アドビは8月2日から8月4日にかけて、「未来をつくる教育のDX」がテーマのオンラインイベント「Adobe Education Forum 2022」を開催した。本記事ではその中から、2日目の基調講演の内容を紹介する。

2日目の基調講演は「小中高校の情報教育 ~情報技術活用による新価値創造~」と題し、京都精華大学メディア表現学部の鹿野利春教授が講演を行った。

  • 講演者の鹿野利春氏

    講演者の鹿野利春氏

鹿野氏は石川県の高校で理科や情報科の教員を務めた後、教育委員会を経て文部科学省の教科調査官を2015年4月から任官し、2021年4月から現職にあるという。

教科調査官時代には現在の学習指導要領改訂を担当し、情報I、情報II、専門教科情報科のリニューアルを行うとともに、GIGAスクール構想、小学校からのプログラミング、情報活用能力などにも携わったという。

さらに2022年7月にはデジタル人材共創連盟の代表理事に就任し、中学・高校のデジタル活動の支援やデジタル関連の大会のプログラムやレギュレーションの作成、教員研修、授業支援を担っている。

Society 5.0で求められる課題解決と価値創造能力

鹿野氏はまず、なぜ新しい価値創造が必要なのかを説く。

狩猟社会であったSociety 1.0、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)、現代(5.0)というように、社会の変化につれて必要な資質や能力は変化する。

現代のSociety 5.0を構成する特徴的な技術として、鹿野氏は人工知能(AI)やロボティクスを挙げる。

  • Society 5.0を構成する技術

    Society 5.0を構成する技術

これらにより業務が自動化されるため、従来のルーチンワークや定型業務には人手が不要になり、これらの業務に就いていた人たちの仕事が無くなると、鹿野氏は指摘する。

そんな社会でも残る仕事は何か。鹿野氏は、課題解決と価値創造だという。

「イマジネーションやクリエイティビティを存分に発揮して、課題を解決して価値創造できる人間が必要だと、経団連も言っています」(鹿野氏)

  • 自動化した社会でも残る仕事

    自動化した社会でも残る仕事

「Society 4.0までは、答えのある世界」と振り返る鹿野氏は、Society 5.0は答えの無い世界だと指摘する。

「問題の発見・解決という力が必要で、創造性・多様性・協働・持続可能性、こういうさまざまな能力が必要だと言われています」(鹿野氏)

  • これからの社会と教育のあり方

    これからの社会と教育のあり方

さらに5.0の先であるSociety Xは、複数の答えを調整する世界だろうと言われているという。

「ウェルビーイングとは、このあたりの人間の生き方ということかもしれません」(鹿野氏)

プログラミング教育の必修化は情報活用能力重視の一環

では、課題解決と価値創造のためには何が必要なのだろうか。その取り組みの1つとして、鹿野氏は学習指導要領に触れる。

学習指導要領とは、小学校・中学校・高校で使われる教科書や授業のために国が定める指針であり、10年に一度改訂される。

最新の改訂では、予測できない変化を前向きに受け止め、主体的に向き合い、自らの可能性を発揮し、より良い社会と幸福な人生の作り手となるための力を子供たちに育む学校教育の実現を目指すことを背景としている。

「これは、新たな価値を作る、そのための創造力を身に付けていきましょうということです」(鹿野氏)

  • 今後の学習で育成すべき資質・能力

    今後の学習で育成すべき資質・能力

従来型の社会では、知識と技能を身に付け、仕事に習熟することが求められていた。しかしこれからは、知っていることをどう使うか、知らないことをどう身に付けるかが必要であり、そのためには思考力・判断力・表現力が求められる。つまり、仕事を創造する力が求められると鹿野氏は指摘する。

新たに、育成すべき資質・能力の3つの柱として、知識・技能と思考力・判断力・表現力に加え、どのように社会・世界と関わり、より良い人生を送るか、という点が掲げられた。

