大企業の文脈で語られることが多いDX。しかし、「DXレポート」の生みの親と言われる経済産業省 商務情報政策局・情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉憲明氏は、「中小企業こそDXのチャンスがある」と話す。

3月13日に開催した「TECH+セミナー 2024 Mar. 中小企業DX 時代遅れは許されない! 中堅・中小企業がDXで生き残るためのリアルな成功例」に同氏が登壇。「中小企業がDXに成功するためのバックキャスティング思考」と題し、中小企業のDXへのアプローチについて語った。

失敗に学ばず、大きな課題に挑戦する

講演冒頭、「これまでDX推進に関する政策に関与してきたが、1つ重要なメッセージを伝えきれていないとすれば、中小企業がDXで成功するか」だと和泉氏は切り出した。さらに「DXの成功事例や失敗事例を見ていると、中小企業ほど多くのチャンスがある」と続ける。

同氏は中小企業がDXに成功するための前提として「DXは正解のないゴール」だとしたうえで、DXとはビジネスとテクノロジーの掛け算であり、「正解のないゴールの達成を目指すことがポイント」だと示した。

  • 和泉氏が示すDXの定義

ではどのようにアプローチすべきか。そのヒントとなるのが7つの思考法だ。流れとしては、DXという経営課題を見極め、DXという変革の方向性を見極め、DXという「デジタル×経営」の本質を掴むとなる。

早速、思考法を見てみよう。

和泉氏が紹介する1つ目の思考法は、「失敗に学ばない、成功を極める」だ。

DX推進を目的としたPoCはなぜ毎回失敗するのか。同氏は「”失敗から学ぶ”は嘘」だと言い切る。そして、ジェイソン・フリード氏の著作『小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則』(発行:早川書房)より、失敗した人が次に成功する確率は初めての人が成功する確率と同じだという米国の大学の調査結果を紹介した。なお、成功した人が次に成功する確率は、失敗した人よりはるかに高いという結果もあるそうだ。

和泉氏は「失敗は連鎖するもの」だと述べ、小さく始める、まずは挑戦するという考え方についても間違いだと指摘した。加えて、元日清食品 CIOの喜多羅滋夫氏が述べたという「(DXを手掛けないことに対する)危機感がない。課題分析ばかりして、どのような成功をすべきか・どのゴールにどうたどり着くかを議論しない」という考えも紹介した。

2つ目の思考法は、「大きな課題に挑戦する」だ。ここでは、DXの文脈でよく聞かれる”小さく始めて大きく育てる”アプローチの問題を突いた。

和泉氏は、小規模なプロジェクトを“子猫に餌をあげる”、全社での取り組みを“(猛獣である)虎を扱う”と例え、プロジェクトを大規模にする時は取り組みの難易度が高まると指摘する。具体例として、小規模なプロジェクトがうまくいったので拡大しようとすると、「稼ぎ頭のプロセスを変更するな」などと批判や反対に遭うというような場面が考えられると述べた。

DXは本来、経営改革の取り組みであり、全社的に取り組む必要がある。経営、事業部、テクノロジーと三位一体で”虎”を囲むべきであり、報告書や設計書、システムやサービス、開発・運用の委託などの”納品物”による支援では達成し得ないのだ。

「DXレポートで”伴走型の支援”という言葉を使いましたが、ゴールまでしっかりコミットし、そこに連れて行ってくれる支援が大切なのです」(和泉氏)

変化の波を捉え、足し算ではなく引き算で

次の思考法は、「変革の戦士たれ-北斗七星アプローチ」だ。

DXはよく「第4次産業革命」などと例えられるが、その一方で経営者や技術者の中には先行事例の情報を求める動きがある。

「北極星を目指すことは難しいですが、北斗七星なら方向が分かります。経営課題を見極め、どこに行くのか明確には分からないが、正しい方向に向かうというアプローチが大切です」(和泉氏)

では方向をどのようにして見極めるのか。4つ目の思考法は「アルファベットスープを疑え」、そのキーワードは「変化の波」だ。

和泉氏は生成AIを例にして説明した。OpenAIのChatGPTにより生成AIブームが起こったが、ほんの1~2年前は、専門家や学者、経営者もチャットボットを使おうとは考えていなかった。それが「本質的なテクノロジーは同じだが、ちょっと表層が変わっただけで、有識者含め、皆が生成AIだと言い出した」(和泉氏)のだ。

「デジタル変革の特徴とは、テクノロジーが社会を変えるのではなく、テクノロジーがコモディティ化する瞬間、皆が使えるようになった瞬間に急に変化します。この変化の波に乗るのがポイントです」(和泉氏)

生成AIについては、「データをどう活用するかが重要」だと同氏は語る。そのため、これまでのビジネスプロセスを“是”としてシステムを足し算するのではなく、引き算が重要だという。

「経営戦略・判断の高度化が本質です。これらをデジタル完結可能とすることでフィジカル空間の無駄を可視化(=引き算)し、DXを加速させましょう」(和泉氏)