ガートナージャパンは5月21日~23日、年次カンファレンス「ガートナー データ&アナリティクス サミット」を開催した。本稿では、一般社団法人 STUDIO POLICY DESIGN外山雅暁氏が登壇したゲスト基調講演「革新を解き放つデザインの力」の内容をレポートする。
考えるべきは“誰のためのデザインか”
外山氏は美術大学を修了後、アーティスト活動を経て、2001年に官公庁へ入庁。主に知財、デザイン、デジタル政策を担当してきた経歴の持ち主だ。講演の冒頭、同氏は、先が見えない今の時代にはビジネスにおいても、これまでと違ったプロセスで解を見つける必要があり、解を得るためにユーザーの視点を見つけ出すアプローチの1つがデザインであると説明した。
では、ここで言うデザインとはどのようなものなのか。外山氏はその定義の1つに「目的をもって具体的に立案・設計すること」があるとした上で、コップのデザインを例にとった。デザインというと、カッコいい、可愛いといったことを思い浮かべがちだが、同氏は「誰のためなのかが最も重視すべきこと」だと話す。指を怪我している人を想定した場合、取っ手のあるコップでは持ちづらい。握力が出ない人の場合はガラスのコップでは滑りやすい。そこで、取っ手がなく、滑りにくい木材を使ったコップが生まれる。
「誰のための何の課題を解決するデザインなのかを考えることが重要です。そうすれば、その人の課題を解決するために、何が必要なのかが見えてきます」(外山氏)
つまり、「デザイン=人を起点とした価値創造・問題解決」であるというわけだ。
外山氏によると、デザインの対象領域も時代によって変化しているという。以前はグラフィックやインダストリアルといったかたちのあるものが中心だったが、近年はインタラクション(ユーザーの操作に対するシステムの反応)やビジネスにおいてもデザインが用いられるようになっているそうだ。
なぜユーザー中心のデザインが必要なのか
現在は先行きが不透明なVUCAの時代であり、過去のやり方が通用しなくなっているのは周知の通りだ。また、人々が重視するものがモノからコトへ変化し、心の豊かさを求める傾向が強まりつつある。
「産業構造や社会環境が大きく変化していく時代に、斬新なアイデアやオリジナリティ溢れる製品を生み出す必要があります。そのためには、ユーザー中心のデザイン思考が必要だと考えています」(外山氏)
かつてヘンリー・フォードは「人々に移動手段として何が欲しいかと聞いたら、彼らはもっと速い馬が欲しいと答えただろう」と述べている。だが本来、人々が欲しいのは馬ではなく、馬の持つ移動能力だ。
「フォードはユーザーのニーズを開発することができたため、自動車が生まれました。現代の我々も、スマホの登場などを通して、破壊的なイノベーションに触れた経験を持っています」(外山氏)
こうした画期的な発明は、ユーザーを中心に据えたデザイン思考があってこそ生まれるというわけだ。
では、デザイン思考とはどのようなものか。同氏は「ニーズや課題に対し、デザイナーの感性やメソッドを使って解決するアプローチ」だと説明する。そのプロセスは、課題に共感し、問題を定義、アイデアを創造し、プロトタイプを作成、テストを行うという流れだ。何度か繰り返すことで、よりユーザーのニーズに沿ったプロダクトやサービスが出来上がる。
このデザイン思考において重要な要素は「ユーザー視点での課題発掘」「ビジュアライゼーション」「多様な選択肢と統合」である。外山氏は「デザイン思考を使うことで、なぜ経営にデザインが必要なのかを伝えることができると感じた」と語った。
課題の発見・定義と解決策の創造を繰り返す
2018年、経済産業省と特許庁はデザインを活用した経営手法を推進する「『デザイン経営』宣言」を公表した。特許庁でデザイン経営を推進していた外山氏は、併せてデザイン経営のハンドブックと事例集も公開し、より多くの企業や人がデザイン経営に取り組める環境を整えたそうだ。
デザイン経営を行う際のアプローチの1つとして、同氏が紹介したフレームワークが「ダブルダイヤモンド」である。同フレームワークは、「正しい課題を発見・定義するダイヤモンド(調査/探索、整理/収集)」と、「正しい解決策を創造するダイヤモンド(試作/開発、検証)」から成る。
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ダブルダイヤモンドのイメージ図。Design Council UKの資料を元に作成
外山氏曰く、特に重要なのが正しい課題を発見・定義するダイヤモンドだという。それを裏付ける事例として、同氏は自身の特許庁時代のエピソードを挙げた。
特許庁ではコロナ禍以前から文章の電子化に取り組んでいた。ところが、コロナ禍でも特許庁とやりとりする弁理士事務所では、職員が出社していたという。実は、特許庁が行っていた電子化の取り組みでは、電子書類をそのまま外部へ届けることができず、弁理士事務所の職員らが出社して、電子書類を紙に変換していたのだ。電子化の取り組みを進めるにあたり組織した委員会に弁理士はいたものの、実際の作業をする職員はいなかったため、「ユーザーの立場を考えた取り組みになっていなかったのではないか」と同氏は振り返った。
「個々人がどう思っているかを調査・収集フェーズで共感するまで行うことが大切です。(正しい解決策を創造するフェーズに移行した後も)正しい課題を発見・定義するフェーズに何度も立ち戻ることもあります」(外山氏)
企業、行政にも広がるユーザー視点でのデザイン経営
さらに外山氏は、ユーザー視点で生み出されたサービスの好例をいくつか取り上げた。1つはある製薬メーカーの事例だ。この会社は、“高齢の男性で複数の薬を飲んでいるが、目も見えづらくなり、薬を袋ごと誤飲してしまうこともある”という詳細なペルソナを設定した上で、従来は1種類の薬が複数個パッケージされているのが通例だった薬の梱包方法を、服用すべき日時に合わせてまとめてパッキングするサービスを打ち出した。「技術的にはそれほど難しいことではないが、ユーザーが一番困っている部分にフォーカスした事例」だと同氏は言う。
もう1つは米国の銀行による需要開発プロジェクトだ。米国はそもそも日本のように貯金をする習慣があまりなく、銀行とユーザーの接点が少ないという課題があった。また、小銭は寄付、あるいはチップとして渡してしまうことが多い。そこで「どうしたら、貯金が苦手な人に小銭のわずらわしさをなくし、お金を貯める喜びを提供できるか」を考え、「Keep the Change」という取り組みを行った。これはカードで買い物をした際、1ドル以下のお釣りを自動で銀行口座に振り替える仕組みだ。ユーザーの行動は変わらないが、自然と貯金ができていくことで、サービス導入から1年で250万人の新規顧客を獲得したという。
また、行政によるデザイン思考の導入も増えており、それを主導する組織がある国や地域も増加していると外山氏は語る。ノルウェーのオスロでは、自転車のシェアリングサービスを住民と専門家が共に設計し、小規模な実施と改善を繰り返したそうだ。さらに、サステナブルな仕組みとして、自転車の修理は服役中に職業訓練を受けた元受刑者の自転車整備士が行うかたちを採っている。
「継続する仕組みまで含めて、社会の課題解決のデザインを生み出した素晴らしい事例です」(外山氏)
最後に外山氏は、今日本で進められている取り組みとして、経済産業省と特許庁が行う「I-OPEN PROJECT」や、複数省庁のメンバーが集まって進める行政にデザインを取り入れるプロジェクト「JAPAN+D」を紹介し、講演を締めくくった。