量子イノベーションイニシアチブ協議会(QII)は11月21日、オンラインで「QIIシンポジウム2022-産業化に向けた量子コンピューターの今を知る-」を開催した。QIIは2020年7月に設立し、東京大学を拠点に学生や教職員、産業界の研究者にセミナーやワークショップ、イベントへの参加を促し、日本における新しい量子ビジネスの機会を促進するために連携している。
QII協議会へは慶應義塾大学や日本IBM、東芝、日立製作所、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、JSR、DIC、トヨタ自動車、三菱ケミカルなどが参画している。
世界が驚くような成果を日本で
はじめに、量子イノベーションイニシアチブ協議会 会長/みずほフィナンシャルグループ 特別顧問の佐藤康博氏は「量子コンピュータの活用で、さまざまなイノベーションが連鎖的に発生し、人類の進歩の足どりが大きく様変わる可能性が高まっている」との認識を示した。
また、同氏は量子コンピュータの社会実装にはハードウェア、ソフトウェアともに克服しなければならない課題は多くあるが、いつかはその壁を突破して夢を現実のものにするとも語っている。
日本としても世界の研究開発の進展に遅れないように、内閣府では「量子技術イノベーション戦略」や「量子未来社会ビジョン」を策定し、効率的・効果的な研究開発に取り組んでいる。QIIでは量子コンピュータ利活用の拠点に選定されており、国の量子戦略における重要な役割を担っているという。
ただ、一方で佐藤氏は新型コロナウイルスに続く次期パンデミックの対応、地球温暖化に伴う気候変動の抑制、ウクライナ情勢をはじめ地政学的な変化による経済安全保障の高まりなど、日本が直面する課題は社会の持続可能性を脅かす重要なものが山積していると指摘。
同氏は「技術力でイニシアティブを握り、量子技術で日本が世界をリードできるような存在となることが重要だ。QIIでは、量子コンピュータの社会実装を世界に先駆けて実現することを目指しており、これには産学官で情報を密にしながら、効率的で機動的な協力関係を構築することが不可欠だ」と力を込める。
そのため、分野を超えた交流・協業で活動の場を広げ、量子技術に関する広範囲な知見を結集して技術力を高めるとともに、関連する人材を育成することで世界に先駆けて量子技術がもたらす新しい可能性が期待できる。量子技術の分野で世界が驚くような成果が日本から発信されればと考えている」と展望を語っていた。
QIIの役割
続いて、QII プロジェクトリーダー/東京大学 理事・副学長の相原博昭氏が登壇し、QIIについて説明した。
同氏は、QIIについて「量子ソフトウェアやアプリケーション、ハードウェア、基礎科学技術の開発を目指す学術機関や企業などが参画しており、量子コンピュータを提供する日本IBMとの間に入り、利用と開発の間を取り持ち、利活用を促進することが目的だ」と述べた。
QQIの設立に先立つ2019年に、東大と米IBMでは量子コンピューティングの技術革新・実用化に向けたパートナーシップ構築を推進するための覚書を締結しており、他大学や公的研究機関、産業界が幅広く参加できる幅広いパートナーシップの枠組みである「Japan-IBM Quantum Partnership」を設立。
このパートナーシップにより、Falcon Processorを搭載した世界初の商用量子コンピュータ(27-qubit)である「IBM Q System One」を、かわさき産業創造センターに設置し、占有権を持つ東大が産業界などと利用。
また、東京大学・本郷キャンパスにはQIIのメンバーを中心に共同研究者が集う産学連携研究センターとして「Collaboration Center」を設けているほか、同・浅野キャンパスに5-qubitの量子コンピュータと関連設備を備えた「Quantum Hardware Test Center」では周辺デバイスなどに関して産学共同研究を進めている。
相原氏は「QIIで何よりも重要なことは、社会実装するために量子技術の利活用に取り組むことだ。そのため『Market in(ユーザーありき)』と『Use case oriented(社会実装)』の2つをコンセプトに据えている」と話した。
まずは、量子コンピュータとAIの融合
一方、今年6月にIBMではIBM Q System Oneについて量子ボリューム(QV:Quantum Volume)を従来の32から128に性能向上しており、同社の開発ロードマップとともにQIIでもソフトウェア、アプリケーション開発が進んでいるという。
同氏は「ハードウェアの開発とともに、どのようなアドバンテージがあるのか、アプリケーション開発のロードマップ作成に取り組んでいる。具体的には量子コンピュータとAIの融合を挙げられる」と明かした。
相原氏によると、ビッグデータが社会・産業・科学を推進する時代への移行が急ピッチで進んでおり、そのためには次世代コンピューティング技術としての、量子コンピュータの実用化・社会応用の実現も急務だという。
相原氏は「高度なAIを構築するには非常に大きなデータ、強力なCPUが必要になるため、従来のコンピュータでは大規模なエネルギーが必要だが、量子コンピュータで解決する」と説く。
ビッグデータに対応した量子AIの実現に向けて3本柱で研究開発
ただ、ビッグデータに対応した量子AIを実現するには、量子ビット技術、ハードウェア制御技術、量子ソフトウェア、量子アルゴリズムと、量子コンピュータの各階層技術と階層間の連携の高度化・最適化がカギを握る。
そこで、QIIでは量子・古典のハイブリッドによる最先端の機械学習アルゴリズムを有した「量子アルゴリズム」、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum device)回路の制約を超えるソフトウェアの回路設計を軸にした「量子ソフトウェア」、アプリケーションに適した回路設計とハードウェア制御技術の「量子ソフトウェア・ハードウェア制御技術」の3本柱で研究を進めている。
ここで言及されているNISQとは、今後数年~数十年以内にノイズも含めて、エラー訂正機能を持たない、量子ビット数が数十~数百程度のが小中規模の量子コンピュータのことだ。
NISQの実機ではエミュレータで出現しないようなエラーや不可解な計算結果が出ることから、従来のコンピュータ上のAIとのハイブリッドが有効であり、この知見は将来的にも有効なため、エラー訂正機能を待つのではなく、NISQでも活用できるところから使ってみる方向性が重要だという。
最後に相原氏は「QIIを設立し、IBM Q System Oneが日本に上陸してから2~3年経過するが、量子技術を使うフェーズに一気に突入した。言葉を言い換えれば“量子のビッグバン”が始まりつつある。ハードウェア、アプリケーションともに大きく発展していると感じている」と述べていた。