医師から処方された薬を飲まずに余らせてしまう「残薬問題」。年間で100億円~6500億円分の薬が飲まれずに放置されていると言われているが、実際にどの程度の残薬が家庭に存在するのか、具体的な数字を把握することは難しいとされている。

薬の飲み忘れは病気の回復を遅くするだけでなく、重病患者の場合は命の危険にもつながりかねない。また、薬を残したまま別の病院で診察を受けると、薬の重複や、飲み合わせの悪さから健康被害が発生する可能性も出てくる。無駄な残薬は医療財政を悪化させる要因にもなるだろう。

大きな社会問題となりつつあるこの残薬問題を解決しようと、凸版印刷はデンソーウェーブと共同で、モノとインターネットがつながるIoT(Internet of Things)によって、処方薬の飲み忘れを防止する薬箱のプロトタイプを開発。今回、凸版印刷の開発チームに話を伺った。

服薬状況をリアルタイムで把握できる薬箱

凸版印刷 生活・産業事業本部 ビジネスイノベーションセンター 課長の藤川君夫氏は、IoT薬箱について「残薬問題は根が深く、まだあまり手が付けられていない問題です。パッケージがコアのビジネスである弊社に果たせる役割があるのではないかと考え、開発に着手しました」と、開発の経緯を語る。

凸版印刷 生活・産業事業本部 ビジネスイノベーションセンター 課長の藤川君夫氏

また、同社はカタログや出版物といった「情報コミュニケーション系」の事業と、印刷の版を作る微細な加工技術を生かした「エレクトロニクス系」、商品のパッケージなどを柱とする「生活産業系」の事業を展開しており、「パッケージソリューションをベースに、ICタグなどのセキュア部隊とICT部隊のノウハウを掛け合わせることで、今までにない社会価値を作れるのではないかと考えました」と、藤川氏は、会社の部門を越えた連携によって、通常ではなかなか思い至らないような、印刷会社が薬箱を作るというビジョンを描けたことを説明した。

今回開発された薬箱は、iPadとBluetooth接続することで、薬箱の中にある処方薬が飲まれたかどうか端末上で確認できるというもの。近年、処方薬は1度に飲む分だけをまとめてリパックする「一包化」によって、複数種類の薬も朝・昼・晩といったように1回分として1つの包装にまとめるケースが増えているが、今回の開発では、リパックされた各包装にICタグが取り付けられており、例えば朝に飲む分の包装が取り出された場合、薬箱が「朝の薬を飲んだ」と認識するようになっている。

普段目の届く場所に置いておくことで、その日に飲むべき薬をしっかりと飲んだかどうかを簡単に把握できるため、飲み忘れを防止することができるという。

IoT薬箱と専用アプリを起動した状態のiPad

一包化され、ICタグが取り付けられた薬包

また「服薬状況はクラウド上でモニタリングできるので、医師や薬剤師、遠隔地に住んでいる家族などが、しっかりと薬を飲んでいるかということをリアルタイムで把握することができます。そのため、見守りとしての役割も果たします」と、藤川氏は薬箱の効果を語る。

取り出した薬をハートマークで確認するシンプルなアプリ

服薬を確認するiPadのアプリは、画面に表示されたハートのマークが薬を飲むごとに着色されていくというシンプルなもの。1日に飲まなければいけない薬をすべて飲み終わるとハートマークがすべて埋まる仕組みになっており、それがゲーミフィケーションのような効果を発揮し、服薬へのモチベーションにもつながるという。また、アラーム機能も搭載されているので、服薬のタイミングにアラームを設定することで飲み忘れを防止することができる。

アプリの画面。昼の薬を飲み忘れた場合の表示

アプリの画面。1日に飲むべき薬をすべて飲んだ場合の表示

このアプリについて、同社 ICT統括本部 ICT戦略センター 課長の中里正行氏は「iPad用アプリの開発にはApple社の健康管理用フレームワーク『CareKit』を使ったので、UI部分はスムーズに設計することができました。しかし、実際の利用シーンでは、余分に取り出した薬包を翌日薬箱へ戻すといったような複雑な出し入れのパターンが多数発生し、クラウド上で管理する服薬状況と薬箱の中身の整合性を維持し続けるデータ管理の仕組みがなかなかうまくいきませんでしたね」と、開発の苦労を語る。

試行錯誤を重ねて朝・昼・晩を想定した場合ではどのような複雑なパターンでも対応できるようになったが、「今後は、より複雑な飲み方をする場合でも、いかに不整合を起こさず、簡単な設定で対応できるような工夫が必要になるでしょう」と、課題を述べた。

凸版印刷 ICT統括本部 ICT戦略センター 課長の中里正行氏

また、「今回の試みはIoTによる服薬管理という、ICタグを活用した社会実装の一例です。将来的には、ほかの仕組みと組み合わせて使えるようにしたり、異なるデバイスで見ることができたり、電子カルテと接続できるようにしたりと、さまざまなことに対応していく必要があるでしょう」と、先を見据える。