春は陽気な行楽シーズンであるが、実は山火事が起きやすい時期でもある。落ち葉が積もって燃えやすい状態であることや、強風、乾燥などの自然条件が重なること、農作業の枯草焼きなどが山林に飛び火することなどが原因となっている。

世界各地でも山火事はたびたび起こっており、ニュースを見たという人も多いだろう。森林が燃え広がることは、二酸化炭素の大量放出や大気汚染、野生動物の焼死、生態系の変化など、地球環境への影響は計り知れないのは言うまでもない。

今回は、そんな地球環境に直結する森林火災についての研究を紹介しよう。

名古屋大学宇宙地球環境研究所、東京大学大学院理学系研究科、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所らの研究グループは、気象庁気象研究所・国立極地研究所との共同研究で、春季の北極大気中の黒色炭素エアロゾル(Black carbon:BC)※1濃度の年変動が、中緯度の森林火災の発生規模の年変動の影響を強く受けいていることを新たに解明した。

詳細は科学ジャーナル「Atmospheric Chemistry and Physics」誌に掲載されている。

北極域の地表付近の年平均気温の上昇は、地球全体平均の約2倍の速さで上昇している。この温暖化の主な要因として、二酸化炭素濃度の増加以外に黒色炭素エアロゾル(以下、BC)が注目されてきた。

BCは化石燃料やバイオマスの燃焼で発生する微粒子であり、太陽放射を吸収して大気を加熱したり、雪氷面に沈着することにより雪氷面の反射率を低減させ、雪氷の融解を促進する効果がある。

北極域に存在するBCの多くは北極圏外で発生し、北極域に運ばれたものと考えられているが、化石燃料等の燃焼になどよる人為起源なBCと森林火災起源のBC排出量の関係は未だ正確には分かっていない。

また、北極域のBCの質量濃度の高度分布は、北極域での航空機観測でしか得られない。そのため、過去の航空観測結果に依存してしまう。また、これまでは各航空機観測の事例解析に注力していたこともあり、各観測結果を相互に比較する解析は行われていなかった。

そこで同研究では観測専用航空機(Polar 5)を使用し、2018年の3月から4月の春季に北極域のBC濃度を高度5kmの範囲で精密測定した。その測定データと過去の北極域の春季に実施された航空機観測(2008年ARCTAS、2010年HIPPO、2015年NETCARE)の結果と比較してBCの年変動の要因について調べた。

  • (左)北極域における4つの航空機観測プロジェクトで得られたBC質量濃度の高度分布。マーカーは各高度のBC濃度の中央値、バーは四分位範囲を表す。(右)各観測期間のBC鉛直積算量。青のマーカーは観測結果の中央値(バーは四分位範囲)、黄色と黒の縦棒は、気象研究所の地球システムモデルでシミュレーションされた人為起源のBCと森林火災起源のBCの鉛直積算量(北極域内の平均値)を示している。赤の縦棒は、各観測期間の開始14日前から観測終了までの期間に、人工衛星(MODIS)により北緯50 度以北で検出された火災の日平均数を表す

    (左)北極域における4つの航空機観測プロジェクトで得られたBC質量濃度の高度分布。マーカーは各高度のBC濃度の中央値、バーは四分位範囲を表す。(右)各観測期間のBC鉛直積算量。青のマーカーは観測結果の中央値(バーは四分位範囲)、黄色と黒の縦棒は、気象研究所の地球システムモデルでシミュレーションされた人為起源のBCと森林火災起源のBCの鉛直積算量(北極域内の平均値)を示している。赤の縦棒は、各観測期間の開始14日前から観測終了までの期間に、人工衛星(MODIS)により北緯50 度以北で検出された火災の日平均数を表す(出典:国立極地研究所)

