不透明さを増す今後の企業経営において重要になるのが、DXとデータ経営である。しかし、これらはともすればキーワードが先行してしまい、その本質が誤解されてしまう傾向にある。企業はどのようにDXを実践し、適切な経営判断につなげていくべきなのか。
9月25日に開催された「TECH+ イブニングセミナー for Leader 2023 Sep. 入山章栄氏と共に語る データ可視化によるスピード経営」に早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授の入山章栄氏が登壇。急速に進んだデジタル化やAIの隆盛などあらゆる変化が起こる現代で、日本企業が目指すべき姿を説いた。
DXに関する2つの“誤解”と成功のポイント
「DXには2つの大きな誤解がある」
冒頭、入山氏はそう語った。
1つ目は「DXすることが目的」であることだ。DXがブームになったことで言葉が独り歩きしてしまい、とにかくDXに着手すれば業績が良くなると勘違いする企業が出てきている。
つまり、DXそのものが目的になっているのである。本来、DXは目的ではなく手段であるべきなのだ。
「長期的な戦略やビジョンがまずあって、そこに道具としてのデジタルを活用していくべきです。ところが日本ではDXという言葉が先行しているため、『DXをやりたい』と相談されることが多い。そこで『御社は戦略として何をやりたいのか』と質問すると『わからない』と言われるんです。これでは本末転倒です」(入山氏)
では何のためにDXがあるのか。それは「イノベーションを起こすため」だと入山氏は言う。イノベーションを起こすための戦略があり、その手段としてDXを用いるべきなのだ。
2つ目に「DXだけをすれば良い」ということが挙げられる。
本来は、CXありきのDXでないと機能しないと同氏は強調する。CXとはコーポレート・トランスフォーメーション、すなわち組織変革を意味する。DXはその言葉から“デジタルだけ”の取り組みだと思われがちであり、デジタルツールを導入してDXを達成した気になってしまうのだ。
入山氏は「DXだけをやろうしても無理」だと語る。
「なぜ無理なのかと言うと、組織には“経路依存性”があるからです。会社というものは、いろいろなものが複雑に噛み合っているからこそ回っています。逆に言えば、せっかく噛み合っているのに、どこか1つだけを変えようとしてもうまくいかないのです」(入山氏)
例えば、ダイバーシティ経営を考えてみよう。多様性を重視するダイバーシティ経営では、女性管理職比率の増加や障がい者雇用など多様な人材の採用が重視される。もちろん、これらは必要な取り組みではあるが、だからと言って人材採用にだけ目を向けていては、ダイバーシティ経営は実現できないのだ。
「ダイバーシティだけを進めようとしても、それ以外の要素が真逆に噛み合って回っている状態が出来上がっている場合、うまくいきません。ダイバーシティを進めながら、新卒一括採用や終身雇用制度を続けているのはおかしいですよね」(入山氏)
ダイバーシティ経営に取り組むなら、評価制度や働き方なども含めて多様化を進めなければならない。そうしなければ、言わばアクセルとブレーキを同時に踏むような事態に陥ってしまう。この経路依存性の問題こそが、日本における“失われた30年”を生んだ原因だと入山氏は指摘した。
「変革をするためには、全体を変えないと意味がないのです。それは決して簡単なことではありません。理想はトップダウンで変革していくことですが、それが難しい場合は役員を兼任させるのが有効です」(入山氏)
多くの日本企業は役員の数が多く、1人の役員が1つの領域の責任者を務めている場合が多い。しかし、だからこそ何かを決めることができず、変革が進まないのだと同氏は言う。
ではどうすれば良いのか。
「コンフリクトする領域の役員を、1人が兼任すれば良いのです。極論ではありますが、本当にDXを進めたいのならデジタルのトップと人材のトップを同じ役員が兼任すべきです。なぜなら、DXを本気で進めようとすると必ず人事とぶつかるものだからです。DXがうまくできている企業は多くの場合、デジタルのトップが強力な人事権を持っているケースが多いのです」(入山氏)
知の探索と知の深化による“両利きの経営”でイノベーションを起こす
もちろん、DXを推進してイノベーションを起こすと言っても、そう簡単な話ではない。イノベーションを生む鍵はどこにあるのだろうか。
