日本医療研究開発機構(AMED)は8月10日、筑波大学を中心とする研究グループが、線維芽細胞から心臓中胚葉細胞を直接誘導する遺伝子Tbx6を発見したと発表した。この遺伝子をマウスES細胞・ヒトiPS細胞など多能性幹細胞に導入することで、液性因子を使用せずに効率よく増殖可能な心臓中胚葉細胞を作製し、さらにこれを心筋細胞や血管細胞を誘導することを確認したという。

同成果は、筑波大学医学医療系の家田真樹 教授(循環器内科)、慶應義塾大学医学部の貞廣威太郎 助教(循環器内科)、産業技術総合研究所創薬分子プロファイリング研究センターの五島直樹 研究チーム長らの研究グループによるもの。詳細は、学術誌「Cell Stem Cell」に掲載された

通常、心筋細胞は再生できず、心疾患により心機能が低下した心臓は心不全となる。心不全は世界の死亡原因の上位を占めていることから、新規治療の開発が望まれている。現在、ES細胞、iPS細胞などの多能性幹細胞から誘導された心筋細胞は心臓再生医療や薬剤開発のツールとして期待されており、効率的な心筋誘導を目的とした研究が活発に行われている。

これまで、多能性幹細胞から心筋細胞を誘導するためには、複数の液性因子を使用して、まず心臓の幹細胞である心臓中胚葉細胞を誘導し、その後に心筋を誘導する方法が一般的であった。しかし、誘導の工程が煩雑であること、誘導効率が不安定であること、液性因子が高価であることなど、多く課題を抱えていた。

同研究では、心臓中胚葉を誘導する遺伝子のスクリーニングを行い、心臓中胚葉で特異的に発現する候補遺伝子58個について、一種類ずつマウス線維芽細胞に導入した。その結果、発生を制御する転写因子であるTbx6という遺伝子を導入した細胞からのみ、心臓中胚葉特異的な遺伝子であるMesp1を発現する細胞群が誘導されたという。この細胞が、心臓中胚葉の状態を長期にわたって維持し、自然に心筋まで分化することはなかったことから、Tbx6が心臓中胚葉を誘導する遺伝子である可能性が示唆された。

  • Tbx6によって線維芽細胞から誘導された心臓中胚葉細胞

    Tbx6によって線維芽細胞から誘導された心臓中胚葉細胞(出所:AMED)

Tbx6の役割を検討するため、液性因子を用いたマウスES細胞からの心筋誘導の過程でTbx6の役割を解析したところ、生体での心臓発生や多能性幹細胞からの心筋誘導において重要な因子であることが確認されたという。

また、研究グループは、Tbx6をTet-OnレンチウイルスシステムでマウスES細胞に導入し、Tbx6遺伝子発現を自由に制御できる実験系を確立。Tbx6発現のみで中胚葉・心臓中胚葉、心筋細胞への誘導が可能かどうかを検討したところ、約88%のES細胞が中胚葉細胞に誘導されたことが確認された。なお、この中胚葉細胞の多くは心臓中胚葉細胞であり、これらの約67%が心筋細胞に誘導された。この誘導効率は、液性因子による心筋誘導効率と同等以上の結果であるとのこと。さらに、血管平滑筋細胞や血管内皮細胞への分化を確認し、心臓を構成するすべての細胞への分化が認められた。

  • Tbx6によってマウスES細胞から誘導された心筋細胞

    Tbx6によってマウスES細胞から誘導された心筋細胞(出所:AMED)

さらに、ヒトiPS細胞でも同様の実験系を確立したところ、マウスES細胞と同様に、Tbx6遺伝子の発現だけで、液性因子を使用せずに心臓中胚葉を作製でき、心筋細胞や血管細胞への分化誘導が可能であることを確認した。

また、同研究で明らかになった中胚葉の発生初期における機能のほかに、Tbx6は骨格筋・軟骨のもととなる沿軸中胚葉の発生との関連が以前より知られていた。発達過程において、これらの臓器は心臓の後に発生することから、Tbx6の発現期間を心臓中胚葉の誘導に必要な期間よりも延長したところ、沿軸中胚葉細胞を作製することに成功したという。また、培養条件を調整する事で、誘導された沿軸中胚葉から骨格筋と軟骨細胞が誘導された。

  • Tbx6は幹細胞からの中胚葉や心筋誘導を制御

    Tbx6は幹細胞からの中胚葉や心筋誘導を制御することを発見(出所:AMED)

研究グループは以上の成果について、心筋梗塞や拡張型心筋症をはじめとするさまざまな心臓疾患に対する再生医療への応用だけでなく、簡便・短期間・安価な心筋作製技術への発展に寄与することが期待されるとしている。