ガートナー ジャパンは11月3日~15日、年次カンファレンス「Gartner IT Symposium/Xpo 2023」を開催した。今年は「可能性を解き放て」をテーマに、「将来の方向性」「成功に向けた戦略」「重要な実行策」の3つのトラックが用意された。

本稿ではその中から、ENEOSホールディングス ENEOS 取締役 副社長執行役員 CDOの椎名秀樹氏のゲスト基調講演の内容をレポートする。

  • ENEOSホールディングス ENEOS 取締役 副社長執行役員 CDOの椎名秀樹氏

エネルギートランジションを目指し、変革の真っただ中

ENEOSは2040年に向けたグループ長期ビジョンとして「ENEOSグループは、『エネルギー・素材の安定供給』と『カーボンニュートラル社会の実現』との両立に向け挑戦します。」を掲げている。従来の石油精製販売を中心とした事業展開から、再生エネルギーや水素エネルギー事業、素材事業、電力アグリゲーションをはじめとする生活プラットフォームの新規構築などへのエネルギートランジションを目指しており、椎名氏は「変革の真っただ中にある」と説明する。

2023~2025年度は第3次中期計画にあたり、安定的なキャッシュフローの創出による収益の礎の確立と、そこで生まれたキャッシュを再配分し、エネルギートランジションの実現に向けた取り組みを加速させるフェーズにある。この2つを下支えする経営基盤強化の1つが、デジタル戦略という位置付けだ。

3つのDXを進める、4つの原動力

椎名氏はデジタル戦略の全体像を構成するものとして、3つのDX(事業変革)を説明した。それらは、基盤事業の徹底的な最適化を目指す「ENEOS-DX Core」、成長事業の創出と収益拡大を目指す「ENEOS-DX Next」、エネルギートランジション実現を加速する「カーボンニュートラルに向けたDX」である。さらにそれらを推進するための4つの原動力が「デジタル人材育成」「データ活用」「ITガバナンス」「共創機会」だ。

4つの原動力の中で、同社が「最も重要だと考えている」(椎名氏)のが、デジタル人材育成だ。ENEOSでは2020年度からDXの全社的取り組みを開始したが、同氏は「2021年度末まで成功事例がほとんどなかった」と明かす。そこで全社員にアンケートを実施するなどし、いくつかの課題を抽出。2022年度下期からさまざまな対策を行い、「顕著なDXの成功事例をつくることに集中している」(椎名氏)ところだという。

例えば、DX推進の体制は2021年度まではベンダーに依存した、成果につながらない不十分なプロジェクト体制だったり、実行スキルが不足していたりという課題があった。そこで目指す姿として「自立型のDX推進体制」を挙げ、そこにたどり着くための移行期にはDX重点テーマへのリソースの集中配置をし、ベンダーをマネジメントして、実行スキルを育成できるようにする取り組みに注力するといったものだ。

また、目指す姿と今の姿の隙間を埋めるために、研修プログラムの拡充も行っている。従来行っていた基礎研修と資格取得向けの研修に加え、実践的な研修として「ビジネスデザイン研修」と「プロジェクトマネジメント研修」を追加したそうだ。

椎名氏は「今現在、全てのテーマで順調な結果が得られているわけではない」と前置きしつつも、「実践を通して、目指すべき姿に向かっていく」と強調。第3次中期計画での高度デジタル人材育成目標には、全社員の約20%にあたる、1500人を「上位指導者の下、DXを推進できるレベル」に育てたいと意欲を示した。

IT部門も変革、機運醸成も進める

もう1つ、DXを推進するにあたり、欠かせない存在となるのがIT部門である。こちらも従来はベンダーに依存した請負型だったものに対し、目指す姿として提案・技術営業型を掲げた。そのための移行期は、事業部門にIT部門が伴走する「伴走型組織」になることを目指している。

また、DX推進の機運を醸成する施策にも力を入れている。椎名氏による動画「CDOのDX情報局」の配信や、「DXフェス」の開催に加え、DX推進や、生成AIの活用推進、データ分析・活用推進といったコミュニティ活動も行い、社員のDXに対する意識の底上げを図っているそうだ。

原動力を高めるためのその他の取り組み

では、その他の原動力である「データ活用」「ITガバナンス」「共創機会」についてはどのような取り組みをしているのか。

データ活用では、事業運営ダッシュボード、顧客行動分析、現場実績管理の3つを柱に据え、IT部門内にデータマネジメント組織を立ち上げて、ユーザー教育、コミュニティ活動を行っている。実際に「一部の部署ではデータを活用することで、事業経営の最適化が起こっている」と同氏はその成果を示した。ITガバナンスでは、2023年度から新たにDX進捗管理会議と、デジタル人材開発会議という2つの会議を設けるなど、取り組みを加速させている。

共創機会の創出については、まちづくり・モビリティ、低炭素社会・循環型社会、データサイエンス&先端技術という分野でスタートアップ出資による新規事業創出を図っていくという。また、他社とのオープンイノベーションにも積極的に取り組んでいる。

「オープンイノベーションで他社との協業を進めるためにも、デジタル技術の活用は欠かせません」(椎名氏)

デジタル戦略の先に見る、組織風土改革

椎名氏は続いて、2023年度からのDX重点テーマや、第3次中期計画のKPIを紹介した上で、「ロードマップを定め、DXを着実に進めていく。これにより、DXの成功事例を積み上げ、組織風土の改革にもつなげていく」と意気込みを語った。

そして最後に、「ENEOSには変化を嫌う、挑戦が生まれにくいといった改革すべき組織風土がある」とした上で、次のように今の思いを語り、講演を締めくくった。

「現状はまだ、組織風土改革はトンネルの中にいると思っています。しかし、DXの成功体験によって得られるものが、社員の意識を変え、組織風土が変わっていくドライブになると信じています。デジタル戦略をしっかりと続けていけば、トランジションになるのです」(椎名氏)