教育現場における外部人材の活用が積極的になされるようになって久しい。2020年度から2022年度にかけて小中高で順に開始した新学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」が掲げられた。教育課程の実施にあたって、学校教育を学校内に閉じることなく、社会と連携しながら実現することが念頭に置かれている。

そんな学校と社会とをつなぐことに加え、コミュニティ・DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用して教育現場の働き方改革にも踏み込む役割も担う企業がある。複業(副業)で先生をしたい人と学校をつなぐ教育特化型外部人材マッチングサービス「複業先生」の開発・提供を行うLX DESIGNだ。

同社は2024年3月、グローバル・ブレイン、グロービス(G-STARTUPファンド)、MTG Ventures、複数のエンジェル投資家などから資金調達を行ったことを発表。システム開発・採用などに注力する中で、地方の学校現場から、先生の授業負荷軽減やより多くの生徒が社会と接することのできる機会創出を行い、日本のより良い教育の実現に向けて、さらなる歩みを進めている。

  • LX DESIGN 代表取締役 金谷智さん

    LX DESIGN 代表取締役 金谷智さん

2018年の創業から6年。「すべての教育関係者は『学校教育が末永く愛されるように』といった共通のゴールを掲げているはずです。しかし、それは何もしなければ、このままでいれば、やってこない未来です。だからこそ、向き合わずにはいられなくて、ここまで続けてきました」。そう語るのは代表取締役の金谷智さん。ここまでの歩みとこれからのことを聞いた。

教員の負担軽減の「その先」に切り込み、業界構造変革に挑む

複業先生は、教育現場が教育に関わりたい多様な外部人材に授業を依頼できる外部人材活用サービスだ。教員だけでカバーするのが難しいキャリア教育や探究学習・総合的な学習、プログラミング・グローバル・IT・起業教育・金融教育・性教育などの各領域において、民間人材の知見やネットワークを手軽に活用できるところに特色がある。

  • 「複業先生」の概要

    「複業先生」の概要

それにより、児童・生徒が社会とつながりながら学びを深める「社会に開かれた教育課程」を行うことができる。仕組みはシンプルで、まずは外部人材に授業を依頼したい学校・教育機関が複業先生を使い、専門分野や得意分野を持った教育に関わりたい登録者(※)を検索。オンライン上でマッチングが行われ、LX DESIGNのサポートを通じて、システム上で授業準備を進めていく。授業は対面・オンラインともに可能。

※編集部注:ビジネスパーソンや学生などの個人が主体。企業単位での登録も可能

外部人材は「個人」の立場で登録でき、学校側も個人への依頼が可能な点も、複業先生の独自性の1つだが、サービスの唯一無二性は学校と外部人材のマッチングによる教員の負担軽減にとどまらない。学校現場における教員の業務負荷が増えている現状を踏まえ、外部人材を活用してもらうステップ1の先に、教員の労働環境の変革もステップ2・3として視野に入れたシステムを開発、実証実験を行っている。

「教員の働き方改革やテクノロジーの活用などは、一筋縄でいく領域ではなく、誰もやりたがらなかった分野でもあります。ある種、競合が出てきづらい、模倣されづらい分野であり、私たちは難易度の高いカテゴリをあえて選んで挑戦しています。10~20年単位といった長い時間をかけて活動し、1つの産業の礎を作ることが、事業を通じて教育産業に貢献することにつながると考えています」(金谷さん、以下同)

「“学校の外”にいる人たちが、学校に入り込んで行くのは難しい」とは一般に流布しているイメージだが、LX DESIGNはそこを飛び越えて挑戦を続けている。「学校に入り込むのが難しい、という思考で止まっていると、学校もそれを取り巻く社会構造も変わらない」と金谷さんは話す。しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。金谷さんの過去を紐解いてみたい。

危機感と焦燥感……教員時代の混沌期を経て

富山県で教員として働く両親のもとに生まれた金谷さん。幼いころから教員の道へ進むことを考えていたが、進路を決める大学時代には、起業家と会ったり、シリコンバレーに行ってスタートアップのスピード感を目の当たりにしたりと動き回る。そのころから、教育業界の労働環境や構造が数十年変わっておらず、課題が山積していて、この先も日本の教育は持続可能なのだろうかと不安を抱いていた。

起業前に小学校教員として働いた約5年は、混沌とした時期だった。学校卒業後は民間企業を経て教員となり、その慣習にどっぷり浸かっている同僚に対し、教育業界への危機感をますます強めた金谷さん。学校の内外で見聞きしたことも生かしながら、「学校教育をアップデートさせていきたい」といった目標を語っても、周囲は関心を持ってくれなかった。1:数十人。あまりにもマイノリティな存在だったのだ。

「最初は薄く、ゆるやかなつながりでもいいので、グローバルやテクノロジーに触れている人たちを職員室や学校現場に巻き込めば、周りの教員たちも関心を持ってくれるだろうと思いました。状況が変わらなければ、教育現場のアップデートの必要性を意識してもらうことはおろか、アップデートも永遠に行われないだろう、と焦っていたのです」

