ホームセンターから製造小売業(SPA)、そしてIT小売企業へと変革しながら、30年以上成長を遂げてきたカインズ。その成長の秘訣は何か。
5月15日~26日に開催された「TECH+ Business Conference 2023 ミライへ紡ぐ変革」の「Day 2 小売流通業の未来」に同社 執行役員 CDO 兼 CIO 兼 デジタル戦略本部長 兼 イノベーション推進本部長の池照直樹氏が登壇。「イノベーションを実現する組織を構築するには」と題し、TECH+ 編集長の星原康一と対談を行った。
「TECH+ Business Conference 2023 ミライへ紡ぐ変革」その他の講演レポートはこちら
何もしないことがリスク、「IT小売業宣言」の裏側とは
カインズは埼玉県本庄市に本社を構えるホームセンターチェーンで、関東を中心に全国約230の店舗を持つ。従業員数は約2万人、売上高は4862億円(2022年2月期)に達している。
いせやからホームセンター事業のスピンアウトとしてスタートし、チェーンストア化、SPA化とギアをシフトさせ、成長を続けてきた。現在カインズは「IT小売業宣言」の下にデジタル化を進めている。
元々顧問を務めていた池照氏は、2019年にカインズに加わった。現在は、経営目線ではCDOとCIO、現場レベルではデジタル戦略本部長とイノベーション推進本部長というさまざまな顔を持ちながら、同社のDXを率いている。
IT小売業宣言の背景には、同社の代表取締役会長の土屋裕雅氏と池照氏が参加したAWS(Amazon Web Services)の年次イベントがあったという。その熱気とテクノロジーに衝撃を受け、「何もしないことが一番のリスクになる」と、ビジネス変革を決めたのだ。
「強い決意を持って出した宣言なのです」(池照氏)
宣言からすぐに効果が出た。デジタル総流入は対前年比で124%成長、送客も同じく120%の成長となったのだ。宣言が成長のドライバーになっている状態だが、池照氏は「この効果は戦略的に進めた結果」だと言う。
では、カインズは実際、どのようなことを行ったのか。池照氏がまず挙げたのが、広告を打つことだ。だが広告のみに頼ると、予算がいくらあっても足りない。そこで、広告を打ち始めると同時に、次の手としてオウンドメディア「となりのカインズさん」の企画を開始した。これにより、広告だけに頼らずとも流入がある状態をつくっていったという。
デジタル会員を増やせ
カインズが狙ったのは、デジタル会員の増加だ。池照氏が入社した時点ですでにOne-to-Oneマーケティングの仕組みは整っていた。当時、ターゲットとなる顧客は13万人。同氏によると「カインズは年1億5000万回のレジ通過がある。13万人が10回来店したとしても130万回で、レジ通過回数全体の0.7%程度。0.7%にOne-to-Oneマーケティングをして来店数が10%改善したとしても、0.07%の売上アップにしかならない」のだ。
「カインズの場合、0.07%とは、雨が3時間降るとなくなってしまう売上です」(池照氏)
そこで、顧客戦略を見直した際、デジタル会員の数を増やすことにフォーカスした。また、アプリユーザーの方が非アプリユーザーよりも売上が2倍程度大きいことも背景にあったそうだ。
店舗では、会員カードを持っている顧客にデジタル会員になってもらうための声がけなどが行われた。初期のアプリは、「物理的なカードが不要になる程度しかメリットのない」(池照氏)シンプルなものだったというが、店舗メンバーが来店した顧客に働きかけることにより、2カ月で一気に約50万人もデジタル会員が増加した。
「売上がアップする兆しが見えると、みんなが積極的に対応してくれます。最初は半信半疑でも、この戦略に乗ってやろうという雰囲気が生まれるのです。同時に、デジタルにも慣れてきたことで、成長が始まりました。大切なことは、売上が増える理屈を分かりやすいかたちで浸透させること。コンバージョンレートなどの業界用語ではなく、デジタル会員を一人増やすと売上がどのぐらい上がるのかという分かりやすい説明をすることがポイントです」(池照氏)
このような取り組みが奏功し、カインズのデジタル会員数は現在400万人規模に到達した。狙い通り、「成長の源泉になっている」(池照氏)そうだ。