1月23日にマイナビPLACE歌舞伎座タワーで開催された「THE SECURITY 2024 January 最新のセキュリティトレンドを知る」の特別講演として、ミステリー小説『スマホを落としただけなのに』の作者である小説家 志駕晃氏と、同作の実写映画にてサイバーセキュリティ監修を務めたSBテクノロジー プリンシパルセキュリティリサーチャー 辻伸弘氏によるスペシャル対談が行われた。本稿では、その様子の一部をお届けする。

  • 左から小説家 志駕晃氏、SBテクノロジー プリンシパルセキュリティリサーチャー 辻伸弘氏

アイデア着想のきっかけは自身が「スマホを落とした」体験

志駕氏は、第15回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉作品である小説『スマホを落としただけなのに』で2017年に小説家としてデビュー。同作品は翌年に実写映画化され、2024年秋には最終章となる3作目が公開予定となっている。そして、映画『スマホを落としただけなのに』シリーズの2作目からサイバーセキュリティ監修を行っているのが辻氏だ。

同シリーズは、連続殺人鬼がタクシーの中でとある女性のスマートフォンを拾ったところからストーリーが始まる。スマートフォンから個人情報を窃取した連続殺人鬼は、持ち主である女性と近づくためにさまざまなアプローチを仕掛けていく。このアイデアを着想したのは、志駕氏自身の体験がきっかけになっているという。

「7年前に酔っ払って携帯電話を落としてしまい、誰とも連絡が取れず困ってしまった経験がありました。悪用されたらもっと面倒なことになるのではと心配にもなったんです。そこから、携帯電話を拾った際にどうやってハッキングして情報を悪用していくのか調べていったところ、次から次にストーリーが思い付き、3カ月程度で書き上げることができました」(志駕氏)

  • 志駕氏は今秋公開の3作目にも手応えを感じていると話す

一方で辻氏は、監督から映画2作目の監修をオファーされた当時について、次のように振り返る。

「制作会社からは、リアルにし過ぎるあまり細かくなってしまうと、内容が入ってこなくなるため、嘘にならない程度に仕上げたいという要望を受けました。ただ、『生々しい助言が欲しい』ということだったので、実際にハッキングで使われる攻撃ツールを使いながらデモンストレーションを行い、そこからシーンに合いそうなものを選んで演出として落とし込みましたね。登場人物がハッキングするときの画面をつくり込むにあたって助言することもありました」(辻氏)

  • 辻氏はエキストラとして撮影に臨んだが、惜しくも本編ではカットとなってしまったそうだ。しかし、まだ望みはあるとのこと

シリーズ1作目の小説を読んだ辻氏は、志駕氏がセキュリティ面についてもしっかりと調べて書いているという印象を抱いたと話す。そして、「どのようなことに注意して正しい情報にたどり着いているのか」と志駕氏に投げかけた。

これに対し志駕氏は、「まずは書籍。本になっていればある程度の正確性は担保されているはずだと考えた。ただランサムウエアなどの最新の話題は、当時まだ書籍になっていなかったので、インターネットで企業に向けたサイバー攻撃の動向などを調べた。特に米国の事情を見ることで、最新の情報が得られる」とした。ただし、「主人公は天才ハッカーなので『どんなに難しそうなことでも大抵のことはできる』というキャラクター設定に助けられている面もある」と、フィクションならではの側面も明かした。

個人も企業もバックアップが重要

志駕氏が普段セキュリティ面で気を付けているのは、やはりスマートフォンを落とさないようにすることだという。

「実は、スマートフォンは近年でもよく紛失しており、その度に自身の小説を引き合いに出されて笑われてしまうんです(苦笑)。スマートフォンには家族の写真が入っているので、それがなくなってしまうのが心配ですね。対策として、バックアップをよく取るようにしています」(志駕氏)

小説を書く際にも、バックアップは重要な作業となる。志駕氏は普段のバックアップ方法について、「時々ファイルを保存しないままPCの電源を落としてしまうことがある。USBにデータを移し、別のところに保存しておくという物理的な手法でバックアップを取っている」と紹介した。

企業のセキュリティを考えるうえでもバックアップは有効な対策の1つとなるが、辻氏は「ただバックアップを取るだけでは50点。バックアップからきちんとデータを戻せるかが問題。個人でもバックアップデータを戻すためのパスワードがわからず復元できないというケースがある。企業でもよくある話」だと、復元までセットで考えていくことの重要性を指摘した。

お茶の間でセキュリティについて会話するのが当たり前になるように

志駕氏が今セキュリティ関連の話題で興味を持っているというのが、ディープフェイクだ。ディープフェイクとは、AIによって人物の映像や音声を人工的に合成し、偽の情報を組み込む技術のことで、政治家のフェイク動画が拡散されたことで世間でも話題になった。志駕氏は「ディープフェイクを扱った小説は書いてみたい。社会としては、その防御策を考えていくことが必要だろう」と話す。

一方、辻氏は今後の展望として「映画や小説を通じて多くの方にセキュリティを身近に感じてもらえるようにしていきたい」とする。

「セキュリティが、専門家という一部の人間だけが考える特別なものになっている状態を変えていきたいんです。極端なことを言えば、お茶の間の会話でセキュリティが話題になる状況を当たり前にしていきたいですね。映画はそのための有効な1つのチャネルになり得るでしょう。実際に、自分の知り合いがこの作品を母親と一緒に観に行った帰りにスマートフォンのセキュリティソフトを購入したという話も聞きました。専門家ではない方々にセキュリティの認識を改めてほしい点は多くありますが、真面目に勉強しているだけでは知識は身に付きません。手を変え品を変え、多くの方にリーチしていけるように私も取り組みたいですね」(辻氏)