6月12日と13日の2日間、環境の整備や従業員のエクスペリエンス向上をテーマに、「TECH+フォーラム 働きがい改革 2024 Jun. シナジー創出のカギとなる従業員エクスペリエンスの向上」がオンラインで開催された。本稿では、タニタ 社長補佐で、あすある 代表社員の二瓶琢史氏が、タニタが実践する「日本活性化プロジェクト」を紹介した講演を取り上げる。

「日本活性化プロジェクト」とは

タニタはこれまで、日常業務を離れて新しいことに挑戦する「チャレンジャー制度」を2010年に、子育てや介護によってフルタイムで仕事をすることが難しい人の受け皿として、職種、勤務地、勤務時間などを個別の事情に対応する「限定正社員制度」を2015年にスタートさせてきた。そして、2017年には、社員を個人事業主化し、会社の仕事を業務委託する仕組みである「日本活性化プロジェクト」を開始した。

このプロジェクトは、“経営が悪い時でも働き手がタニタから離れていかない仕掛けはつくれないものか”、また、“やらされたことばかりだと仕事がつまらなくなり、メンタル不調にもつながるので、やる気が出るような仕掛けを用意する必要があるのではないか”という同社 代表取締役社長・谷田千里氏の考えに基づきスタートしたという。

「目指すところは、働き方の健康です。言われたことだけをやっていれば良いという姿勢だと、仕事がつまらなくなるので、自分事として活き活き と仕事に取り組みましょうということ。そして、仕事を通じて成長を感じられる働き方こそが大事なのではないかという考えです。(中略)雇用関係の枠組みの中ではなく、独立した事業主ということになれば、自分で考え動いていかなければならないので、自立につながっていくだろうという期待もあります」(二瓶氏)

ただ、スタート当初はこのプロジェクトに対して、「リストラの準備ではないか」という不安を感じる社員も多く、経営層からは、「個人事業主になったら上司の指示に従わなくなるなど組織崩壊につながるのではないか」という懸念が出されたそうだ。

そこでこのプロジェクトでは社員から個人事業主に移行する際、基本的にはこれまで担当していた仕事をそのまま業務委託する契約をし、会社が支払っていた給与(残業代を含む)や賞与、会社が負担している交通費や社会保障費をベースに「基本報酬」を算定して支払うかたちとした。

「これが、シフトする入り口としては安定感につながったのではないかと思います」(二瓶氏)

そして、新しい仕事や目標で設定した以上のアウトプットを出した場合は、別途「成果報酬」を支払うことも行っている。

「これが挑戦力や挑戦したことへの“報われ感”につながるのではないでしょうか」(二瓶氏)

  • 業務委託契約の概要

業務委託の契約期間も3年契約を結んで、それを1年ごとに見直し、更新していく枠組みにした。1年経ったところで業務内容や報酬額を見直し、新しい内容と金額で合意した場合は、古い契約の残り2年は捨て、上書きする。

「会社側の意向にせよ、本人の意向にせよ、更新しないという結論に至った場合でも、契約期間が2年残っています。見方にもよるのですが、働き手にしても、会社にしてもこの関係性を維持する時間を稼ぐという意味では、安定・安心につながっています」(二瓶氏)

同社では毎年10月の頭に個人事業主への切り替え希望者に向けた説明会を行い、そこから情報提供や切り替えた場合の税金や社会保障費などのシミュレーションを実施。約3カ月の期間をかけて退職、業務委託契約という移行を検討して進める枠組みになっている。

「日本活性化プロジェクト」の活用状況

実際にプロジェクトがスタートした2017年には、8名が個人事業主に切り替えた。2024年までに、延べ38名が雇用契約から業務委託に切り替え、契約を終了した人も8名いるという。

移行者(活性化メンバー)へのアンケート調査では、タニタ以外の仕事をしたことがある人は約半数で、時間と場所の自由度に関しては、多くの人が「自由度が高まった」と回答した。

業務量と所得については、「仕事が増えた」という人が過半数で、それ以上に「所得が増えた」と感じている人が多かったという。

残念な点としては、「所得はもっと稼げると思っていた」、「税金や保険が高いと感じる」といった声もあったと二瓶氏は打ち明けた。

また、確定申告や開業届といった手続きに対する不安、勝手に会社に出入りしたり、会社のコピー機を利用したりしてもいいのかといった悩みや疑問があった。これらの課題を解決し、活性化メンバーをサポートする目的で、第1期の活性化メンバー8名が、互助会である「タニタ共栄会」を立ち上げた。共栄会では、慶弔見舞、健康診断補助といった一般的な互助会が担う業務を行うが、その他に、特徴的な業務も行っている。

具体的には、タニタとの施設利用契約、税理士法人との契約による無料税務サポート、タニタの会社イベント(地域交流イベントなど)に際して会員の参加を促し支援する、という3つだ。

施設利用契約では、共栄会がタニタと契約し、施設利用料を収めることで、会社の施設を利用可能にした。税理士法人のサポートでは、共栄会が税理士法人と契約を結ぶことで、会員は無料で確定申告のサポートを受けることができる。そして、地域交流のイベントでは、共栄会から会員に働きかけて、イベントサポートを依頼し、日当を支払うことにしている。

個人事業主化の成果

個人事業主になった場合の所得は、2017年はタニタが支払った業務委託料とほぼ同額だったが、2018年以降は会社が支払った額を超えており、これは他社から得た収入である。また、雇用契約下でタニタが負担していた社会保険料相当の額も含まれていたり、受託した業務に関連する支出を自分の経費として計上することもできたりするため、手取り額も増加しているという。

「経費の活用は自分の財布で仕事の環境や人脈、将来の環境を整えるということになります。おそらく直接的に金額が増えたとか手取りが増えたということ以上に、日々の仕事と生活の垣根が消えて、統合していくような人生になっていくことが大きな効果だと思います」(二瓶氏)

会社の業績としては、日本活性化プロジェクトを始める前5年間の売上総額と、始めてから5年間の売上総額を比較すると約25%伸びている。

最後に二瓶氏は、「日本活性化プロジェクト」の成果について、次のように評価した。

「独立した事業者は、会社の依頼を引き受け、自分の方法で(業務を)完成していくかたちです。自己研鑽の費用を経費に使えるというメリットも含めて、自分で考えて仕事、新しい価値を生み出せる人に向いています。タニタの仕事を“フルフル”でやっていただいた後は、他社の仕事も可能ですし、定年もありませんから、長きにわたって活躍することもできます。そのためには第一線で活躍できるスキルを常に磨き続けるということが必要ですから、持続的な成長の源泉としても、この取り組みが機能するのではないでしょうか」(二瓶氏)