丹青社社長・小林統「空間づくりに完成形はない。自分自身も未完成のつもりで賑わう空間の創造を」

複合商業施設や国立博物館などの大型施設から新業態専門店の多店舗展開、事業領域を超えた多用途の空間なども含めて年間6000件を超えるプロジェクトを手掛ける丹青社。内装と言えば簡単だが、その中身は営業、デザイナー、制作といった各部門の「三位一体の連携から創造される」と2023年4月に社長に就任した小林統氏は強調する。今では設計前の調査から施設運営まで一気通貫での依頼も。万博に長く携わった経験を生かし、26年の80周年に向けてどんな成長軌道を描こうとしているのか?

三井化学社長・橋本修「会社が何かをするのではなく、社員の自主的、自律的な発想ができるような環境づくりを」

2026年は創業80年

 ─ 2023年4月の社長就任から8カ月が経ちました。この間の総括はいかがですか。

 小林 まだまだコロナ禍の影響を引きずっています。ですから、完全に払拭できている状況にはありません。その中で私が社長に就任したときから申し上げてきたのは、まずは事業基盤の再生を最重要課題としたことです。23年は3カ年の中期経営計画の最終年に当たります。

 まずはこの中期経営計画をしっかり計画通りに進めて、何とか目標を達成したいと考えているところです。コロナ前の20年1月期の業績がピークでしたので、少しでも早くその水準に戻したいと思っています。そして、いま策定をしている24年2月からの新中期経営計画につなげていきたいと思っています。

 ─ 丹青社の創業は1946年ですね。2026年には創業80周年を迎えますね。

 小林 ええ。これまでの歴史の中で、当社は社会の変化・ニーズの変化に真摯に向き合いながら、クリエイティビティや技術に磨きをかけてきました。今まで培ったノウハウを活かす一方で、ずっと当たり前と思っていたところにこそ変革の可能性があると考えています。

 ただ課題もあります。まずはコスト高です。今はインバウンド(訪日客)が復活してホテル業界は隆盛ですが、資材が値上がりし、人手不足で物流費や人件費も上がっています。見積もりも2~3割増しになるケースもあります。そしてもう1つは24年から始まる働き方改革です。労働に対する規制がかなり強まります。

 ─ 空間づくりを担う制作部門にも影響は出ますか。

 小林 そうですね。それからデザイナーもアイデアを考えれば考えるほど時間を使います。例えば、電車に乗っていたときにアイデアが思いつくこともあります。では、その時間は勤務時間なのかと。あやふやな部分をどのように棲み分けるのかが課題です。

 ─ 創造、クリエイションに関わる事業になりますからね。

 小林 ええ。そういったコスト型の働き方を改革していかなければならないでしょうね。新卒採用人数の見直しやキャリア・リファラル採用など、増員も検討しないといけないかもしれません。

 いずれにしても、当社にとって人は経営資源です。人で仕事をさせていただいています。工場を持っているわけでもありませんし、機械の設備投資をしているわけでもありませんからね。昨今言われている人的資本の最たる業種になりますから、自ずとコストは上がると思って今は計画づくりを進めています。

営業、デザイナー、制作の役割

 ─ 空間づくりにおいては、営業、プランナー・デザイナー、制作といった部門がありますが、プロジェクトごとのコスト調整も難しいですか。

 小林 そこで今はチームプレーで、三位一体のワンチームづくりに力を入れています。お客様の要望やレギュレーションを把握した営業が仕事の引き合いをいただきます。そして、デザインは基本的にコストや予算ありきになりますので、その中で予算に見合い、かつ、パフォーマンスが十分に発揮できるようなデザインプランを立てます。この見積もりをするのが制作です。

 ですから、営業、デザイン、制作が三位一体で連携していなければお客様に満足していただくものはできません。デザインに渡したからといってデザインから予算通りのものが出てくるわけではありませんし、デザインも図面を書いたから、あとは制作でうまくやってくれといってもコストの兼ね合いがうまくいくかどうかは分かりません。

 各部門がしっかりと調整していく必要があります。そのインターフェースが最も重要です。営業とデザインもお互いをしっかりフォローし合いながら連携すると。当然、途中でコスト調整の必要性も出てきます。そういう意味では、これからも深い連携が求められてくるのではないかと思っています。

 ─ 昨今はバーチャル空間といった新たな概念も出てきています。この新たな考え方にはどう対応していきますか。

 小林 そもそも皆さんがイメージする空間づくりとは何か。分かりやすく言えば内装です。イベントであれば、そのイベント会場でしょう。皆さん、ハードをイメージするわけです。そう考えると、バーチャル空間は主戦場ではないと思っています。我々の主な仕事は人ありきでの空間づくりだからです。

 ただ、バーチャルを活用した空間づくりはとても重要です。例えば、デジタル上でリアルな空間を再現するデジタルツインなど、リアルをデジタルで検証できるような連携の仕方などがあります。そういうことは、どんどんやっていかなければならないと思っています。ですから、我々にとってバーチャルは、より良い空間づくりの手段になるのではないかと思います。

落合陽一氏との協業

 ─ 具体的には?

