社内にはマーケティングに活用できそうなデータが存在しているはずだ、という感覚を持ちながら、一歩踏み出せていない企業は多くある。具体的にどんなデータが何に役立つのかが見えていないことや、データ自体が複数システムに点在していて総合的な利用が難しいことが障害になっていることが原因の一つだ。サッポロビールもそうした課題を抱えていたという。
「データ活用が世の中で盛り上がっていましたが、社内に点在するデータは活用できていないため、『やらなければ』という意識はありました。ITシステム内にデータがあることはわかっていましたが、管理しているのはグループ会社であってサッポロビールではないため利用が難しいなど、いろいろな課題がありました」と語るのは、サッポロビール マーケティングリサーチグループ マネージャーの堀内亜依氏だ。堀内氏は、2016年に発足したマーケティング開発部でデータ活用を担当するチームに所属している。
発足時のチームメンバーは堀内氏を含めて2名。マーケティングと販売促進の専門家という構成で、データ活用にはそれほど知見もなく戸惑うことも多かったという。
「社内にデータの専門家がいませんでした。ただ、外部パートナーに委託するにしてもディレクションをできるスキルは持つ必要がありました」と堀内氏は語った。
唯一の顧客接点であるWebと出荷データを組み合わせてスタート
サッポロビールをはじめとしたメーカーは、一般的には自社製品のユーザーと直接的な接点を持っていない。街で我々が手にするサッポロビールの商品は、卸業者と小売業者を通したもので、サッポロビールが直接把握しているのは卸業者への出荷状況だ。そのため、データを活用したマーケティングの目的も、直接的な売上向上ではなく、まずは顧客理解に重点が置かれたという。
「直接の接点がないため、どんな人に買っていただいているのかがわかりません。そのため、購入者がどんな人なのかを知り、マーケティングの精度を向上させることがまずはデータ活用の目的でした。今までの広告はテレビや新聞を通じた大量広告や店頭陳列などマス向けでした。しかし、今は顧客がリアルだけでなくデジタルでもあらゆる情報を収集しています。デジタルも活用してお客様にリーチしたいと考えたのです」(堀内氏)
商品の動きに関するデータで保有しているのは、卸業者への出荷状況と、そこから小売店への部分まで。エンドユーザーについては一部小売店が行っているPOSデータを部分的に購入しているという状態だった。その他保有していたのは、自社の会員データだ。
「ビールというのはWeb上で情報をじっくりと比較して購入するタイプのものではありません。そのため、Web会員であってもキャンペーンをきっかけとした登録が多く、実際にサッポロビールを普段から飲んでくださっている方なのかがわかりません。数的にもある程度の規模は登録されているものの、休眠の方が多くそのままでは活用しにくい状態でした」と、堀内氏は語る。
ただ、データ不足は感じながらも手元にあるデータでDMPに取り組むことになった。 「ミニマムな取り組みからはじめました。ダッシュボード上で出荷データとTVCMの相関関係を見たり、IDに紐付けた会員データを利用してWebのアクセス内容を分析したりしました。しかし、Web会員の動向だけ見ても意味がないとわかったのです」と堀内氏は初期の取り組みについて語った。
トレジャーデータ導入と分析専門家の参加で本格的DMPを開始
自社保有データだけでは不足していると感じた同社は、2018年にはDMPの専門サービスを利用することを決断。2019年6月にトレジャーデータが提供するArm Treasure Data CDP(カスタマーデータプラットフォーム)を導入した。主な目的は、データの共通キーとなる、グローバルIDを利用してのデータ活用だ。また、このタイミングで、分析のパートナーとしてUNCOVER TRUTH 代表取締役CEOの石川敬三氏も参加した。
「最終的には自社だけで運用していきたいと考えていますが、今から知見を貯めるのでは時間がかかりすぎます。1日でも早くフルスピードでデータを活用していくためには、専門家の知見が必要でした」(堀内氏)
「私が関わる企業の7割程度が、社内にどういうデータがあるのか、どこにあるのかということが把握できていません。これは従来からデータやシステムに投資をしていたかどうかによります。たとえばWebアクセスのデータはたいていの企業が持っていて、分析もGoogleアナリティクスでやっています。しかし、個々のユーザーデータを一元的に紐付けるとなるとほとんどできていません。そもそも紐付けに取り組もうとすら考えていないことから手がついていないわけです」と石川氏は語る。
社内にいろいろなデータが存在していても、それを集めて専門家に依頼すればデータ活用の道が開けるというわけではない。過去に遡ってデータを取得することはできないため、後に共通キーを持つ情報と組み合わせた分析をしたいと考えても、過去データを役立てることが難しいのだ。
「漠然とデータは取っていたのですが、他のデータと紐付けるには、共通キーがなければできません。何のために取得するのかを考えていないデータは使えません。『いつか使えるだろう』と取得したデータは、結局使わないのです」(堀内氏)
顧客ニーズを理解して個々に向き合ったコミュニケーションを目指す
本格的なデータ活用に向けて、自社サイトについては、従来、会員データしか見ていなかったが、対象を全ユーザーに拡大させて共通キーを持ったデータとして取得。さらに自社工場の見学に参加した人などの一部のオフラインデータも取得を開始した。 これらを組み合わせて取り組むのが、顧客理解と、そこからつながるロイヤルティの向上だ。
「現在やっているのは、コンテンツのレコメンドや顧客セグメントの作成です。コンテンツについてはユーザーに合わせて反応が高いと思われるコンテンツをレコメンドするようにしています。顧客セグメントはお客様ごとにメルマガ配信のタイミングや内容を区別するために利用したいと考え、テスト中です」と堀内氏は語る。
トレジャーデータ導入から半年弱、2019年12月時点ではまだ取り組み自体はスタートしたばかりの状態だ。それでも、ONE to ONEマーケティングは動き出した。
「本当の意味でのONE to ONEはすぐには出来ないだろうと考えていますが、顧客を理解した上でまずはCRMと広告の精度はアップしたいと考えています。お客様と対話するように情報が提供できればと思っています。広告は求めている人に求めているタイミングで出さないと、逆に嫌われてしまうことになりますから」(堀内氏)
従来はテレビCM等で大きく打ち出し、CMで興味を持った人やキャンペーンを目的とした人が自社サイトにアクセスしても画一的な情報を発信するだけだった。これをユーザーの求める内容を知り、出し分けて行くのが今後の取り組みとなる。
「これまではお客様とコミュニケーションできていないという感覚がありました。これからは1人1人に合うインタラクティブなコミュニケーションを目指します。具体的には、メルマガやコンテンツの出し分け、LINE等の活用ですね。メルマガはこれまでもやっていましたが、画一的なものでした。これの精度向上に取り組んでいきます」(堀内氏)