日本ディープラーニング協会(以下、JDLA)はこのほど、東京都内にて、同協会が実施するG検定およびE資格の合格者が一堂に会する交流イベント「合格者の会 2022」を開催した。

G(ジェネラリスト)検定は、ディープラーニングの基礎的な知識を有し、ビジネスにおいて適切な活用方針を決定してAI(Artificial Intelligence:人工知能)を活用できる知識を持つかを検定する。一方のE(エンジニア)資格は、ディープラーニングの理論を理解して適切な手法で実装するための能力や知識を持つかを認定するものだ。

本稿では同イベントで行われた、JDLAの賛助会員であるトーマツによる「AIガバナンス」に関する講演と、ベイカレント・コンサルティングによる「ディープラーニングがもたらす脱炭素社会」に関する講演をお届けする。

AIが抱えるリスクの種類と、その対策方法

自動運転や自動翻訳など、AIが私たちの生活にもたらす恩恵は計りしれない。AIに関する市場も年々成長しており、今後ますますAIが活躍する場面は増加するだろう。

しかしその一方で、自動運転車にはねられたことで歩行者が死亡した事故や、画像認識AIが人種差別的な認識を示し物議を醸した例など、AIを利用したがために発生し得る課題も顕在化している。

  • AIにより顕在化する問題と社会の動き

    AIにより顕在化する問題と社会の動き

このような状況に対して、各国の政府や企業による規制の動きが活発化しており、世論や各企業でのAIリスクに対する意識が高まっているのだという。企業としては、AIを利活用する効果を最大化しつつ、AIによるリスクをいかに低減するのかが重要な問題だ。ここでカギとなるのがAIガバナンスである。

AIが持つリスクは「公平性」「安全性/頑健性」「責任の所在/透明性」「プライバシー」の4つに大別される。

公平性のリスクとは、言い換えれば、AIが人間社会の偏りを学習して表現するリスクだ。AIとは既存の大量のデータに基づいて学習する技術であり、人間社会にある人種や性別などに起因する不平等を反映する可能性がある。

講演を行ったトーマツの山本優樹氏は「これはAIだけの問題ではなく、現代の社会そのものが抱える問題でもある」と指摘した。

  • トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス シニアマネジャー 山本優樹氏

    トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 デロイトアナリティクス シニアマネジャー 山本優樹氏

安全性・頑健性のリスクは、AIの性能に起因する。交通規則を無視して道路を横断する人を自動運転車が認識できないために発生する事故や、道路標識にシールを貼ることでAIに誤認識を起こさせるような例が挙げられる。

諸外国と比較してサプライチェーンが長い日本においては、責任の所在や透明性もリスクとなる。AIの開発者とサービスを提供する会社が分かれている場合には責任の所在が不明確になりやすく、特に注意が必要だ。

プライバシーの問題として、個人の知られたくない情報を侵害するリスクがある。プライバシーに関わる課題は世論の変化や法規制などにも左右されるため、現在は問題ないサービスであっても、将来的に提供を停止しなければならない場面も想定される。

  • AIによるリスクの大まかな分類

    AIが抱えるリスクの大まかな分類

上記のようにさまざまなリスクを持つAIなのだが、幅広い領域に適用可能であるため、あらゆる場面を想定して規制するのが難しい。そのため、現状の世界的な動向としては、国際的におおむね合意を得られている抽象的なAI原則を作成し、これに対して各国や各企業がガイドラインなどを定めることで対応している。

  • AI原則への対応は不可欠だ

    AI原則への対応は不可欠だ

山本氏が紹介した、AIガバナンスを実施するためのポイントは3つ。1つ目として、社会や政府の動きを適切に把握して、これを踏まえて企業が重視すべきリスクを明確化すべきだという。

2つ目は、変化が激しい規制に柔軟に対応してAIガバナンスを実施可能な体制を構築することだ。プロセスの策定や人材育成なども含めて、効率的にAIガバナンスを実施するための仕組みが不可欠だとしている。

