北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は5月20日、「ナトリウムイオン2次電池」(Sodium-ion Battery:SIB)の耐久性を大幅に高めつつ、高耐久性を促すバイオベース負極バインダーの開発に成功したことを発表した。

同成果は、JAIST 先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の松見紀佳教授、同・Amarshi Patra大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する材料化学全般を扱う学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載された

資源調達やコストの面で課題を抱える現行のリチウムイオン電池に代わる2次電池として、複数の電池が国内外で開発されているが、資源として豊富なナトリウムを材料としたSIBもその1つである。

ハードカーボン負極に用いられるバインダー(結合材)としては、「ポリフッ化ビニリデン」(PVDF)のほか「ポリアクリル酸誘導体」、「カルボキシメチルセルロース塩」などが挙げられるが、特にナトリウムイオンの電極内における低い拡散性に対処するため、イオン拡散に優位な特性を有するバインダー開発が求められている。

  • ポリフマル酸の合成スキーム

    ポリフマル酸の合成スキーム(出所:JAIST Webサイト)

従来型のポリアクリル酸の場合には、高分子主鎖において炭素原子1つおきに官能基としてのカルボン酸があるが、ポリフマル酸においては、主鎖を構成するすべての炭素原子上にカルボン酸を有し、高官能基密度高分子となっている。このようなポリフマル酸の構造的特質は、多点相互作用による集電体へのより強固な接着を促すと共に、高密度な「イオンホッピングサイト」による高い金属カチオン(陽イオン)拡散性をもたらすことが期待できるという。加えて、フマル酸はバイオベース化合物である点も環境問題の観点から優れている。そこで研究チームは今回、ポリフマル酸の電池への適用を試みることにしたという。

今回の研究では、ポリフマル酸は、フマル酸エステルのラジカル重合によるポリフマル酸エステルの加水分解において得られた。そして、ハードカーボン(HC)、カーボンブラック(Super P)、ポリフマル酸から水系スラリーが作製され、銅箔上にコーティング、乾燥後に負極とされ、1.0MNaClO4inEC:PC=1:1(v/v)を電解液としてアノード型ハーフセルが構築、各種電気化学評価および電池評価が行われた。

  • 各バインダー系における引きはがし力試験

    各バインダー系における引きはがし力試験(出所:JAIST Webサイト)

まず電気化学評価に先立ち、基盤からの引きはがし力評価が行われた。すると、ポリフマル酸/HC系は、12.5Nと基盤からの高い引きはがし力を要し、ポリアクリル酸/HC系の11.5N、PVDF/HC系の9.8Nよりも吸着力が顕著に高かった。

また充放電試験においては、構築されたアノード型ハーフセルは30mAg-1および60mAg-1の電流密度において、それぞれ288mAhg-1および254mAhg-1の放電容量を示したという。PVDF系やポリアクリル酸系と比較して、顕著に優れた性能が示されたとする。また、長期サイクル耐久性においても同様に優れていることが確認された。さらに、負極におけるナトリウムイオンの拡散係数はポリフマル酸/HC系では1.90x10-13cm2/s、ポリアクリル酸/HC系では1.75x10-13cm2/s、PVDF/HC系では8.88x10-14cm2/sだったとした。

続いて、走査型電子顕微鏡を用いて、充放電後の負極の断面像が観察された。すると、ポリフマル酸/HC系では、他系(ポリアクリル酸/HC系、PVDF/HC系)とは異なり、系内におけるクラック形成や集電体からの剥離が認められなかったことから、大幅に耐久性が改善されていることが示されたとする。

  • 各バインダー系における負極型ハーフセルの充放電サイクル特性

    各バインダー系における負極型ハーフセルの充放電サイクル特性(出所:JAIST Webサイト)

そして、充放電後の負極のX線電子分光スペクトルが取得されたところ、ポリフマル酸系ではバインダー由来の高濃度の酸素原子の含有が観測されたことに加え、Na2CO3、Na2O、NaClなどの無機成分も他のバインダー系よりも多く含まれ、ナトリウムイオンの高速な拡散に寄与しつつ、電解液のさらなる分解を抑制していることが考えられるとした。

  • 各バインダー系における充放電後の各負極のX線電子分光(C1s)スペクトルおよびび走査型電子顕微鏡による断面像

    各バインダー系における充放電後の各負極のX線電子分光(C1s)スペクトルおよびび走査型電子顕微鏡による断面像(出所:JAIST Webサイト)

なお、今回開発された高分子材料においては、種々の高分子反応などによるさまざまな構造の改変が可能であり、さらなる高性能化につながることが期待できるとしている。

今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して、将来的な社会実装を目指すという(特許出願済み)。高耐久性SIBの普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開を期待したいとしている。また、集電体への接着力が高いことから、今回開発されたバインダーは高耐久性を促す材料として、SIBのみならず広範な蓄電デバイスへの応用展開も期待されるとしている。