そのヒントとして入山氏が挙げるのが「知の探索」と「知の深化」による「両利きの経営」である。知の探索とは新たな事業の種を探すこと、知の深化とは既存事業を深掘りすることを指す。
「イノベーションや新しいアイデアは、常に既存の知同士の新しい組み合わせからしか生まれません。とは言え、人間は認知に限界があり、目の前にある知の組み合わせはやりつくされています。それを脱却するためには、遠くにある知と知を組み合わせる必要があるのです」(入山氏)
それこそが知の探索だ。日本のイノベーションは全て、この知の探索から生み出されてきたと入山氏は語る。
もちろん、収益の上がりやすい既存事業を深掘りする知の深化も重要だ。知の探索と知の深化、これら2つを高いレベルで同時に行える企業こそがイノベーションを起こせるのである。
ただし、一般的に企業は知の深化に偏ってしまうことが多い。なぜなら知の探索は時間やお金といったリソースがかかる割になかなか収益化が見えないこともあるためだ。そこで確実に儲かる知の深化が優先されやすいわけである。
深化も重要だが、同時に探索もしなければならない。
この課題に対処する有効な手段こそが「デジタル」だと入山氏は言う。
「デジタルは遠くにある知を持ってきて、自社の知と組み合わせるのに最適です。例えば、東芝の『スマートレシート』は、店舗データという既存のリソースにデジタルを組み合わせて、マーケティングにデータを活用するという新たな価値を提供しています」(入山氏)
とは言え、知の探索は容易ではなく、失敗することも多いし、無駄に思えることもある。それでもあえて挑戦しなければならないと同氏は強調する。
「知の探索こそ、人でなければできないことです。それに対して知の深化は、既存の仕組みを効率化して磨き込んでいく作業ですから、AIが最も得意とするところです。これまで優秀な人材が知の深化に取られすぎていました。知の深化は今後AIがやってくれるのですから、人間でなければできない探索に人的リソースを振り分けてほしいと思います」(入山氏)
よく「AIが人の仕事を奪う」と言われるが、入山氏は「奪われるのは知の深化の仕事であり、知の探索の仕事は奪われない」と断言した。
それは昨今話題のChatGPTについても同様だ。入山氏によると、ChatGPTも知の深化はできるが探索はできないという。何よりも生成した結果に対しての責任をChatGPTは取ることができない。知の組み合わせで新たなイノベーションを生み出すのも、それに対して責任を取れるのも人間だからこそなのだ。
第二次デジタル競争における日本の勝ち筋とは
今後、世界は「第二次デジタル競争」の時代に突入していくと入山氏は述べる。
「第一次デジタル競争で日本はGAFAに惨敗しました。目の前のホワイトスペースをプラットフォーマーに奪われてしまったのです。しかし、今それは飽和状態になり、これから第二次デジタル競争が始まります」(入山氏)
この第二次デジタル競争において、日本企業は十分に勝ち筋を持っていると入山氏は分析する。
なぜなら、これからはフィジカル空間のあらゆるものがデジタル化される時代だからだ。そうであるならば、勝敗の鍵を握るのは現実空間に存在する「モノ」のクオリティである。
ここで活きるのが、日本が誇る世界トップクラスのものづくりの力というわけだ。
さらに、人と人の間に発生するサービス、すなわち“おもてなし”にも新たな価値が付与されると入山氏は見ている。DXやデータ活用が当たり前になっていくからこそ、人にしかできない“現場力”の重要度が増すのである。
「日本は元々、現場が強い国です。第二次デジタル競争では日本の現場力やおもてなし力が再復権する可能性が十分にあるでしょう。ただ、そのためには現場力だけではなく、デジタルをうまく取り入れる必要があります。地上戦(現場)と空中戦(デジタル)の両方を進めなければならないのです」(入山氏)
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日本企業は今後、デジタルはあくまでも手段に過ぎないことを念頭に置いた上で、CXも含めた組織全体の改革を進めなければならない。そうすることで初めて、第二次デジタル競争における日本の勝ち筋が見えてくるのだ。入山氏が提唱する両利きの経営がそのキーポイントになるだろう。