3つ目はAIサービスごとのリスクを識別して、対外発信することだという。AIサービスは多岐にわたるため、その目的も多様だ。自社が提供するサービスごとに重視すべき視点を定めて、社会からの信頼を得るための対外的な発信が必要とのこと。

  • AIガバナンス実施のための3ポイント

    AIガバナンス実施のための3ポイント

山本氏は「まずはAIガバナンスという言葉を知ってほしい。そして、AIによるリスクを理解しながらAIを利活用して社会で活躍してほしい」と参加者にエールを送って、ステージを降りた。

第3次AIブームは新たな潮流へと進化中

続いてステージに現れたのは、ベイカレント・コンサルティングの小峰弘雅氏だ。同氏は私たちがディープラーニングを学び続ける意義について、カーボンニュートラル(脱炭素)の観点から解説した。

  • ベイカレント・コンサルティング デジタル・イノベーション・ラボ チーフデータサイエンティスト 小峰弘雅氏

    ベイカレント・コンサルティング デジタル・イノベーション・ラボ チーフデータサイエンティスト 小峰弘雅氏

2012年のAlex-netの登場に端を発する第3次AIブームだが、小峰氏は「ブームが始まってすでに10年が経過しており、おそらく現在は新たな潮流へと進化を遂げている」と説明した。それこそが、AIを活用したカーボンニュートラルなのだという。

菅元首相は2020年10月26日の所信表明演説の中で「我が国は2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラルの実現を目指す」ことを発表した。これをきっかけにして、カーボンニュートラルへの注目が集まっている。Googleトレンドによる検索ボリュームの指標を見ても明らかだ。

  • Googleトレンドによる「カーボンニュートラル」の検索数指数

    Googleトレンドによる「カーボンニュートラル」の検索数指数

現在、世界中で多くの企業がカーボンニュートラルを実現するためのハード技術開発を進めている。走行時に温室効果ガスを排出しないZEV(Zero Emission Vehicle)や、二酸化炭素の排出を抑えた水素還元製鉄などがその一例だ。しかしこれらのハード技術の多くは開発段階にあり、当面の社会実装はまだ困難だろう。

そのため、「ハード技術に加えて、AIやディープラーニングをすることがカーボンニュートラルを実現するための駆動力になるだろう」というのが小峰氏の説だ。

同氏は、ディープラーニングを用いたカーボンニュートラル実現に向けた2社の取り組みを紹介した。

1つ目はGoogleだ。同社が保有する巨大なデータセンターでは、当然ながら多量の電気を消費するので二酸化炭素排出は避けられない。そこで、センター内に数1000個ものセンサーを設置して、各設備の温度や消費電力、ポンプの速度などのデータを蓄積し、設備の稼働状況や気候などに応じて冷却設備の設定を最適化したとのことだ。

同社はここでディープラーニングを活用し、消費電力を最大40%削減している。さらに同社では、この技術を自社だけで使うのは世界のためにはならないとして、ほかの多くのデータセンターでも導入できるように開発者らが独立したという。同技術はシリコンバレーを中心に導入が進み、日本でも一部導入された例があるそうだ。

  • カーボンニュートラルのためにディープラーニングを活用した例(Google)

    カーボンニュートラルのためにディープラーニングを活用した例(Google)

2つ目の例はソフトバンクグループのSBエナジー。メガソーラーと蓄電池システムを保有する同社は、電力価格が安い時に蓄電して価格が上昇した時に販売するために、電気卸売価格を予測するモデルの実証に取り組んでいるという。こちらの例は結果が待たれる。

  • カーボンニュートラルのためにディープラーニングを活用した例(SBエナジー)

    カーボンニュートラルのためにディープラーニングを活用した例(SBエナジー)

小峰氏はG検定の合格者に向けて、「G検定を合格した後、Pythonや応用数学が苦手なために勉強を止めてしまう人が多いはず。しかし、これらの知識はディープラーニングを実装するために必須であり、これまで述べたように、将来的には地球環境や人類の存続のために必要となる知識でもある。ぜひ学び続けてほしい」と激励のメッセージを送った。

  • G検定合格後の道すじ

    G検定合格後の道すじ