日本は現在「失われた30年」と呼ばれる長期低迷時代にある。パナソニック ホールディングス 名誉技監/ESL研究所所長/京都大学 特命教授の大嶋光昭氏によると、その要因として国内でイノベーションが起こっていないことが挙げられるという。そして大嶋氏は「米国ではGAFAをはじめとするベンチャー企業の躍進がある。これらは全てイノベーション。日本でも上手くやれば、米国のベンチャーに負けないイノベーションを起こすことができる」と語る。
これまで11件の技術を発明・開発・事業化し、年商換算で6兆円にまでスケールさせてきた同氏。「日本において今後20年間は成熟企業におけるイノベーションが主流になる」としており、その際に重要なのが「出口戦略」である。8月2日~18日に開催されたウェビナー「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2023 for Leader DX FRONTLINE ビジョンから逆算する経営戦略」で、その詳細について解説した。
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成熟企業内に別のハコをつくり、スピード感を上げる
ジャイロセンサー、手ぶれ補正、ゲーム機用海賊版防止技術。これらは、大嶋氏がこれまでに事業化まで手掛けてきた代表的な研究開発テーマだ。ジャイロセンサーは年商300億円・営業利益率15%、手ぶれ補正は年商2000億円・営業利益率15%、ゲーム機用海賊版防止技術は任天堂Wiiなどに採用され、年商8000億円相当(営業利益400億円/年)・営業利益率40%という高収益事業に育っている。既存事業が営業利益率5%以下、企業によっては3%程度であることを考えると、いずれも事業化後の営業利益率の高さが特徴だ。「既存事業だけだと営業利益率は3%程度に落ち込む。そこに営業利益率15%のイノベーションを起こすことにより、会社の営業利益率が5%を超える。だからリスクの高いイノベーションに挑戦する必要がある。一人のイノベーターで累計6兆円の高収益事業を興せるので、3人もいればどの企業も優良企業に変身できる」と大嶋氏は語る。
一方で、一方で、初期の開発投資額を見てみると、大型の事業成果の場合、それぞれ5000万~8000万円程度。これに対して、光IDを使用したシステム「Link Ray」のような小型の事業成果の場合でも、ほぼ同額の8000万円である。この結果から「どうせやるなら、出口の大きな投資をやれば良い」と大嶋氏は語る。
では、大きな出口となるプロジェクトを進めるためにはどのようにすれば良いのだろうか。大嶋氏によると、成熟企業の資金力や人的リソースなどを活用すべきだという。同氏は「日本における成熟企業の優位性は、コンプライアンスが高く、知財・法務のスタッフ力がある点。生産インフラも整っており、資金の継続性や高度技術者も確保できている」と説明する。
一方で、日本の成熟企業は、ベンチャー企業や米国企業に比べてビジネスのスピード感が遅い点が難点になる。こうした状況を踏まえ大嶋氏は「スピードさえ解決すれば、米国並みのイノベーションを起こすことができるはず」とした上で、成熟企業内の別のハコ=「環境」をつくることの重要性を指摘する。いわゆる出島戦略の考え方だ。
挑戦するマインドを持った人材を社内の文化から隔離する
出口戦略のためには、企業環境を整えることに加え、マインドも大事だとする大嶋氏。世界時価総額ランキングトップ50の結果を基に、次のように語る。
「1989年には32社の日本企業が世界時価総額ランキングトップ50に名を連ねていましたが、2022年にランクインした日本企業はトヨタ自動車1社のみ。1980年代は、技術者のマインドが高く、世界一になろうという意識を持ち、さまざまなことに挑戦していました。当時のマインドを取り戻せば、この時代の繁栄を取り戻せると考えています。この時代は、失敗しても許され、何度も挑戦できる機会がありました。しかし、バブル崩壊後、失われた30年の中で、挑戦してもなかなか成功しないために挑戦しない世代が増えてきたのです。現状では、挑戦して成功した経験のない世代が管理職になり、若い人が挑戦しようとしても認められづらい。これから20年経てば『挑戦世代』の割合が高まりこの課題を解消できますが、そのときまで何もしないで待っていれば失われた50年になってしまいます」(大嶋氏)
こうした考えの下、大嶋氏は、挑戦する人材を社内の文化から隔離することを推奨している。事業の「深化」で利益を得て、新規事業に投資する「探索」の両輪でイノベーションを起こしていく「両利きの経営」という考え方があるが、これに対し同氏は「深化と探索は水と油の関係。深化はリスクを負わないが、探索はリスクを負う。深化は管理・調整が大事だが、探索を管理しようとするとイノベーションが生まれない。こうした取り組みを1つの組織で進めようとすることは難しい」と指摘する。
「上司が深化で担当者が深化を担う場合、同じ評価軸なので決裁が速いでしょう。しかし、そこにはイノベーションはありません。現状は若い人が探索で上司が深化を担っているため、文化が違い、決裁が遅くなってしまっています。決裁が遅くなると、スピードが落ちるため、イノベーションが成功しません。隔離した文化においては、全員が探索型であるべきなのです。これでスピード感を高めることができます」(大嶋氏)