夏になるとほしくなる「アイスクリーム」ですが、暑い屋外で食べた時、溶けて手に垂れてきて困った経験のある人も多いのでは? アイスは溶ける、という常識にも近い特徴を覆す"溶けないアイス"を販売しているのが、石川県・金沢市で生まれた「金座和(かなざわ)アイス」です。
ご当地である金沢での展開が中心でしたが、7月に入って東京の店舗がオープンしたので、実際に食べてみて、この「溶けない」アイスの秘密である成分を開発した、金沢大学の太田富久名誉教授にしくみを聞きました。
東京で「溶けないアイス」が食べられるのは、「KANAZAWA ICE 原宿竹下通り店」。ひとつの注文に対してトッピングがひとつサービスされ、自分でチョコペンを使ってアイスをデコることも可能です。
――最初に、溶けないアイスが溶けない仕組みを教えてください。
金沢大学・太田富久名誉教授(以下、太田名誉教授): アイスクリームは3つの要素からできています。牛乳やクリームの油脂分、空気の泡、氷の粒(氷晶)ですね。この3つがうまく混ざった状態でアイスクリームのおいしさは作られています。ところが、温度が上がると氷の結晶が溶けて水になり、そのために空気の泡もつぶれ、脂肪分も一緒に溶けてしまうんです。これが、アイスクリームが溶けてしまう理由です。
こうした溶け方を防ぐために、金座和アイスにはイチゴのエキスを入れています。氷の結晶が作られる前に加えることで、イチゴエキスに含まれるイチゴポリフェノールが、アイスの材料の中に含まれる水分と油脂分とを橋渡しして、水分と空気の細かな泡を油脂が膜状に取り囲む状態になります。この状態で凍らせると、温度が上がっても水は油脂分に取り囲まれているので溶け出してこず、「溶けないアイス」が実現されるのです。
――確かに、食べていても一般的なアイスのように垂れてきたりしませんでした。また、持ち帰って1時間程度置いてみたら、洋菓子のムースのようなふわっとした食感になりました。凍らせる前からムースのような状態にしてから凍らせたわけではないですよね?
太田名誉教授 : ええ、違います。泡立てて細かな空気の泡が入った状態の液体を凍らせています。
「金座和アイス」はイチゴエキスが"溶けない"性質を与えているものの、味はイチゴ(左)以外に抹茶(右)、マンゴー(中央)などさまざまなバリエーションがある。食感は軽く、冷たさと甘さは強く感じないのであっさりと食べられる |
お店からマイナビニュース編集部のオフィスまで約1時間持ち歩いた後の金座和アイス。角のところの形こそ崩れているが、一般的なアイスなら液状になっているような状況でも形が保たれている |
くまモン型と丸いキャンディ型では溶け方にかなり差があり、キャンディ型は1時間後も氷の結晶が残っていた。角が少ないほうが熱が伝わりにくいので、持ち帰りにはキャンディ型のほうが向いているかもしれない |
――お店でトッピングのソースをかけてもらったところ、ソースが接しているところだけ普通のアイスクリームに近いような溶け方をしていました。これはなぜですか?
太田名誉教授 : アイスクリームを美味しいと感じるためには口の中に入れた時に溶けないといけませんので、「溶けないアイス」とうたってはいますが、体温に近い30数度くらいで簡単に溶けるように設計しています。「溶けないアイス」の試作品ではもう少し固くなっていたのですけれど、実際に提供するにあたっては市販のアイスクリームのように美味しさを追求していますので、多少は溶けやすい状態に近くなっています。
そして、ソースをかけたところだけ溶けたのは、物が接触した場合の熱の伝わり方と、空気を通した熱の伝わり方がまったく違うからですね。前者のほうが熱伝導率が高いので、そうでない部分と比べて著しく溶けていったということです。
例えば、スプーンでアイスクリームをすくった時、スプーンで触れた部分がすーっと溶けていくのを見たことがあるかと思います。接触面が溶けるという特徴も、プリンの状態とは違う証拠とも言えますね。「溶けないアイス」とうたっておりますので、室温で置いて実験される方も多くいらっしゃいますが、ソースをかけたものとかけないもので比べると、差が大きくでて面白いと思います。
――イチゴポリフェノールで固めていると聞いていたのですが、アイスの味にあまり影響していませんでした。イチゴ味もほんのりとした位でしたし、抹茶やチョコレートなどを食べても、特に苺の味は感じなかったです。
太田名誉教授 : イチゴエキスはごくわずかしか入っていませんし、それで十分働いてくれます。私たちとしても意外な結果でした。
ただ、アイスクリームを構成する成分の中に牛乳のタンパク質があり、そこに含まれるカゼインも乳化の役割を果たしています。カゼインとポリフェノールが共創的に働いて、溶けないことにつながっていると考えています。
――イチゴポリフェノールが「溶けないアイス」を実現する成分として使われていますが、ほかの物からでもポリフェノールは取れます。苺ならではの特徴を教えてください。
太田名誉教授 : ポリフェノールで有名なのは、お茶に含まれるカテキンでしょうか。ぶどうやチョコレートにもポリフェノールは含まれていて、このふたつのポリフェノールは同じくらいの大きさの高分子です。
カテキンの場合はフラボノイドと言って、基本構造が同じ物が何種類か入っています。それに対して、イチゴのポリフェノールには20種類以上違う構造のポリフェノールが入っていまして、こうした果物、植物はほかに無いんです。そこが一番違うところですね。こうした違う構造の混ざりがあることが特徴です。
――今回は「溶けないアイス」のために使われたイチゴポリフェノールですが、今後の展望についてお聞かせいただけますか。
太田名誉教授 : 私たちは元々医薬品開発をしておりまして、イチゴポリフェノールで取った最初の特許は、抗がん剤や免疫抑制剤の効果を持続させる酵素阻害剤としてのものでした。なので、私としてはやはり医療分野での利用を目指していきたいです。
金座和アイスクリームで見ていただいたような「溶けない」という性質を利用して、病気で衰弱した方、高齢者や幼児などゆっくりとしか食べられない人たち向けに、デザートを含む栄養食を開発していきたいと思っています。単なるデザートとしてではなく、栄養食というのがポイントです。市販の食品に添加されている凝固剤や乳化剤にあたるものを、イチゴエキスで代替できると考えています。
例えばがん患者の方は、進行して衰弱していくと、食が細って食事が摂れなくなっていってしまいます。そういう人たちにも口に入れていただけるような、特殊な食品の開発を目指していきたいです。
――ありがとうございました。