理化学研究所(理研)は7月20日、ショウジョウバエの脳を用いた実験により、匂いの素早い検出と濃度の弁別に優れた細胞タイプを発見し、その細胞タイプ特異的な機能を生み出す神経回路のメカニズムを解明したと発表した。

同成果は、理化学研究所脳科学総合研究センター知覚神経回路機構研究チーム 風間北斗チームリーダーらの研究グループによるもので、7月19日付けの米国科学誌「Neuron」オンライン版に掲載された。

脳内の神経回路はさまざまなタイプの細胞から構成されており、神経回路が働く際、それぞれのタイプの細胞は異なる役割を果たしていると考えられている。しかし、その役割の詳細や、タイプごとの違いを生み出す神経基盤についてはよくわかっていない。

そこで、同研究グループは今回、哺乳類と同様に多様なタイプの細胞を持ち、かつ特定のタイプの細胞を遺伝学的に標識・操作しやすいショウジョウバエ成虫(ハエ)の脳を対象に、ハエの高次嗅覚中枢に相当するキノコ体と呼ばれる神経回路に着目した。

キノコ体を構成する主要な細胞は3タイプに分けられるが、同研究グループはまず、これら3タイプの細胞がどのような興奮性および抑制性の入力を受けるのかを、光遺伝学、二光子励起法、電気生理学的手法を組み合わせて調べた。また、レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージングで、3タイプの細胞の匂い刺激に対する応答を記録し、解析することで、各細胞タイプの匂いの濃度を弁別する能力を評価した。

その結果、キノコ体にある3タイプのうち、ひとつの細胞タイプがほかより高い興奮性を持つことがわかった。一方で、この興奮性の高いタイプの細胞は、キノコ体の細胞群の活動を抑制する細胞と機能的に強く結合し、この抑制細胞を介してより強力に自己への抑制性フィードバックをかけることもわかった。

また、各細胞タイプは匂いに対して異なる応答を示すことも明らかになった。高い興奮性を持つ細胞タイプは、より素早くより低濃度の匂いに応答することで、より優れた匂い濃度の弁別能力を持つという。さらに、適切な抑制性の入力がないと匂い濃度の弁別能力が著しく低下することもわかった。これは、興奮性の高い細胞タイプがあることで実際に広範囲の濃度を弁別できること、またこの弁別能力にはキノコ体への抑制性フィードバックが重要な役割を果たしていることを示しているといえる。

今回の成果について同研究グループは、今後、匂いの情報処理において優れた性質を持つ細胞タイプの解析を進めることで、ヒトを含むあらゆる動物が持つ、匂いの検出や濃さを認識する能力の神経基盤の理解につながるものと説明している。

ショウジョウバエキノコ体の各細胞タイプの匂い濃度の弁別能力。A:カルシウムイメージングで匂いに対する神経活動を記録するためのセットアップ。ハエを記録用プレートに固定し、細胞内カルシウムイオン濃度を反映する蛍光シグナルの変化をレーザー顕微鏡で検出する。B:5つの濃度の異なる匂いに対する各細胞タイプの応答から匂いの濃度を予測する解析。最も興奮性の高い細胞タイプ(赤色)では、正答率が他の細胞タイプ(灰色)より高かった。点線は偶然の正答率を示す。C:Bで高い弁別能力を示した細胞タイプ(赤色)は、キノコ体への抑制性入力を薬理学的に阻害すると正答率が下がった(黒色)。点線は偶然の正答率を示す (画像提供:理化学研究所)