 小林 例えば、当社はメディアアーティストで筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長の落合陽一さんが率いるピクシーダストテクノロジーズと協業し、商業施設などに来る来場者のデータを分析するシステムの開発を一緒に行っています。ある意味、バーチャルの世界で検証し、リアルな空間の在り方を変えたりするわけです。

 ピクシーダストテクノロジーズさんの空間認識技術を活用して施設に来る人の性別や年齢層、ファミリーなのか、カップルなのか、女性だけなのかといった属性を分析し、我々のコンサルティングに生かしていこうと考えています。

 我々の事業のコアは空間づくりですが、その領域はどんどん広がっていると思っていますので、そういった領域拡大の手段としても、こういったテクノロジーを有効活用し、今まで領域外と思われていた業界や企業と手を取り合うことで、役立てていきたいと思っています。

 ─ そこが空間づくりの奥の深さかもしれませんね。さて、小林さんは万国博覧会に携わった経験が多いですね。

 小林 はい。私が入社した翌年の1985年に「つくば万博」が開催されました。社内でもプロジェクトが発足しており、その一員として私は商業系の分野に携わりました。新入社員でしたので訳も分からず、万博会場の飲食店舗の計画に参画しました。とにかく一生懸命でしたね。

 その後も商業関連に携わり、1980年代には専門店の入居した駅ビルや郊外の大型ショッピングセンターを担当しました。駅ビル内のテナント側の担当として鉄道会社とのやり取りや、入居企業の専門店づくりなどを長らく手伝ってきました。

 ─ このときの教訓としては、どんなことがありますか。

 小林 お客様の事業をしっかり理解し、パートナーになるということでしょうか。営業のスタンスとしてはお客様の懐に入ることが欠かせません。

 投資やコストが1店舗当たり、どのくらいかけているのかといったことですね。しかも、お客様もいろいろな業態をお持ちですから、その業態によって仮にローコストだとしても、ヤングカジュアル系であれば、そういった内装にしないといけません。ラグジュアリーブランド系であればコストは高くなりますが、お客様のブランディングに応じた内装を考えていくと。

 ─ コンサルティング機能的な要素が相当入って来ると。

 小林 そのつもりでやっています。今後はこういった考え方がさらに求められてくると思います。というのも、当社の持ち味であるリニューアルの領域の仕事が増えているからです。当社はリニューアルや既存施設の活性化、リノベーションといった仕事も得意なのです。

 ─ 昨今の事例で特徴的なものはありますか。

 小林 阪急電鉄の神戸三宮駅(兵庫県)の再生プロジェクトです。同駅では特徴的な形状をしているアーチが有名だったのですが、阪神淡路大震災で被災し、ビルが惜しまれながらも解体されてしまいました。仮設駅舎から再建する際に、このアーチも継承させながら街の魅力を感じられる新たなランドマークを創出しました。

 他にも博物館やミュージアムなども手掛けているのですが、昨今はそれらの施設運営のトータルプロデュースも行うようになりました。例えば、福井県にある敦賀赤レンガ倉庫「ジオラマ館」・「レストラン館」です。今は展示演出を計画して終わりではなく、指定管理者制度を活用して運営までセットになった形での案件が増えています。

施設づくりから施設運営事業へ

 ─ 民間の資金とノウハウを活用した公共事業を行うPFIにもなりますね。

 小林 もっと役割を拡大したものがPFIになります。PFIでも「(仮称)新・琵琶湖文化館整備事業」は当社が代表企業として参画するグループが落札者として選定されました。約50年の歴史を有する県立琵琶湖文化館が老朽化などに伴って08年に休館した後、これまで文化館が果たしてきた役割を未来に引き継ぐため、敷地も新たにして新設し、27年12月の供用開始になります。その後、当社を含むJV(ジョイントベンチャー=共同企業体)が運営します。

 ─ 領域が広がりますね。

 小林 そうですね。これまで指定管理者としてやってきたことで培ったノウハウをPFI事業にも役立てていこうとしているところです。PFIは様々な施設が中心となって展開することが多いですが、ミュージアムが核となる施設の場合には当社のノウハウを活用いただけると思っています。

 ─ 賑わいづくりにつながるプロジェクトもありますか。

 小林 あります。当社は商業、ミュージアムを含む文化空間、イベント空間という3つが大きなコアになっており、会社の発祥が商業だったので商業が強いのですが、一時期、文化が商業と並ぶくらいのボリュームになりました。ですから、博物館を含めた地域のリニューアルでは私どもの腕の見せ所になります。

「文京区立森鷗外記念館」や「海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館)」などは当社が施設の設計・施工を担当し、運営管理もまかせていただいています。こういった施設はインバウンドの集客にもつながりますし、福井県の「恐竜博物館」も北陸新幹線の敦賀延伸がありますから、県内の施設を連携させるような仕掛けづくりをご提案することで地域創生に貢献したいと考えています。

 空間づくりには完成形がありません。ですから、自分自身が未完成のつもりで仕事に向き合っていかなければなりません。お客様も含めて、皆が同士のような感覚で仕事をしていく。そこが空間づくりの面白さではないかと思っています。