言い換えれば、学びに向かう力や人間性であり、これが全ての教科・科目のベースにあるという。またこれは、単一の教科で身に付く物ではないため、カリキュラム・マネジメントという形で全ての教科で行っていくのだと、鹿野氏は説明する。

そのためには、主体的・対話的で深い学びが必要となり、児童・生徒の学び方も教師の教え方も変えていく必要があるとのことだ。

学校教育に関しては、小学校でのプログラミング教育の必修化が大きな話題になったことは、記憶に新しい。鹿野氏によると、より大きな動きとして、情報活用能力を全教科・科目で重視していくという方針があり、プログラミング教育はその一部だという。

  • 学校教育における情報活用能力の位置付け

    学校教育における情報活用能力の位置付け

その情報活用能力は、例えば小学校の学習指導要領では、「情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して」「新たな価値の創造に挑んでいく」と定義している。

そして、児童・生徒の発達段階に応じた学びとして内容を定めており、例えばプログラミングに関しては、小学校では教科の中で体験し、中学校では計測・制御やネットワーク・双方向、高校の情報Iでは問題解決のためのプログラミング、情報IIでは情報システムのプログラミングを学ぶことになっている。

同様に、統計に関連する学びや情報デザインについても、児童・生徒の発達段階に合わせた内容を定義している。

  • これからの社会と教育のあり方

    これからの社会と教育のあり方

令和型教育では個別最適と協働的な学びがカギに

こういった方針を受けて、学校教育はどのように変わっていくのだろうか。

鹿野氏によると、2020年の中教審(中央教育審議会)答申では、個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実し、授業改善につなげるとしている。個別最適と協働的は一見相反するようだが、これを往還させ主体的・深い学びにつなげ、児童・生徒の資質・能力を育成していこうとのことだ。

そのためには児童・生徒が自己調整しながら学習を進めると共に、教師は児童・生徒個々の特性・学習進度・学習到達度に応じて、重点的な指導・指導方法・教材の工夫をする必要があるという。

つまり、児童・生徒の学び方も教師の教え方も、従来とは大きく異なる形となっていく。学校への1人1台PCの導入は、このために必要だったのだと鹿野氏は指摘する。

これまでのように単に授業をするだけではなく、授業の後は振り返り、復習、探究、予習、そして次の授業というサイクルを意識する必要があるという。

このサイクルの中では、動画の視聴や外部の人との関わりも有効だと、鹿野氏は言う。 また、授業の価値は対話的な学びが行われることだとのことだ。

「こういう形を先生は、設計していかなきゃいけないと思います」(鹿野氏)

  • 次の授業までのサイクルを意識する必要性

    次の授業までのサイクルを意識する必要性

鹿野氏は、学びは家庭や授業、その他の場所でも行われるが、どこで何をどのように学ばせるか、学びをどう評価して指導につなげるか、児童・生徒が学びを深めるためのストーリーを作るのは、教員の仕事だと指摘する。

「授業設計ではなく学びの設計を、これからやっていく必要があります」(鹿野氏)

  • これからの社会と教育のあり方

    これからの社会と教育のあり方

1人1台PCの活用に関して、鹿野氏は学習クラウドの必要性を説く。

そこに児童・生徒がドキュメントやプログラムなどの学習成果を保存することで、教師が評価し進捗把握したり、外部人材がさまざまなアプローチをしたり、児童・生徒も意見交換や協働作業したりといったインタラクションが可能になる。そうした環境が今後は必要だとのことだ。

  • 1人1台PCの活用方法

    1人1台PCの活用方法

鹿野氏はまた、児童・生徒のアウトプットの自由度を高める必要性があるという。例えば、何かを説明するために文章のみではなく画像や動画を載せられたり、プログラミングであればソースコードだけではなくプロトタイプで実際の動作を見せられたりする環境を用意することだ。これにより想像力が刺激され、コミュニケーションも活性化すると、鹿野氏は指摘する。

鹿野氏は最後に、「新たな価値の創造が必要だと述べてきましたが、それを人に伝える時にはいろんな形が必要で、そのための環境を子供たちに与えることが必要です」と、自身の講演を結んだ。