内田洋行は6月2日、東京都江東区で自治体向けイベント「公共ICTフォーラム2022」を開催した。本稿では、足立区 政策経営部 ICT戦略推進担当課の長谷部泰人氏、蒲生悦子氏、オンライン申請システムの開発に携わった内田洋行の鮫島稀実氏、パートナー企業である新日本コンピュータマネジメントの丹羽和弘氏による講演「“DX元年”に動き出す足立区の新たな物語!『行かない・書かない・待たない』区役所が変革するこれからの暮らし」の模様を紹介しよう。
「距離」と「時間」の課題を解決する!足立区DX始動
初めに登壇したのは、足立区 政策経営部 ICT戦略推進担当課の係長を務める長谷部泰人氏だ。
長谷部氏は、「足立区って」というテーマで、同区の地域性や課題、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する必要性について語った。 同区の特徴として挙げられたのが、「生産年齢人口の多さ」だ。 生産年齢人口とは、生産活動に従事しうる年齢層の人口のことで、義務教育年限、平均寿命、社会保障制度などから、日本では15~64歳のことを指す。
同区の人口の年齢別の内訳は、0~14歳が11%、15~64歳が64%、65歳以上が25%という比率になっており、生産年齢人口が多いことがうかがえる。また、もう一つの特徴として挙げられていたのが「広さ」だ。 同区の面積は53.25平方キロメートルで、大田区と世田谷区に次いで東京23区内で3位の広さを誇る。
この2つの特徴から、長谷部氏は、区民が区役所で手続きを行うにあたり、「時間」と「距離」の問題が課題として存在すると説明した。 「時間」に関しては、生産年齢人口の多さから役所に行くために仕事を休まなければいけない人が多かったり、家事などの合間を縫って行ったとしても、時間帯によっては待ち時間がかなり長くなってしまったりということが課題として存在したという。
また「距離」に関しては、その広さから、住んでいる場所によっては役所に行くのにも、バスや電車を乗り継いでひと苦労という住民が多かったという。 16カ所の区民事務所はあるものの本庁舎でしか行えない手続きも多数あるため、本庁舎の近隣以外の住民は、徒歩や公共交通機関等を使い時間をかけて本庁舎に赴く必要があったそうだ。
以上の2つの区民の抱える課題を解決するには、「『いつでもどこでも』繋がる行政が必要」だと結論付けられたのが、足立区がDX推進を始めたきっかけになった。
「あだとら」とは
続いて登壇したのは、同課の蒲生悦子氏だ。同氏は、足立区のDX推進プロジェクトの内容、結果について説明した。
足立区が現在行っているDX推進プロジェクトは、「足立区デジタルトランスフォーメーション」の文字を取り、「あだとら」という名称が付けられている。加えて、親しみが増すように、名前にちなんで「虎」をイメージしたマスコットキャラクターも設けている。
そして区民だけでなく、職員にも「あだとら」に興味を持ってもらうために、「楽しむマインドを庁内に伝染」という言葉をキーワードとして、職員の掲示板に「あだとら」というマスコットキャラクターを紹介する動画を掲載するといった周知活動を行い、職員からの理解を得たという。 そして、そんな「あだとら」から遷移したシステムとして、蒲生氏は「オンライン申請システム」を紹介した。
このオンライン申請システムとは、先に挙げた「『いつでもどこでも』つながる行政が必要」」という課題を解決するために発足したシステムで、本来区役所に赴いて行わなくてはならない手続きをオンライン上で完結させるというものだ。同システムは「行政のシステム」という堅いイメージを払拭するよう、どんな世代からも、見やすい、使いやすい、万人受けするデザインを採用し、利用されることで成長するシステムを実現している。
他にもPCだけでなく、タブレットやスマートフォンからでも自由に申請が行えるようなレスポンシブデザインによりモバイルファーストに対応していたり、キーワード検索やタグ検索機能に加えてチャットボットを用いた申請検索を搭載し、利用者にさまざまな検索チャネルを提供したりするなど、住民の気持ちに寄り添ったシステムとなっている。
