ローンディールは今年6月、JAグループのイノベーションラボ AgVenture Lab(アグベンチャーラボ)とのコラボレーションによる「飲むWILL醸造プロジェクト」をスタートした。同プロジェクトは、一言で言えば組織向けのビールづくり研修だ。その狙いは、WILL(ビジョン/ミッション/バリューを言語化した意志)をクラフトビールとして実体化させることで、WILLをより身近に感じ、カジュアルに語り合える人間関係をつくることにある。製造過程でチーム“ビール”ディングができ、完成したビールはWILLの象徴として社内外への周知に役立てられる仕組みだ。プロジェクト化に先立ってローンディール自身が実践し、その効果を実感しているという。

そもそもなぜ、チームビルディングとクラフトビールづくりを掛け合わせるという発想に至ったのか。ローンディール 最高顧客責任者の大川陽介氏に伺った。

  • ローンディール 最高顧客責任者の大川陽介氏

皆が持つWILLをカジュアルに語り合う場をつくりたい

――まずは御社について教えてください。

大川氏:弊社は、大企業とベンチャー企業間における人材の「レンタル移籍」を提供しています。レンタル移籍とは、大企業人材がその企業に所属したまま一定期間ベンチャー企業で業務にあたる仕組みです。企業間での人材交流はさまざまな方法がありますが、大企業とベンチャー企業の間ではどうしても“大企業から人をお預かりする”というような感覚になりがちです。そうではなく、対等な関係の下、未知の世界で全力を尽くすことで、人の力が目覚め、その力を持って、元の会社に戻り、変革やイノベーションを担うような人材を育成することを目指しています。

――事業を展開する中で、 “WILL”が重要だと仰っていますね。

大川氏:はい、WILLはビジョン、ミッション、バリューを言語化した“意志”です。未知の世界に飛び込む挑戦者を突き動かす羅針盤の役目を果たしているのがWILLなのです。我々は、一人一人のWILLを言語化し、活用できるようにするお手伝いをさせていただいています。また、WILLの重要さは何もレンタル移籍をする際に限ったものではありません。自チームにおいても、なぜこの会社にいるのか、何をしていくのかというWILLをもっとカジュアルに語り合いたいと考えていました。

――御社ではこれまでもさまざまなチームビルディング手法を採り入れられてきたのですか。

大川氏:これまでも、暗闇での体験を通してチームビルディングをする「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」や、鎌倉でのワーケーションなど、皆で顔を合わせて行うようなアクティビティを行ってきました。ですので、チームづくりができていないという課題があったわけではありません。別のアプローチで何かできることはないかと考えていたところに、AgVenture Labさんのメンバーから「ビールづくりを研修にしてはどうか」というアイデアをいただいたのです。

クラフトビールづくりの持つ3つの力 - 個性、五感、共感

――なぜ、クラフトビールづくりがチームビルディングにつながるのでしょうか。

大川氏:クラフトビールづくりには3つのメリットがあります。1つ目は、味に個性を持たせることができるという点です。ここにチームらしさや独自のWILLを反映させることができます。2つ目は、味や香り、ビールをつくる際の空気感などを五感で感じられるという点です。WILLは、言ってしまえば言葉でしかありません。WILLを、五感を通して感じられるのが、クラフトビールづくりのプロセスなのです。3つ目は、共感です。ビールは、他の飲み物とは違い、乾杯をすることが前提の飲み物だと思いませんか? 私はビールにはコミュニケーションツールとしての機能があると考えているのです。

――実際のチーム“ビール”ディングのプロセスを教えてください。

大川氏:今回は醸造時間を除き、5日間のプログラムにしました。初日に実施したのは、ビールに込めたい思いを抽出する「スタイル選定」です。弊社の場合、過去に実施した「自社の価値観を洗い出すワーク」で上がったキーワードを基に、選定していきました。このプロセスでは、代表が創業当時のエピソードなどを語る機会もあり、新しいメンバーたちにいろいろな歴史を共有できる時間になりました。これに関しては、メンバーからも「今起きていることを話し合う場はたくさんあるが、会社のオリジンに立ち返った話ができたのが良かった」という声がありました。

