生成AI(人工知能)関連技術で世界中のテック企業がしのぎを削っている一方で、欧州連合(EU)はAI規制に力を注いでいる。EUには一般データ保護規則(GDPR)というデータ・プライバシーに関する法律があることが一つの要因だ。欧州議会は23年6月、AIのリスクを4段階にわけ、禁止や市場投入前の評価などの措置をとる規制案を採択した。

一方で、このEUの保守的な方針に一部の企業は難色を示している。欧州メディアによると、仏自動車大手ルノーや独総合電機大手シーメンスなど、欧州を中心に約150社のトップや幹部は6月30日(現地時間)、EUのAI規制案は競争力や技術力を損なう恐れがあるとの懸念を示す公開書簡に署名したという。

「生成AIは私たちの仕事を奪うものではなく、私たちの仕事を強化するためのものだ」ーー。

2023年10月16日、ドバイで開かれた中東・アフリカ最大のIT見本市「GITEX」のAIステージに登壇したルノー CSO(チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)のリュック・ジュリア氏はこう語った。

  • 仏ルノー CSO(チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)のリュック・ジュリア氏(10月16日、ドバイ)

    仏ルノー CSO(チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)のリュック・ジュリア氏(10月16日、ドバイ)

ジュリア氏はエンジニア兼コンピューター科学者で、米アップルの音声アシスタントSiri(シリ)の共同開発者でもある。2012年から2021年まで韓国サムスン電子でCTOを務め、2021年4月にルノーに入社した。

テクノロジー業界を牽引してきた同氏は、AI活用にどのような考えを持っているのだろうか。「そもそもAIとは何か?」というテーマで行われた同講演の内容をお届けしよう。

生成AIはAIを作ることはできない

生成AIは「Generative AI(ジェネレーティブAI)」とも呼ばれ、文章や画像・映像などさまざまなコンテンツを生成できるAIのこと。従来のAIが決められた行為の自動化が目的であるのに対し、生成AIはデータのパターンや関係を学習し、新しいコンテンツを生成することを目的としている。

2022年11月に米オープンAIが生成AI「ChatGPT」を公開してから、生成AIは革新的なサービスとして注目を集めた。ChatGPTはリリース後わずか2カ月でユーザー数1億人を突破し、2023年に入ると米マイクロソフトが開発元のオープンAIに対して100億ドルを投資することが報じられた。

その後、米グーグルの「Google Bard(バード)」、米アドビの「Adobe Firefly(ファイアフライ)」などさまざまな生成AIが誕生。11月1日には、マイクロソフトがWord(ワード)やExcel(エクセル)、PowerPoint(パワーポイント)などに生成AIを投入した「Microsoft 365 Copilot(コパイロット)」を法人向けに提供を開始した。

一方で、生成AIは一部の国や企業、個人から危険視されている側面もある。ジュリア氏は「生成AIは単なるツールの一つで、生成AIがAIを作ることはできない。多くの人が勘違いしているようだが、われわれ人類はまだ主導権を握っている。生成AIはアイデアの創出や創造物の作成に強力なサポートをもたらしてくれるが、自ら創造することはない」と、個人の見解を述べた。

危険なのはAIではなく「100%信じること」

イスラエルに本拠地を置く調査会社のシミラーウェブは7月、ChatGPTの月間アクセス数が2022年11月のサービス開始後初めて減少に転じたと報告した。同社は同サービスの目新しさが薄れていることの表れだと主張した。

ジュリア氏はこの事実に対し「ChatGPTを含む生成AIが、魔法ではないことに世界中が気づき始めているのは確かだ。しかし、生成AIの活用は進化している。単純なチャット機能の利用率が下がっているだけで、プロフェッショナルな仕事環境では非常に強力なツールだ」と説明した。

続けて同氏は「一方で、強力な生成AIは使い方によっては危険なツールになる」と指摘。米紙ニューヨーク・タイムズなどの報道によると、2023年5月、米東部ニューヨーク州の弁護士が審理中の民事訴訟で資料作成にChatGPTを利用した結果、存在しない判例を引用してしまったことが問題となった。この弁護士は供述書で「ChatGPTは情報源として信頼できない。非常に後悔しており、今後絶対に使うことはない」と書いた。

ジュリア氏は「生成AI自体が危険なのではなく、AIを100%信じてしまう考えが危険なのだ。ツールをどのように使用するかという点においては非常に注意が必要。使ってはいけないということではない。細心の注意を払って使うべきだ」と述べた。

次々と誕生する新たな生成AI 「特化が必要」

また同氏は、「危険な使い方を阻止する技術も次々と誕生している。今のChatGPTは爆弾の製造方法を教えてはくれない。『あなたが爆弾を作るのは危険です』と指摘してくれる。また、アドビのFireflyは生成された画像だけを提示してくれるため、著作権の問題に発展することはない。グーグルの『SynthID』というサービスでは、AIで生成した画像に電子透かしを入れて識別することができる。これらの技術は本当に素晴らしいものだ」と目を輝かせて説明した。

同氏は続けて「この先どうなるのか正確にはわからない。今わかっていることは、私たちが持つデータを生成AIに入れるための適切なツールを見つける必要があるということ。データが重要であることはもちろん、必要なデータの出典元をより明確にする必要がある」と説明。

加えて「モデルを増やす必要もある。多くの容量やリソースを必要とするようなものがある場合、新たなモデルの構築方法に注意する必要があるからだ。また、より専門的なAIも必要だ。何度も言うがAIがAIを生成することはない。それは夢のような話で今後も実現しないだろう」と補足。

そして最後に「だからこそ特化するべきだ。工具箱にあるさなざまな道具のように。ハンマーもあればドライバーもある。どちらも道具だが同じことをするための道具じゃない。結局のところ、私たちは過去から学んだようなことを一括してやっていかなければならないのだ」と語り、講演を締めくくった。