日本IBMは12月17日、オンラインで量子人材育成に関する取り組みの最新状況について記者説明会を開催した。
2020年を“量子コンピュータ元年”と位置付けるIBMの取り組み
まずはじめに、日本IBM 執行役員 最高技術責任者兼研究開発担当の森本典繁氏が“量子コンピュータ元年”と位置付ける今年の日本と同社における量子コンピュータの動きについて触れた。
昨年12月は政府が日米欧量子科学技術国際シンポジウム@EU-USA Japa Internetional Symposium on Quantum Technology」を主催し、東京大学とIBMは「Japan-IBM Quantum Partnership」の設立に向けて検討を開始。
今年1月には政府の統合イノベーション戦略推進会議で「量子技術イノベーション戦略」を策定しており、IBMの量子コンピューティング推進団体「IBM Q Network」の参加組織が100を突破した。また、7月に東大とIBMが量子イノベーションイニシアティブ協議会設立に向けて連携し、9月にはIBMが量子技術のスケールアップに向けたロードマップを発表している。
一連の動きを踏まえ、森本氏は「これまでのところ、われわれの量子コンピュータであるIBM Qの稼働台数は30台(2020年7月時点:18台)、稼働率は97%以上となっている。また、グローバルでIBMの量子コンピュータをネットワーク経由で利用できるIBM Q Experienceの登録ユーザー数は280万人(同:24万人)と現在も急速に増加し、IBM Q上で実行された演算数は5000億回以上(同:1980億回)だ。さらに、科学技術論文などの出版物は400本(同:235本)以上、IBM Q Networkのパートナー数は130(同:106)を超え、量子ボリュームは64を達成した」と説明する。
そして、同氏は「このまま順調に進めば、2030年までには現在の能力の1000倍、20年後には100万倍を超える可能性もある。今年は1つの超電導チップに65量子ビットを搭載することに成功し、今後は2023年に1121量子ビット、最終的には100万量子ビットをロードマップとしている」と明らかにした。
一方で、量子コンピュータを発展させていくためには、さまざまな技術者や研究者が必要となり、同社はハードウェアなどの技術開発を行う「kernel developers」、量子アルゴリズムを開発する「Algorithm developers」、アプリケーションを中心に量子計算を当てはめていくために数学モデルやシミュレーションモデル、計算モデルなどを開発する「Model developers」に分類される。
森本氏は「われわれの量子コンピュータは『ハードウェア・ソフトウェアの開発』『量子技術基礎研究』『実用化に向けた市場・事業開発』の三位一体で進めているが、いずれの場合にもおいても非常に重要になるのが『量子ネイティブ育成のための人材開発』だ」と話す。
IBMの量子人材育成への取り組み
こうした状況に対し、日本IBM IBM東京基礎研究所 量子コンピューティング Qiskit 開発コミュニティー担当の小林有里氏が量子人材育成への取り組みについて説明した。
同社は量子コンピューティングのコミュニティのミッションステートメントとして「量子コンピューティングの未来を支え、その可能性を社会課題の解決に役立てていく人材の担い手を育む」を掲げている。
IBM Quntum Communityについて小林氏は「量子システムを使うために必要となるオープンソースの『Qiskit』は50万回以上ダウンロードされ、年間1万人以上の学生・若年層にアプローチしている。具体的には世界105以上の教育機関が量子コンピュータ上でQiskitを用いたプログラミングを行い、授業を展開しているほか、IBM主催で世界の数千人を対象にオンラインのサマースクールやコーディングスクールも展開している」と述べた。
同社がコミュニティ作りに注力している背景は、人材育成にほかならないが、量子コンピュータ自体が注目されている新たなテクノロジーであるにもかかわらず、現状では人材が不足しているからだという。そうした状況下において、同社は量子人材育成の3つのドライバーとして「Open access」「Open source」「Education」を挙げている。
Open accessは、世界で唯一無償公開されている同社の量子コンピュータを有し、Open sourceではソフトウェアツールのQiskitの活用、Educationについては教育機関との連携、教材開発、インターンシップ、プログラミングイベントなどを通じた教育を実施している。
「Quantum Challenge」で日本人が最優秀者に
特に小林氏はQiskitについて重点的に説明し、2019年からオープンソースのオンライン教科書として「Qiskit Textbook」を公開しており、世界中の人がコンテンツに貢献でき、11月時点で世界55以上の教育機関が授業で活用し、日本でもQiskitユーザーなどによる輪読会が行われ、解説動画シリーズも公開されている。
また、完全オンラインの量子サマースクール「Qiskit Global Summer School」を開催し、世界101か国から5000人以上の応募があり、大学の1学期間(27講義分)に相当する授業を提供し、講義コンテンツを無償でオンライン公開。さらに、Qiskit Campsは合宿形式のハッカソンイベントとして日本、米国、スイス、南アフリカの世界4都市で開催し、量子コンピュータの特性を生かしたアプリケーションのアイデアを競っている。
そして、オンライン量子プログラミングコンテスト「Quantum Challenge」を開催しており、初心者が参加できるように基礎から演習課題を用意し、週ごとに新たな課題が与えられ、最終週が本戦となる。すでに2019年に1回、2020年に2回開催している。
直近の11月に開催したコンテストは「そう遠くない量子の未来のためのプログラミングコンテスト」をテーマに、慶應義塾大学の量子コンピューティングセンターとのパートナーシップのもと、IBMの量子コミュニティで問題作成と運営を担当し、世界84か国から3300人以上の申込があった。
内容としてはストーリー仕立ての演習問題とし、二次元アイドルのDr.リョウコが問題を解くヒントや鍵を提供、参加者は問題を解くとキーワードを与えられ、次のストーリー展開に進むというものだ。これにより、参加前後での量子コンピュータとQiskitのスキルレベルが改善したという。なお、最優秀者は東京大学工学部物理工学科 学部4年 古澤・吉川研究室の長吉博成さんが受賞した。
量子コミュニティ拡大に向けた日本IBMの取り組み
日本IBMでは今後も継続的な日本の量子コミュニティの拡大に向けて「日本語の教材充実化」「オンライン授業の拡大」「企業内人材の育成」に取り組む方針を示している。
日本語の教材充実化については、コミュニティ有志による量子コンピューティングコンテンツの翻訳活動を随時行っており、誰でも翻訳に参加することが可能なことに加え、Qiskit Textbookの日本語版のリリースを2021年2月末に公開を予定している。
オンライン授業の拡大に関しては、中高生向けに量子コンピュータ入門のほか、高専・大学生を対象にNICTの量子ICT人材育成事業が開始し、同社は量子情報に関する講義およびQiskitを使用した実践的な研修、ハッカソンをサポート。
企業内人材の育成では、2021年1月に活動を開始する新たなIBMのユーザー研究会「IBM Community Japan」において業種・職種を超えたコミュニティ活動としてナレッジモール研究を行っており、企業に所属している人であれば誰でも参加できる。最後に小林氏は「今後もわれわれの量子人材育成に注目してもらいたい」と力を込めていた。