デジタル変革に成功している企業とそうでない企業との差はどこにあるだろうか? 技術力が重要視されがちだが、アルマ・クリエイション 代表取締役 神田昌典氏は、「現状維持バイアス」を克服できているか否かにあると指摘する。

5月19日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+フォーラム Marketing Day 2022 May.デジタル変革の潮流を見極めるマーケティング経営」にて神田氏は、デジタル変革の障壁となる「現状維持バイアス」と、変革を推進するにあたって重要となる「他者を動かすメッセージモデル」について解説した。

影響力のある人に頼る組織構造では、変革は進まない

アイデアが普及するプロセスでは従来、「影響力のある人(インフルエンサー)」が重要であり、「“粘着性のあるアイデア”がバイラルに広がっていく」という描写が一般的だった。しかし、神田氏は「(こうした描写は)バズるというシンプルな情報の伝達には当てはまるが、人の考えや生き方といった行動変容が伴うアイデアについては当てはまらない」とする。

2021年に出版された書籍『Change: How to Make Big Things Happen』(発行:Little, Brown Spark)によると、インフルエンサーを頼ることは、変革にはむしろ逆効果とされている。同著では、ネットワーク理論の知見から、「シルバーブレット方式(インフルエンサー集中戦略)」や「ショットガン方式(無差別依頼戦略)」よりも、1人が複数人に情報を広め、情報を受けた人がさらにほかの複数人に広める「フィッシュネット方式」の方が、速く変革が進むと紹介している。

神田氏によると、これはデジタル変革に取り組む際にも重要な視点になるという。デジタル変革推進室を設置している企業も多くあるが、力のある人だけを頼るシルバーブレット方式を取ってしまうと、うまく進まない可能性が高まる。

「デジタル変革の死角は、組織づくりにあります。変革のためには、どこで巻き込むのか、どんな言葉で巻き込むのか、誰を巻き込むのかという『3Mアプローチ』が重要です」(神田氏)

変革に巻き込むべき人物は誰か?

何らかの変革に取り組むにあたっては、「現状維持バイアス」が大きな障壁となる。もちろん、デジタル変革も例外ではない。「変わりたくないという気持ちが非合理的な選択をさせるだけでなく、変革派と現状維持派に組織が分かれてしまい、現状維持派が変革派を潰してしまう」と神田氏。現状維持バイアスをどのように理解して克服していくべきか、神田氏は、自身が日本語版の監修を務めた『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』(発行:実業之日本社)の内容を基に解説した。

同著では、自社内やクライアント社内において決定に関わる人数は平均5.4人としている。しかし、複数人の意思決定者が判断に関わると、結果的に変革はうまく進まなくなってしまうのだ。

「2人目の意思決定者が現れると、購買可能性が激減します。さらに、3人目、4人目の意思決定者は差し障りのない判断をするため、痛みの伴わない安いソリューションを入れてしまうのです」(神田氏)

こうした意思決定者は、性格的に「ゴー・ゲッター」「ティーチャー」「スケプティック」「ガイド」「フレンド」「クライマー」「ブロッカー」といった7つのタイプに分類される。神田氏によると、このうち巻き込む必要があるのは、他者の良いアイデアを支持する「ゴー・ゲッター」、他者の説得がうまい「ティーチャー」、不透明なプロジェクトを危険と見なす「スケプティック」の3タイプだという。

「変革推進に向けて上に行こうとするエレベーターを動かすためには、スケプティック(=現状維持バイアス)を緩和しながら、ティーチャーが先導し、ゴー・ゲッターがそこに続くかたちが必要です。しかし、どこからともなくスケプティックが現れ、はしごを外されてしまうのが実際のところ。スケプティックが誰なのか分からないまま話が進んでしまうのです」(神田氏)

神田氏は、こうした組織メカニズムを理解して対応できる能力が必要であるとした上で、現状維持バイアスを強化したり、緩和したりすることで発展を後押しする技術「ダイナミックステアリング」の重要性を訴えた。