その結果、同研究グループが2018年に観測した大気中のBC濃度は7-23ng m-3(各高度の中央値)であり、これは2010年の観測結果と同程度であることが分かった(上図左)。一方、これらと比較して、2008年と2015年は高度5kmまでの全高度に渡りBC濃度が系統的に高かった。この比較結果より、北極域の春季のBC濃度の年変動の振れ幅が非常に大きいことが分かった。

次にこの要因を探るため、人工衛星(MODIS)により森林火災の数の日平均値を算出し、航空機で観測された北極域の地表から高度5kmまでのBC鉛直積算量※2と比較した(上図右)。

その結果、BCの鉛直積算量の年変動が、人工衛星が検出した相対的な森林火災数変動とおおむね一致していることが分かった。さらに詳細な解析したところ、この検出数の年変動は、主に中緯度の東西ユーラシア(北緯45度から60度、東経30度から50度・100度から130度)の森林火災の検出数の変動と対応していることが明らかになった。これは、中緯度の森林火災が北極域のBCの重要な発生源であることを強く示唆している。

また、2018年には時折汚染大気層を航空機から目視で確認することができていた。同研究の解析の結果、この大気汚染の発生源も中緯度の森林火災であると推定されるが、2008年や2015年の観測時期においては、多くの森林火災由来の汚染大気が、中緯度から北極域に運ばれたものと考えられる。

  • 2018年の航空機観測(PAMARCMiP)時に機内から撮影された写真。汚染大気の層が見られた。模式図は中緯度から北極域に輸送されるBCを表す。(出典:国立極地研究所プレスリリースPDF)

    2018年の航空機観測(PAMARCMiP)時に機内から撮影された写真。汚染大気の層が見られた。模式図は中緯度から北極域に輸送されるBCを表す(出典:国立極地研究所)

また、同研究グループではさらに、BC鉛直積算量の年変動を数値モデル※3によるシミュレーションで再現することが可能か調べた。

数値モデルは、人為起源と森林火災起源のBCの寄与とを分けて計算することができる。そして、このシミュレーションと観測を比較した結果、森林火災発生数が少なかった2010年と2018年は数値モデルが観測を比較的良く再現している一方、森林火災が多かった2008年と2015年は数値モデルが観測より明らかに小さな値となることが分かった。

このシミュレーションは名古屋大学と気象研究所の2つの異なる数値モデルを用いて実施され、いずれも同様の傾向の結果が得られており、このことは現在の数値モデルは人為起源のBCの寄与をおおむね良く再現できているのに対し、森林火災起源の方は大幅(3分の1程度に)過小評価していることを示している。

研究グループは、この観測結果はBCの気候影響を評価する数値モデルの検証と改良に役立つ貴重な基礎データであり、より正確な気候影響の推定に貢献することが期待されるとした。

温暖化といわれるとつい、人為的要因にばかり目が行きがちであるが、この研究結果から、森林火災などの自然要因によっても温暖化が促進されるということを改めて認識させられたのではないだろうか。

わたしたちの暮らすこの地球を守るためにも、もっと知見を深めていきたいと感じさせる内容であった。

文中注釈

※1:化石燃料の燃焼過程や森林火災で発生するスス粒子のこと。同研究では、レーザー誘起白熱法という手法を用いた測定器により、航空機の機内に吸引した外気に含まれる粒子を個別に検出し、単位体積の空気に含まれるBCの総質量(BC質量濃度 [ng m-3])を測定した
※2:航空機観測により各高度で測定されたBC質量濃度を、地表から高度5kmまで積算した量。単位面積の気柱に含まれるBCの総量を表す。単位は[mg m-2]
※3:大気の運動、水蒸気の相変化、微量気体やエアロゾルの生成・輸送・変質・沈着過程などを、流体力学・熱力学・化学などの法則に基づいてシミュレーションするモデル。 本研究では、名古屋大学の全球気候-エアロゾルモデル(CAM5-ATRAS)と気象研究所の地球システムモデル(MRI-ESM2)を用いてシミュレーションを行った