生成AIを一気に身近な存在としたものの1つにChatGPTがある。業務効率化のツールとして、クリエイティブ制作やアイデア出しのサポートツールとして、人々はさまざまな活用方法を見出している。昨今では、ChatGPTを組み込んだ新たなサービスやプロダクトをリリースする企業も増え始めた。
そのうちの1社が博報堂DYホールディングスにより設立されたSIGNINGだ。同社は9月、ChatGPTを活用した「地元の情報を会話で得られる自動対話サービス」のプロトタイプを開発し、正式導入に向けた実証実験を開始したことを発表した。同サービスでは、地方観光地の人手不足を支援するべく、なんと猫と対話するスタイルで観光情報を提供するという。立ち上げから開発まで短期間で駆け抜けたプロジェクトは、どのように進められたのか。そして、実証実験ではどのような反応が見られているのか。
今回のプロジェクトに携わったSIGNING Business Producer /Co-Creatorの山縣太希氏、博報堂プロダクツ デジタルプロモーション事業本部 チーフデジタルプロデューサーの酒巻俊哉氏、博報堂プロダクツ プロモーションプロデュース事業本部 デジタルアカウントプロデューサーの坂本理音氏と、博報堂プロダクツ デジタルプロモーション事業本部 テクニカルディレクターの天野真氏にお話を伺った。
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(左から)博報堂プロダクツ デジタルプロモーション事業本部 チーフデジタルプロデューサーの酒巻俊哉氏、博報堂プロダクツ プロモーションプロデュース事業本部 デジタルアカウントプロデューサーの坂本理音氏、 SIGNING Business Producer /Co-Creatorの山縣太希氏
約2カ月でプロトタイプを作成
そもそもSIGNINGは、「社会の課題解決と企業の新たな成長のためのソリューションを提供するビジネスデザインカンパニー」として設立された企業だ。「これまでもさまざまなかたちで地方との接点を持ってきた」と山縣氏は切り出した。
山形大学と進める産官学民連携のプロジェクトや、地域ごとに異なる未利用魚の活用を考える「ZACO Project」などはその一例だ。このようなプロジェクトを進行する際、話をしていて必ずと言って良いほど出てくる話題が人手不足、関係人口づくりの話題だったと山縣氏は言う。
こうした社会課題を解決するために何かできないかという思いを持っていたとき、ちょうど到来したのがChatGPTブームだ。「ChatGPTを使って、何かやってみよう」と考えた山縣氏らは、2023年7月に正式にプロジェクトを立ち上げ、9月には「地元の情報を会話で得られる自動対話サービス」のプロトタイプを開発、実証実験の開始にこぎ着けた。立ち上げからわずか2カ月という素早さについて、酒巻氏は「スピード感を重視している」と説明する。そのため、まずはプロトタイプをつくり、実証実験をしながらチューニングしていくという方針で進めたのだ。
猫と会話ができる“楽しさ”も魅力
今回、ChatGPTを使って開発された自動対話サービスは、ウェブブラウザ上で動作する。音声入力とテキスト入力に対応しており、観光情報や地元の人のお薦め情報などを質問できるというものだ。対話の相手は、なんと猫! 本当に猫と話しているようなユーモラスな体験も、このサービスに大きな魅力を付与する要素となっている。
だがなぜ、猫だったのか。
「対話型サービスのUIをどうしようかと考えたときに、人が愛着を持っているものが良いのではという話が上がりました。犬など、動物が良いかなと。その中で今後、このサービスを導入する先が観光施設や飲食店であることも想定すると、商売繁盛をイメージさせる招き猫はどうかというアイデアが出てきたのです」(山縣氏)
しかし、猫に回答をさせるというUIを実現するには苦労もあったと天野氏は言う。具体的には「にゃあ」という猫の音声をどうするかだ。猫にテキストを読ませると、人工っぽさが強く出てしまうし、本物の猫の鳴き声ではリアルすぎる。天野氏らは、さまざまな「にゃあ」を試し、現在のものに落ち着いたそうだ。
「対話型サービスを使った時に“楽しかったな”という感覚になってほしいという思いもあり、このような細部もさまざまな検討を繰り返しました」(天野氏)
ChatGPTならではの強みを存分に生かす
多くの観光地には地域の情報を示してくれるタッチパネルや、簡単な質問に答えてくれるチャットボットなど、すでにさまざまなデジタルツールが浸透している。今回開発された自動対話サービスは、それらに対してどんな強みを持っているのだろうか。
山縣氏がまず挙げたのは、同サービスがウェブブラウザ上で機能することから、QRコードなどを使って連携し、利用者が自分のスマートフォンでサービスを利用できるという点だ。観光案内所などに設置されたタッチパネルのように、大型のデジタルツールでは持ち運びはできない。その点、同サービスであれば、旅行中に移動しながら、地域の観光情報をどんどんと取り入れることも可能である。また、チャットボットはあくまでも定型文での対応だが、このサービスであれば、ChatGPTを通した会話が楽しめるという点も大きい。山縣氏は「会話形式でやり取りできる気軽さはもちろんだが、より本物の会話に近いコミュニケーション体験ができる」と、その特徴をまとめた。
今回のサービスを通して、プロジェクトチームが一貫してこだわるのは、コミュニケーションの質と量を増やすことだ。単純な操作になりがちなタッチパネルやチャットボットよりも、自然な会話形式でのやり取りをすることで、利用者はその地域に愛着を感じやすくなる。これは、関係人口づくりの第一歩にもつながるだろう。プロジェクトチームでは、今後、その地域の人だからこそ知っているような情報をデータとして加えていくことで、「さらに関係人口の深掘りをしていきたい」(山縣氏)と考えているそうだ。