"物を売ることを主目的にしない"小売り店舗があることをご存知だろうか。店舗では製品を無理に売らず、体験や経験を提供して製品の裏側にあるストーリーを語ることで購入を促す、新たなモデルの店舗を展開するb8taが2020年8月に日本に上陸した。新宿・有楽町に続いて、2021年11月15日には渋谷に3店舗目をオープンする予定だ。体験型店舗と呼ばれる同社に製品を出品するメリットや、体験型店舗への出品と相性の良い製品について、ベータ・ジャパンのCEOである北川卓司氏に話を聞いた。

--b8taが体験型店舗を始めたきっかけは何ですか

北川氏:当社は2015年に、サンフランシスコの中心地から車で40分ほど南下したパロアルトという都市で誕生しました。この都市にはスタンフォード大学のほか、多くのガジェットやテック系の企業が施設を置いています。

  • ベータ・ジャパン CEO 北川卓司氏

    ベータ・ジャパン CEO 北川卓司氏

元々、Googleが買収する以前のNest Labsに所属していた、エンジニアやマーケティング担当者がb8taを立ち上げてました。Nest Labsが2015年以前にスマートホームのデバイスを開発した際に、あまりに最先端のコンセプトを持つ製品だったため、家電量販店でも取り上げられる機会は少なかったそうです。

そこで彼らは、今後新しいガジェットを開発するスタートアップが増えたときに、同様の悩みを抱える人も多くなるのではないかと考え、b8taを起業しました。現在ではドバイやサウジアラビア、日本も含めて約20店舗を展開しています。

日本では、新宿と有楽町に続いて渋谷に新店舗をオープンする予定です。3拠点とも交通量の多い場所ですので、不特定多数の方に来店していただけることを期待しています。当社自体はターゲットとなる顧客層を設けてはいませんが、およその客層として、有楽町は30歳代から50歳代のビジネスパーソン、新宿は20代後半くらいの女性、渋谷はZ世代と呼ばれるような若い世代の来店者を想定しています。

--体験型店舗の利点は何でしょうか

北川氏:例えば、スタートアップ企業が自社製品を販売するために店舗を持つ場合には非常に多くのコストが必要です。当社のビジネスはRaaS(Retail as a Service)と呼ばれるモデルなのですが、月額利用料のみのサブスクリプション・サービスとして、製品を販売可能な区画を貸し出しています。なので、気軽にオフライン店舗での出品が可能な点が当社に出品する企業の利点です。

また、当社は基本的に販売価格への関与はしません。百貨店や家電量販店では「店舗によって販売価格を下げられる」「独自のブランディングがしづらい」といった課題があると思います。ですが、当社では出品企業が設定した販売価格をそのまま来店者に案内します。また、売上額や販売数に対する手数料もいただいていません。月額の契約料のみの支払いで、当社の店舗スタッフである「b8ta テスター」が接客業務を担当します。

  • 1区画ごとの料金の支払いで出品できる

さらに、来店者の行動データを取得して出品企業に提供できることも利点です。店舗内で製品の前を通り過ぎた人数や、製品のある区画に5秒間以上滞在した人数、b8taテスターからその製品の説明を受けた人数といった定量的なデータに加えて、出品している製品の気になる点や購入の決め手など、b8taテスターが来店客から聞き取った定性的なデータを出品企業にフィードバックしています。

取得したデータの活用方法は企業によって異なりますが、それらの情報を参考にしながら、オンラインキャンペーンとしてバナー広告を展開した場合と、当社の店舗に出品した場合で、どちらが売り上げにつながるかを比較する企業が多い印象です。

来店してくださるお客様に対しての利点は、当社が販売を主目的にしていないので、あまりプレッシャーを感じずに気軽に来ていただけることだと思います。当社の企業ミッションとして「リテールを通じて人々に"新たな発見"をもたらす」を掲げていますが、来店客と製品との新たな出会いを創出できているのではないでしょうか。

--体験型店舗と相性の良い製品はどのような製品ですか

北川氏:渋谷に新しくオープンする店舗では食品も提供する予定ですし、思ったよりも広いジャンルの製品と相性が良いのではないかと感じています。実際に店舗で手に取っていただいて、店頭のスタッフが説明を一言加えることで、購入につながる場面が多いです。

  • 店舗の周囲で自転車の試乗も可能だ

お菓子を例に挙げると、その製品の開発秘話やメニュー開発までのストーリーを店頭スタッフがお伝えすることで、来店客は製品に対する思い入れが付加されるので購買につながりやすいようですね。こうした理由から、開発にストーリーを持った製品は体験型店舗と相性が良いと思います。

それと、クラウドファンディング中の製品も相性が良いですね。これもお菓子の例と同様なのですが、プロジェクトを支援する前に店舗で製品を体験した上で開発の裏側にあるストーリーを知ることで、製品を覚えていただけますし、プロジェクトの支援にもつながっていると思います。

  • 店頭にはさまざまな製品が並ぶ

--アフターコロナ時代におけるリアルな店舗の在り方はどう変わるでしょうか

北川氏:b8taが日本で店舗をオープンしたのが2020年8月でしたので、当時は既にコロナ禍で、飲食店や百貨店をはじめとするリアルな店舗運営の課題がちょうど出てきていた頃だったと思います。そうした中で当社は、実際の店舗に来店することで体験を提供するという、モノを売るのではない店舗モデルの先駆けになれたのではないかと考えています。

今後ですが、2030年くらいまでかけて日本各地の主要都市で大規模な再開発が進むと思われます。2025年には大阪万博も予定されていますし、札幌や福岡などの地方都市も含めて、街の様子が大きく変化する期間になるでしょう。それに伴って、商業施設も増加すると予想しています。

そうした時には、同一のブランドが同時期に複数の商業施設に展開するのは難しい場合もあるはずです。そのような環境では、当社のようなRaaSモデルの店舗が提供できる価値が今以上に増えると思っています。

  • ベータ・ジャパン CEO 北川卓司氏

プロフィール
2004年PR会社入社後、IRコンサルティング会社、スタートアップのCEOを経て、フランスのEMLYON経営大学院でMBAを取得。
2015年ダイソンにリテールマネージャーとして入社し、世界初の旗艦店を表参道にオープン。
2019年11月よりb8ta Japanのカントリーマネージャーに就任し、日本で初の2店舗同時立ち上げに従事。2021年1月1日より現職。