える圧力は30GPa程度にとどまっていた。そこで研究チームは今回、愛媛大で開発されたダイヤモンドを凌ぐ強度を持つナノ多結晶ダイヤモンドに注目。それを高圧セルの素材として使用することで、比較的大きな試料を高圧下まで加圧できる技術を開発したという。

今回の研究では、試料からの微弱な信号を取り出すため、世界最小クラスの試料見込み幅を持つ受光コリメータを備えたJ-PARCの超高圧中性子回折装置「PLANET」が用いられた。これにより初めて100GPaを超える圧力までの氷における中性子構造解析が実現され、その結果およそ80GPaを超えた圧力下で、氷中の水素結合が対称化することが確認されたとした。

  • 高圧下中性子回折実験から得られた氷中の水素原子分布の圧力変化

    高圧下中性子回折実験から得られた氷中の水素原子分布の圧力変化。(上)中性子回折実験では、水素原子が存在する分布を2つのガウス関数(点線)の足し合わせとして解析が行われた。2つのガウス関数がある程度離れていると足し合わせた分布にも2つの山が現れる(氷VII、左上)が、ある距離よりも近づくと1つの山となる(氷X、右上)。(下)解析によって得られたガウス関数の中心位置がプロットされたもの。さらに、水素原子が存在する確率が酸素原子からの距離の関数として色の濃さで表現されている(出所:愛媛大プレスリリースPDF)

水や氷のような身近な物質でも、超高圧下における構造や物性はまだ完全にはまだよくわかっていない部分も多い。このような超高圧条件は、実験室でのみ実現できるような現実離れしたものでは決してなく、地球や惑星の深部ではむしろどこにでもある条件といえる。たとえば近年、氷VIIは、地球深部から上昇してきたダイヤモンド中の包有物として発見されている。研究チームは今後、今回の研究で開発された手法を高温下あるいは低温下でも適用できるように改良することで、さまざまな温度圧力条件にある地球深部や宇宙空間の氷の状態を解明できるようになることが期待されるとしている。