時代の変化に素早く対応できるよう内製化の動きが進む一方で、クラウドツールを導入したものの大きな変革につなげられていないという悩みを抱える企業は多い。スポーツ用品店を展開するアルペンでは、大手小売のような数十名規模の開発体制を構えず、従来の体制のままプロパー中心のIT部門で劇的な内製シフトを実現している。
10月19日に開催されたオンラインセミナー「TECH+セミナー ローコード/ノーコード開発 Day Oct. 自走で差がつくビジネス戦略」で、アルペン 執行役員 デジタル本部長 兼 情報システム部長の蒲山雅文氏は、こうした取り組みの背景などに触れながら、従来のIT部門の体制のままでも十分に実現可能な内製シフトのアプローチの一例を紹介した。
3年間で内製化を進め、脱レガシーを実現
アルペンへ新卒入社した社員は、基本的に店舗に配属され4~10年ほど実務経験を積んだ後、その中の一部の社員が本社に配転される。情報システム部門はさらにその一部のメンバーにより構成されるため、専門性が育ちづらいのが弱点で、同社の情報システム部門のメンバー20名のうち、10年以上の経験を積んでいるのはわずか4名だ。「質的にも量的にも潤沢とは言えないIT人材の体制のもと内製化を進めている」と蒲山氏は明かす。
蒲山氏がコンサルティング企業からアルペンへ入社したのは2019年。それまで同社は、外注依存かつレガシー中心のシステム構成で事業を運営していた。さらに、レガシーシステムから大量に吐き出されるExcelファイルを用いて多くの社員が四苦八苦しながら分析・集計作業していたそうだ。
そこから2022年までの3年間ほどでレガシーシステムの撤廃を進めてきたアルペン。発注購買、物流、販売(POS)のシステムは、パッケージを利用しIaaS上に構築している。これらは外注だが、POSシステムにつながる注文受付システムはローコードツールを使って7割を内製した。
基幹系システムのレガシーを撤廃していくにあたり、基幹系クラウドDWH、分析系クラウドDWHを導入。これについても、マルチクラウドで、8割ほど内製で構築している。DWHに蓄積されるデータは、定型分析BI・非定型分析BIを導入し、業績や顧客データ分析をしている。これらはすべて完全内製となる。
外注と内製のシステムが散在していることにより、システム間をつなぐインターフェイスが大量に発生する。そのため、9割を内製しているETLツールで対応。大量のデータが内製プラットフォームを行き来し、BIに連携され、タイムリーな事業分析に使われているという。
「これまで外注に依存していましたが、BIやデータの統合といった機動力を重視する領域についてはほぼ内製でシステムの改修ができるようになっています。この仕組みが整ったおかげで、本社の人員がExcelの集計作業に追われるという状況が改善。誰もがデータを利用可能なかたちに統合されました。IT部門は、事業そのものをアジャイルシフトさせる攻めのIT部門へと変革してきたのです」(蒲山氏)
内製シフトを実現する3つのステップ
蒲山氏は、内製化のステップを「地ならし」「仲間集め・武器集め」「まず走る、後から考える」といった3段階で進めてきたという。それぞれ、具体的に見ていきたい。
地ならし
1つ目は「地ならし」だ。内製による変革を進めるには経営陣とのコミュニケーションが必要不可欠である。蒲山氏は「『多少品質に目をつぶって内製すれば、お金と時間を限りなく圧縮できる』と内製化による効果や価値を丁寧に説明した。システム開発は莫大な投資が必要で、失敗は許されないという固定観念もあったが、クラウドサービスをフル活用すれば、初期投資をほぼゼロで始められるためリスクが低減できるので、安心してこの判断にOKしてほしいなどといったコミュニケーションもした」と経営陣とのやり取りを振り返る。
仲間集めと武器集め
2つ目は「仲間集めと武器集め」だ。技術力や開発力があるメンバーを揃えるのは難しいため、部分的な内製と割り切って、外部の力を借りるという発想が重要となる。
アルペンでは、レガシーシステムの運用保守を担当していたベンダーをシステム構築のパートナーに据えた。会社の事情を熟知していることもあり、システム内製化の技術支援ベンダーになってほしいと依頼したうえで、技術的なサポートおよびソリューション選定時の知見サポートなどを担当してもらうようビジネススキームを変更した。蒲山氏は「自社のシステムを詳しく知ってくれているベンダーをうまく内製化のなかに取り込んでいけば、IT人材不足に対する打開策の1つになり得る」と話す。
ソリューションのパートナーも重要だ。蒲山氏によると、なるべく利害関係の影響を受けない中立的な立場で、なおかつ、人月商売でなくライセンス販売でビジネスが成立しており、無理のない範囲で親身になってサポートできるというバランスがあるかどうかが判断基準になるという。
では、武器集めとは何か。ここでいう「武器」とはツールのことを指す。アルペンでは、ローコードアプリ構築に「kintone」、ETL/EAIに「DataSpider Servista」、DWHに「Oracle Autonomous Database」、BIに「Board」を採用している。 ETLツールを介してこれらのツールと基幹系の業務アプリケーション群を密につなげているのが同社の特徴だ。蒲山氏は「基幹系システムをスクラッチでつくるのと何ら変わらないようなシステムのカバレッジをこれらのクラウドツールでも十分実現できた」と説明する。
まず走る、後から考える
蒲山氏によると、ここまでできれば「まず走る、後から考えれば良い」という。これが3つ目のステップとなる。
内製化を進めていく際に大事なのは「スコーピング」だとする蒲山氏。「リスクの高い基幹系は後回し。非生産的作業の集合体であったExcel分析を内製化の中心に据え、内製をする領域としない領域をリスクや効果を見ながらドラスティックに分けたことが今回の特徴」だとその具体例を説明する。
この場合、内製型クラウドBIツールを導入するところからのスタートとなり、負うリスクは初期投資分のみとなる。「ノーリスク・ローリターンで始めて内製化を進め、成果が積み上がると、経営陣からGoサインが出て全社展開を進められるようになった」と同氏は振り返る。
また、一番のポイントは、長年培ったIT構築プロジェクトの定石を無視することだったと言う。
「要件定義・企画・概要設計といったプロジェクトの全体構想をあえてやらないという思い切りが必要です。ビジネス環境や経営戦略は1年もすれば簡単に変わります。その時々でやれることを踏まえて計画を見直さなければならないのです。常に経営との接点から必要とされていることを嗅ぎ取りつつ、周囲にアンテナを張って内製できることを増やしていけば、いつの間にか内製でもなかなかすごいことができるようになるでしょう」(蒲山氏)
キッカケは「ITリーダーの覚悟」
蒲山氏によると、ここまでのステップに加えて、内製シフトの成否を分ける契機となるのが「ITリーダーの覚悟」だという。同氏は「事業側から降ってくる課題を解消するだけの請負型ではなく、あえて道を踏み外し、率先して発信することで自社のITを導いていく覚悟を持つことが重要」だと強調する。部分的なツール導入や業務効率化にとどまることなく、トランスフォーメーションとして内製化の効果を広げるためには、SIerやITコンサルティング企業に任せきりにするのではなく、ITリーダーが自分自身の意志で自社システムの在るべき姿を考えて発信する覚悟が求められるのだ。
「インテグレーション自体を内製化することで、情シス部長が昨日考えたことが今日にはシステムとして実現されるような圧倒的な機動力が得られます。これにより、社内IT部門は変化に強い体制になるうえ、真のDXと呼べるような大きな変革につながるのです」(蒲山氏)