2021年11月18日から先行で行った保育入所申請の仮稼働では、100以上の複雑な条件や質問項目をオンライン上でスムーズに行えることで、大きな反響を呼んだ。毎年、保育所の入所申請の最終日は、窓口に人が殺到するが、今回はオンライン申請の方法も加わったため、深刻な混雑は起きなかったという。やはり、閉庁後の20時~23時に家事のひと段落を終えた時間帯の申請が多かったという。
これを皮切りに、2022年4月1日の本格始動したオンライン申請の数は、4月26日の段階で1000件、5月18日の段階で2000件、そして25日で3000件を突破するほど、順調に利用者数を伸ばしているという。コロナワクチン4回目接種券の発行申請も加わったことで、6月末時点で申請数は1万件を超えた。
このようなオンライン申請が増加した背景には、地道な区民への広報活動があるという。 区民への周知は、広報誌やSNSを使用して行っているといい、特にTwitterの使用法にはこだわりが見られる。 Twitterでは、あだとら単体の広報を行うのではなく、各手続きで「今回からはオンライン申請も可能です」という文言を付け加えてもらうことで、その周知を広めたという。特にがん検診・歯科健診はその効果もあり、1000件近いオンライン申請があったそうだ。
同システムの普及により申請期限間近の駆け込みが減っているというデータも出ているそうで、足立区は「会社を休んだり、子どもを預けたりしないと手続きに行けなかった『潜在的ニーズを抱える層』にアプローチできた」との見解を示している。 蒲生氏は「自分自身、このプロジェクトのメンバーに入った時は申請のオンライン化に懐疑的でした。だからこそオンライン化に抵抗がある方たちの気持ちに寄り添っていきたい」と熱く語っていた。
また、蒲生氏のあとに再び登壇した長谷部氏は、今後の足立区の展望について「オンライン申請システムの機能拡充と搭載手続きの増加」「RPA導入によるオンライン申請データの有効活用」「オールインワン型キャッシュレス決済端末の導入」「書かない窓口の実現に向けた検証と運用設計」という4つの施策を紹介した。長谷部氏は区民の利便性向上に加え、区役所で働く職員自身も負担が軽減されるような仕組みを、「庁内DX」を通じて実現していきたいとの意気込みを語っていた。
講演の後半には、今回足立区で開始されたオンライン申請システムの開発を行った内田洋行のガバメント推進事業部の鮫島稀実氏による、利用者が迷わないユーザーインタフェースのデザインに関する解説が行われた。同システムは、質問の回答によって設問が自動的に切り替わり、あらかじめ登録された候補が表示されるなど、申請内容に応じて必要な添付書類をガイダンスしていくため、書類の提出漏れを防ぐデザインになっているという。
その後、新日本コンピュータマネジメントの丹羽和弘氏が登壇し、職員側のシステムの特徴、基本的な機能について紹介を行った。講演に参加していたさまざまな地域の自治体職員から「あだとら」やオンライン申請システムについての質問が挙がり、自治体の間で進むDXに対する注目の高まりが感じられた。
今回の足立区のオンライン申請システムの導入卯を成功に導くため、担当の職員たちをどのように引っ張っていったのだろうか。足立区政策経営部 ICT戦略推進担当課 担当課長 高橋皇介氏は、次のようにコメントを寄せてくれた。
「『誰よりも自分がICTを楽しむ」、これが私のモットーです。デジタル技術やICT、DXといった言葉に、堅苦しさを覚える職員は少なくありません。だからこそ、これらが『便利なこと』以前に『楽しいこと』というイメージを植え付けることが自治体DXにおいては大切な要素です。子どもの頃は、楽しそうに遊んでいる子らを見かけたら誰しもが交ざろうとしたのではないでしょうか。それと同じです。私自身が誰よりもICTを楽しむことで、それが課に伝わって仲間が増え、やがてそのマインドは庁内全体に広がり文化となるはずです。こうした地盤を整えることなくして、自治体DXは成功しません。これからもICT戦略推進担当課が起爆剤となり「あだとら」を推進します」