商業施設からオフィス、住宅、ホテルに至るまで幅広く不動産事業を展開する三井不動産は今、全社を挙げ、“全事業DX”に取り組んでいるという。2月21日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2023 DX Frontline for Leaders 変革の道標」には、同社 執行役員 DX本部長の古田貴氏が登壇。「三井不動産のDX元年から6年目。さらなる全事業DXへの試行錯誤」と題し、CXとEXを柱に取り組んできた同社のDXの具体的な内容や、そのために構築した体制、必要とした人材などについて解説した。

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2つの改革で進める三井不動産のDX戦略

講演冒頭で古田氏は、同社のDX戦略は2018年に公表したグループ長期経営方針「VISON 2025」を支える大きな柱の1つであり、「テクノロジーを活用し不動産業そのものをイノベーション」するという目標が掲げられていることを紹介した。これにリンクするかたちでDX本部が策定したのが「DX VISION 2025」である。顧客志向で社会課題を解決するCX(顧客体験)と、生産性で従業員の満足度を向上させるEX(従業員体験)の2つが、その主な内容だ。

  • 三井不動産のDX戦略

全事業で推進する「リアル×デジタル」

CXの向上に向けた事業変革について、同氏は、グループの全ての事業で共通して既存の強みであるリアルと、新たな挑戦であるデジタルを掛け合わせることを推進しているとし、具体的な取り組みを示した。代表的な例の一つとして「働き方改革推進サテライトオフィス」がある。これは拠点型オフィスや在宅勤務にサードプレイスを組み合わせるハイブリッドワークを推進するもので、スマホでのチェックイン機能や利用状況分析ダッシュボードの提供を行っている。また、商業施設の三井ショッピングパークでは会員向けに、リアル店舗とECコマース、つまりリアルとデジタルがシームレスにつながるECモールを提供するほか、ポイントと決済の両サービスを一括して行えるアプリもリリースしている。

  • 三井ショッピングパークのECモールにおける顧客体験

これらに加え、企業向けの健康経営支援アプリや、他所に住む家族と一緒にバーチャルモデルルームを見学できる三井ホームの「メタバース接客」といった取り組みも紹介された。

場所にとらわれない働き方を推進、クラウド化率は94%に

EXの向上に向けた働き方改革については、まずABW(Activity Based Working)、つまり場所にとらわれないアクティブなワークスタイルへの改革推進が重要であると古田氏は言う。そのために三井不動産では、2014年の時点で全社のPCをモバイル化し、オフィス内のWi-Fiを整備。2017年からは、同社が手掛けているサテライトオフィス事業「ワークスタイリング」を自らもフル活用し、生産性を高めてきた。そして2019年には新たな基幹システムを稼働し、稟議書、受発注、伝票などについて完全ペーパーレス化、印鑑レス化を実現した。ビデオ会議システムのTeamsもコロナ禍以前から導入していたそうだ。

  • ABWのイメージ図

2020年3月の新本社統合移転時には、カメラ付きスピーカーやワイヤレスモニターを標準装備したハイブリッド会議室を整備した。翌4月に緊急事態宣言が出されたときには、最初の2カ月で全社員の9割の在宅勤務が実現したという。そして2022年以降は「新働き方ガイドライン」として、出社、ワークスタイリング、在宅などを柔軟に組み合わせて働くことを推奨している。

BPR(Business Process Re-engineering)については、ERPシステムをクラウド化し、決裁ワークフローと会計、経費精算などをまとめて改革する新決裁会計システムを導入することで実現した。フルクラウド化したことで、全ての処理をスマホで行えるようになり、受発注や会計業務にかかる負担を従来の35%削減できたという。印鑑レス、ペーパーレスになったことはABWにも大きく貢献していると古田氏は胸を張る。その他の各事業システムについても刷新とクラウド化を実施しており、2021年の時点で94%のクラウド率を達成しているそうだ。

全事業でDXを推進するために整備した組織体制

DXに取り組むにあたり、同社では全事業においてDXを進める「全社DX体制」を敷いた。同体制においてまず重要なのが「トップのコミットメントによってグループ全体でDXを推進すること」だと古田氏は語る。一部の新規事業だけでなく全事業で本業としてDXに取り組むことを重視する一方で、既存事業の枠を超えた斬新な発想も必要になるため、新規事業の“出島”となる部門も用意し、その両方をDX本部が支援するかたちだ。さらにオープンイノベーションやGX(Green Transformation)を推進する組織も整備し、D&I(Diversity & Inclusion)やDX人材については人事部と協力する体制となっている。

全社DX体制を支える2種類のDX人材

DX人材について、同社では「DXエキスパート人材」と「DXビジネス人材」の2種類に分けて考えている。

DXエキスパート人材は基本的に外部から集められており、その中心となる開発、WEB、セキュリティなどの技術職は全てキャリア採用だという。

これに対し、DXビジネス人材は全社から発掘・育成を行っている。その方法の一つが、2018年に創設した「MAG!C(マジック)」という事業提案制度だ。グループ主要12社から応募ができ、合格者はビジネスイノベーション推進部に異動し、社外メンター塾を経て、経営会議での事業化審査に臨むという仕組みになっている。過去3年間の実績では、300件の応募のうち約5%が審査を通過し、事業化に向けて進んでいるという。