当時、ビジネスモデルをどう組み立てるかまでは考えられていなかったが、金谷さんの世界観を事業によってサステナブルに、かつグローバルにスプレッドする形で作らなければ、教育を巡る業界は一向に変わっていかないということだけは確信していた。

そして、起業から3年ほどかけて、複業先生をリリース。「出前授業」として、教員とともに現場に入り、課題解決を目指して取り組んだ授業づくりの経験がベースとなった。

学校と外部がつながる社会的意義は双方にある

2024年4月現在、複業先生には2,000人の登録者がおり、全国350校以上の学校で複業先生を活用した授業が行われている。学校の外部にいる人材と学校がつながる社会的意義は、複業先生(登録者側)と教員(学校側)双方にある。

まず、複業先生(登録者側)はリスキリングや棚卸し、内省などの機会を得ることができる。普段、ビジネスパーソン向けの講演に慣れているような人であっても、複業先生として活躍する場は学校であり、聞き手は子どもたちである。

  • 複業先生を活用した授業風景

    複業先生を活用した授業風景

前提知識を持った理解度の高い大人に伝えるよりも、子どもに理解してもらうように伝える方がハードルは高い。子どもたちの反応や学校側からのフィードバックは、複業先生にとっても学びになっているという。

そんな背景があることから、企業がスポンサーとして複業先生に登録するケースも出てきている。会社の認知度を上げたいとの狙いもあるが、主には社員教育の一環として活用されている。若手が自らの知見を児童・生徒向けにアウトプットする経験を通じて学びを得たり、登壇した社員間で交流が生まれたりといったところに、価値を感じている企業は少なくない。

「一方で、自分の知見が子どもたちにとって役に立つのだろうか?と登録を躊躇される方もいます。日本では教壇に立つ=教員免許を持っている人、というイメージが強いようです。しかし、僕たちはあらゆる人の人生や経験が子どもたちにとって、そして学校現場にとっても学びになると確信しています。

教えられることなんてない人は、世の中に存在しません。子どもたちにとっては、人の人生一例一例が学びになります。その人生、生きてきた過程自体に価値がある、ということを登録者側にも伝えていきたいです。先生になることへのハードルを良い意味で低くしていくことを推進していきたいとも思っています。

先生になるという体験を広く分かち合い合うことによって、教員業の面白さ、尊さ、難しさなどを知っていただきたい。それによって、学校教育に携わる人々に対するリスペクトも広がってくれたらと願っています」

また、外部人材を起用することは、日常的に膨大な業務を抱える教員にとっても大きな利点がある。たとえば、専門科目以外の教科を新たに教えるとなると、教員は一から勉強しなければならず、既存業務に加えて新たな業務が発生することになる。しかし、その分野に詳しい外部人材を先生として招けば教員の負荷は減り、外部人材のレクチャーを見て学びを得ることもできる。

特に最近マッチングが増えている分野はキャリア教育だ。民間企業で働いた経験を持つ複業先生に、自らのキャリアやそこで経験したことを話してもらうことで、子どもたちは大人、ひいては社会との接点を持つことができ、世の中に多様な仕事があることを知る機会にもなる。

既存授業にアドオンする形での授業も行われている。例えば、数学の授業において、生成AI分野の複業先生を招き、今後数学に生成AIはどう使えるかといったテーマでの学びを深めた事例も。2022年以降、高校での探究学習が必須となってから、従来の科目にはなかった分野を教えられる外部人材のニーズはさらに高まっていると言えそうだ。

教員が新しい挑戦をしやすい環境づくりを

最後に、複業先生の現在の課題とこの先の展望を聞いた。最も大きな課題は、学校側が複業先生を導入するにあたっての壁だ。

現在、日本国内には3万5,000校もの小中高がある。外部人材の登用に関心を持っていて、サービスの説明を受けると好意的な反応を返してくる学校も多いが、教員のあまりにも多忙な状況が、導入を推し進められない背景の1つとなっている。

  • 金谷さん

    金谷さん

「先生たちのマインドセットをいかに変えるかが課題です。教育において新しいことを始めたい思いはあっても、そのための時間を捻出するのが難しいケースは往々にしてあります。現状の業務で忙しすぎて、新しいことを思考する時間すらない方も。DXサービスを通じて、先生たちの働く環境をより良くしていくアプローチの中で、先生たちが新しいことに踏み出しやすい環境を作っていくことにも寄与して、構造的な問題の解決に挑戦していきます」

金谷さんは日本の教育に誇りを持っている。両親の愛した教員という仕事が、他の人たちからも愛されてほしい、との想いも強い原体験として存在する。アジアや欧米へ視察に行くと、日本の教育に興味を持つ教育関係者は多く、「学びたい」意欲すら示してくるという。

世界に貢献したい思いがあり、情報は惜しみなくシェアするものの、日本の教育を真似した各国が数十年後、日本の教育業界のように多くの課題を抱える姿は見たくない。そんな想いがあるからこそ、困難な課題に立ち向かい続ける。