その後、クラフトビールの歴史を学び、異なるスタイルや味を持つ18種類のクラフトビールを試飲。メンバーによるプレゼンを経て、自分たちのキーワードとマッチしたスタイルとして、「越境」から生まれたと言われる「インディアンペールエール(IPA)」を選びました。

2日目に取り組んだのは「味わいレシピ作成」です。10種類のIPAを飲み比べながら、さらにIPAへの理解を深めた上で、我々のWILLを表現できそうな味の特長を決めていきます。越境者を応援したい我々は、新たな世界に踏み出す「越境」の経験を再現したい。最初は、ガツンとくる試練の苦味。そして、それを乗り越えた後に訪れる成長や自信を感じさせる華やかな甘みや香りを表現したいと考えました。「ジーン」とくる感動を味わいたい私たちの価値観は、「ジンジャーシロップ」という隠し味に込めています。

3日目の「ブランディング」では、スタイル選定で出たキーワードと、味わいレシピ作成で決めた味の特長を、クラフトビールの名前、キャッチコピー、コンセプトというかたちにしていきます。メンバーで意見を出し合い、「越境エール」という名前を付けることが決まりました。

4日目はいよいよ「醸造(仕込み)」です。皆で大阪にある中津ブルワリーを訪れ、メンバー自ら柑橘類の皮むきや、麦芽の糖化といったプロセスを体験しました。ここでは社長も社員も関係なく、バケツリレーをしたり、洗い物をしたりと、全員で数時間以上の肉体労働をするという、チームビルディングにふさわしい体験ができました。

醸造から約3週間で、ついにオリジナルのクラフトビールが出来上がります。それが、5日目の「乾杯」です。

――ご自身でクラフトビールづくりによるチームビルディングを体感され、どう感じましたか。

大川氏:「会社の雰囲気とビールの雰囲気をマッチングさせていく」「1つのことを一緒に学び、かたちにしていく」というプロセスを共にできたという点は、チームビルディングという観点から、とても貴重な経験になったと思います。また、クラフトビールには味、香り、温度など、さまざまな要素があります。1つの出来事に対し、それぞれが多様な関わり方ができるという点でも、良いテーマだと感じました。

――アルコールを飲まない、飲めない方はどのようなかたちで参加されたのでしょうか。

大川氏:アルコールを飲まないメンバーも、香りを嗅ぎながら、キーワードやテイストの選定に参加したり、醸造のプロセスに携わったりしました。飲む飲まないに関わらず、クラフトビールをつくるという非日常体験への好奇心やワクワク感を持つことはできると考えています。

――他に、チーム“ビール”ディングから得たものはありますか。

大川氏:今回我々は「越境エール」というかたちで、約600本のクラフトビールをつくり、社内だけでなく、社外でお付き合いをさせていただいている方々にもイベントなどを通じてお配りしました。その際、「なぜそんなことを始めたんですか」「どんなWILLが込められているのですか」といったコミュニケーションが始まり、こちらが思っていた以上に良い反応をいただきました。クラフトビールが、社外の方々に我々の価値観やスタイルを感じてもらえる、対外的なメッセージ発信の媒介になってくれたわけです。

従来、チームビルディングと言うと仲間内で行うクローズドな活動だと思われがちですが、チーム“ビール”ディングは、内と外をつなげ、広げていく次世代のチームビルディングになったのではないかと思っています。

――今回、クラフトビールづくりによるチーム“ビール”ディングを、「飲むWILL醸造プロジェクト」というかたちでリリースされました。今後、どのような展開をお考えですか。

大川氏:我々の「越境エール」に接してくださった方々から、自分たちのWILLを基にビールをつくりたいという声を多数いただきました。我々が目指すのは、自分たちの思いをビールにのせて語り合い、飲み合うようなカルチャーや風土の醸成と、そういった世界観が広がっていくことです。我々自身も来年もチャレンジしたいと考えていますし、AgVenture Labさんとも協力しながら、興味を持ってくれた周囲の企業やチームにも広げていきたいですね。