機械学習のスキルを身に付けるための講座などを手掛けるスキルアップAIはこのほど、東京都内のホテルで同社初となるプライベートカンファレンスを開催した。主に同社のクライアント企業などが参加した同イベントに、メディアとして参加する機会をいただいたので、その講演をピックアップして紹介しよう。

AIを導入する前に「意思決定プロセスの明確化」から始めよ

基調講演に登壇したのは、滋賀大学データサイエンス学部の教授である河本薫氏だ。同氏はデータ分析やAI(Artificial Intelligence:人工知能)によってビジネス課題を解決する際によくある失敗例と、その解決案について紹介した。

2010年代に大きな期待と共に語られたAIブームが少し落ち着きを見せ、現在では「データ分析やAIはあくまで目的ではなく手段であり、ビジネス課題の解決には直結しない」という認識は、多くのビジネスパーソンの間で共通の見方となっているだろう。では、AIを上手に活用してビジネス課題を解決するためには、AIとビジネスの間にある何を意識すれば良いのだろうか。

  • 滋賀大学データサイエンス学部教授 兼 データサイエンス教育研究センター副センター長 河本薫氏

    滋賀大学データサイエンス学部教授 兼 データサイエンス教育研究センター副センター長 河本薫氏

河本氏は、行動経済学者であるDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)氏の「組織とは、意思決定を生産する工場である」という言葉がそのヒントになると紹介した。大小はさまざまだが、多くの企業や組織では日々何らかの意思決定を積み重ね、製品の製造や品質向上、サービスの提供を行っているはずだ。反対に、無駄なコストの増加や顧客満足度の低下は意思決定の失敗とも言い換えられる。

  • 企業は意思決定の工場であると見なせるという

    企業は意思決定の工場であると見なせるという

これにより、AIを用いたビジネス課題の解決に際して「勘と経験に頼る意思決定の生産方法(意思決定プロセス)を、データやAIも用いたより合理的な意思決定プロセスに改める」ことを意識できるようになる。そして、ビジネスにAIを活用する具体的な第一歩は、データドリブンな意思決定プロセスの設計だという。

極端な例となるが、工場で職人が思い思いの手順で勘と経験に頼りながら製品を製造している場合には、産業ロボットの導入が難しい。そのような工場では、まずは作業プロセスを小分けに明確化して、産業ロボットで置き換えられる作業を明らかにする必要がある。

これと同様で、AIを導入する場合にも意思決定プロセスを小分けに明確化して、AIを導入できる作業を考える必要があるのだ。むしろ、データドリブンな意思決定プロセスを適切に設計できれば、その実現に何が必要なのかが明らかになる。ビジネス課題を意思決定プロセスの課題まで細分化し、具体化するべきだと河本氏は語っていた。

  • まずは意思決定プロセスの明確化が重要となる

    まずは意思決定プロセスの明確化が重要となる

さらに、河本氏はデータドリブンな企業になるために必要な4つの意欲として「ビジネス担当者自身がデータ分析する意欲」「課題を探求する意欲」「従来の発想(意思決定のやり方)を超える意欲」「トップ・ミドル層がデータ活用推進役を担う意欲」を紹介した。つまり、データドリブンな組織作りは他人事ではなし得ないとのことだ。

  • ビジネス課題を細分化する例

    ビジネス課題を細分化する例

AIは作るよりもむしろ使える人材になれ

続いてステージに登場したダイハツ工業(以下、ダイハツ)の太古無限氏は、同社におけるデジタル人材育成の考え方と進め方について、具体的な取り組みも交えながら紹介した。

同氏が所属するデータサイエンスグループでは、2025年までのビジョンとして「データとAIの民主化」を掲げて活動している。社内の誰もがAIを補助役として、Excelのように使いこなせる状態を目指しているという。人事やICT関連部署などとも連携しながら、小さなチームを組織して短期間で課題解決に向かう体制を構築しているそうだ。

  • ダイハツ DX推進室データサイエンスグループ(兼)東京LABO データサイエンスグループ グループ長 太古無限氏

    ダイハツ DX推進室データサイエンスグループ(兼)東京LABO データサイエンスグループ グループ長 太古無限氏

AIに対する期待は2018年ごろにピークを迎えた。しかし現在では「ハイプ・サイクル(テクノロジーへの期待が時間の経過とともにどのように進化するかを視覚的に示した図)」が示す幻滅期を超えて啓発期へと移行している。

以前であればAIを使うこと自体が目的であり、PoC(Proof of Concept:概念実証)の件数が指標となっていた。しかし現在では、AIの導入による売り上げ貢献額やコスト削減額など、AIがビジネスにもたらすROI(Return On Investment:投資利益率)が重要な指標となっている。ここで求められるのはAIを開発する能力よりも、むしろAIの導入を企画して運用できる能力だ。

  • AI活用に求められる能力

    AI活用に求められる能力 提供:ダイハツ

こうした流れの中で、ダイハツのAI人材研修の構想は2019年に開始したそうだ。当時から、Pythonなどのプログラミング言語を記述する能力ではなく、ノーコード・ローコードツールを活用できる人材の育成を全社的に展開する方針を固めている。

2020年12月には、AI人材研修を開始している。AIを利活用するスキルレベルを「TOP人材」「中核人材」「素養人材」と定義し、AIを使うことを目的とするのではなく、ビジネスインパクトを創出できる人材の育成に注力したという。ダイハツでは、AIの活用推進の鍵となる中核人材を2025年までに200人育成する目標を掲げている。

  • ダイハツのAI研修の概要

    ダイハツのAI研修の概要 提供:ダイハツ

AI人材研修の初期段階では、AIの概要やAIが可能な作業など最低限のAIリテラシーを、スタッフ職全員がAutoML(機械学習を自動化するツール)などを活用しながら学んだ。その後、希望者を中心にAIを体験できる研修やデータの活用方法について学ぶ研修などを段階的に実施したという。

終盤には「AI道場」として、実際のビジネス課題を受講者が持ち寄ってAutoMLツールを用いながら短期間でPoC(Proof of Concept:概念実証)やビジネス実装を目指す、オンラインの講座も実施した。

  • AI研修の注意点

    AI研修の注意点 提供:ダイハツ

さらに学びを継続したい社員向けには、日本ディープラーニング協会が実施するG(ジェネラリスト)検定やE(エンジニア)資格の取得を奨励している。特にG検定はディープラーニングを事業に生かすための知識を有しているかを確認する試験であり、同社ではこれまでに100人ほどの合格者を輩出しているそうだ。また、ディープラーニングを実装するための技能を確認するE資格についても10名ほどが取得したという。

  • 資格なども人材育成に活用しているという

    資格なども人材育成に活用しているという 提供:ダイハツ

太古氏は「データ活用やAIを民主化したいという目標を掲げて活動する中で、社内になかなか理解してもらえない取り組みもある。それでも、パーパスドリブンとして周囲の人を巻き込みながら、特別なことをするのではなく、粘り強く取り組めばいつか理解してもらえるだろう」と同社の例から見えてきた感想を述べていた。