製造・小売・物流などさまざまな分野でデジタル化が進む昨今、金融の分野にもその波は押し寄せている。業務のデジタル化、さらにはビジネスモデルの変革を進める動きが、世界各国の中央銀行でも見られるという。
日本銀行 金融研究所で所長を務める副島豊氏が、1月20日に開催された「TECH+ セミナー 金融DX Day 2023 Jan. DX推進から金融業界を変革する」に登壇。「中銀DXのグローバルトレンド」と題し、講演を行った。
「銀行は銀行でなくなる」ことが現実化
インターネットを含むITインフラがさまざまな業界を変えているが、金融業界も例外ではない。「銀行機能は必要だが、銀行は消えてなくなる」――ビル・ゲイツ氏がそう述べたのは1994年のことだ。当時は違和感があった言葉かもしれないが、少しずつ人々の意識は変わりつつある。
副島氏自身も、2017年に地方で開催された銀行APIのセミナーで「銀行は銀行でなくなる」と述べたことがあると言うが、当時はあまり聴衆に刺さった感じは得られなかったと振り返る。しかし現在では違和感なく受け止める人が増えているだろうとした。
「銀行業法により銀行ができること・できないことは明確にあります。しかし、金融ビジネスの在り様が急速に変化しており、銀行業務の範囲は拡大しつつあります」(副島氏)
バンキング・アズ・ア・サービス(BaaS:Banking as a Service)やエンベデッド・ファイナンス(Embedded Finance)はその一例だが、「中央銀行にも同じことが言える」と副島氏。日本銀行の黒田東彦総裁が2021年春のFinTechイベントのスピーチで「セントラルバンキング・アズ・ア・サービス(Central Banking as a Service)」という言葉を挙げ、中央銀行でも変化が起こっており、「中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)」は、セントラルバンキング・アズ・ア・サービスの一例であると述べたことを紹介した。
世界の中央銀行のDXは?
このように、銀行、中央銀行もDXとは無縁ではない。副島氏はここで改めて、「なぜDXをやるのか」という疑問を聴講者に投げかけ、DXを進めるためには、「どのように(How)の前に、なぜ(Why)に立ち返るべき」だと強調した。
DXを進める理由は、コスト削減、業務の効率化だけではないというのが副島氏の考えだ。
「コスト削減には限界があります。重要なのは、バリューのある金融サービスをどう産み出し、収益や経済成長に繋がっていく新事業をどうやって創造していくかなのです」(副島氏)
だが、その実現に向けて「経営戦略とシステム戦略をどうやって繋いでいくのか」という課題があると同氏は言う。これを解消するには、リスキリング教育などを通じて、「現場や経営層がITを学ぶ」「IT部門が現場や経営について学ぶ」「その両方を混ぜるような開発スタイルを取り入れる」といったアプローチが考えられるとした。
では、世界の中央銀行はどのような取り組みを進めているのだろうか。
副島氏によると、世界の中央銀行も日本の中央銀行と同様の課題を抱えており、解消に向けて内部にラボやイノベーションセンターを設置したり、外部人材を起用したりするところが増えているという。国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)でも、2019年にアグスティン・カルステンス(Agustin Carstens)氏が総支配人就任後に打ち出した中期経営計画の下で、Innovation Hub(IH)を世界各地に設置するイニシアティブを開始した。BISと各地の中銀は、香港、シンガポール、スイスなど世界各地にIHセンターを設立。その目的は、中銀業務に影響するテクノロジー発展の流れを追い、得られた洞察を中銀の間で共有したり、金融システム改善に役立つ公共財を開発したりすることだと副島氏は説明する。さらにネットワークや情報交換の場という位置付けもあるそうだ。