デザインの力で大学合格、道を切り開いた高校生

前述のとおり、日本の子供たちは自分たちを「創造的」と捉えていないものの、それは彼らが創造性を発揮するための道筋を知らないから。その道筋を知ることが出来れば十分に世界と戦えると楠籐氏は話す。実際、過去にDesign Jimotoで地域課題の解決に取り組んだ奈良県の事例では、高校生が道を切り開いた。

奈良県の日本庭園「依水園」では、景観保護のために立て看板を設置できず、四季折々の情景の変化を楽しめる魅力も、コンテンツ制作に多額のコストがかかるため伝えきれなかった。それを高校生がARアプリの制作で解消したというものだ。もちろん、一流クリエイターに任せればこうした課題解決は簡単に解決できるだろう。

しかし、これを高校生が自分たちでデザイン案、コンテンツ編集までほとんどをこなし、デジタルツールの使い方まで完璧に覚えた。さらに「自分の感覚で作ったらオシャレだけど、使い勝手が悪かった。見やすさ、使いやすさを色んな人に試してもらい、作り変えた」というUI/UXの完成度を高めるところまで、真剣に取り組んだのだ。

この話には後日談がある。プログラムに取り組んだ高校生の一人はもともと、就職か専門学校への進学を考えていた。しかし、デザインの楽しさに触れたこと、そしてこの取り組みで得た「体験」と「自信」によって関西の偏差値上位の大学をAOで受験、見事に合格したのだ。

「日本の子供たちは自己肯定感が低いだけで、課題を解決するための体験、そして新たな進路の発見ができれば、この例のように道を拓ける成果に繋がると思っている。現状は明らかに最初の『体験』が少ない。だけど、デジタル社会全盛の中で、体験の閾値は低くなっている。まずは体験してもらって、未来へ繋がる、未来を創ってみるということを考えてほしい」(楠籐氏)

日本をゲーム・チェンジさせたい

企業として、子供たちへの啓蒙活動は直接マネタイズに繋げるのは難しい。楠籐氏も「会社には未来のユーザーを創るための施策」と話す。ただそれは、デジタル時代は企業の栄枯盛衰が顕著になる中で「アドビとしてはまだ余裕があるからこそ、ここに投資しなければという思いがある」(楠籐氏)。

それは、翻って自身が日本人として日本に対する危機感もあってのことだという。

「私たちアドビの日本法人は、ほかの多くのIT企業と異なりAPAC(アジア太平洋地域)傘下の組織ではなく、独立した日本法人です。以前は(リージョン別で)圧倒的なNo.2の売上でしたが、今はUKと争っている状況。日本市場を伸ばすために、という思いもありますし、日本のクリエイティブを活性化させるために、5年後、10年後を考えて人材を作り出す、いわば『ゲーム・チェンジ』のための投資なんです」(楠籐氏)

また、楠籐氏はアジア各国の急激な成長によって、日本がもはや圧倒的な先進国ではなく、埋没しかねないという危機感も持っていると語る。

「タイ・バンコクに限って言えば平均所得は日本円で400万円と日本と変わらない状況。そういったものの平準化は、下に引っ張られてしまい、上へ伸ばすことが難しくなる。地方の課題解決が必要となるのはそういうことで、いかに水準を引き上げるか。もちろん、一つひとつの活動を数万人規模まで広げるのは難しいですが、Next Switchさんなど、地域課題の解決を目指すパートナーとともに、エコシステム化して活動を広げられれば」(楠籐氏)