長引く超低金利政策によって厳しい経営環境に置かれている銀行各社では、新たな収益を求めてフィンテックへの投資を加速させている。フィンテックとは金融(finance)と技術(technology)を組み合わせた造語で、ビッグデータ解析や人工知能を活用した潜在ニーズ発掘による新商品開発や、スマートフォンによる手軽な決済や送金といった新サービスが注目されている。こうしたフィンテックへの取り組みは大手銀行だけにとどまらない。将来の労働人口不足を見据えて、地方銀行でもロボットを活用した顧客サービス向上を目指す動きはすでに始まっている。
「ソフトバンクからPepperの法人向けモデルが発表されたと同時に導入を決め、2015年12月には3店舗に配備しました」と語るのは武蔵野銀行 フィンテック推進室 調査役の山田哲氏だ。
「人口減を補うために今後ロボットが社会のいたるところへ導入されるのは確実です。こうした動きをいち早く銀行業務に取り入れるため、まずは現状のPepperで何ができるか研究する必要があると考えました」と導入理由を打ち明ける。
武蔵野銀行が目指すロボット活用は、短期的には窓口業務の改善だが、将来は顧客を個別認識して来店目的に合わせたサービス提供まで視野に入れている。例えば、VIP顧客が来店したらすぐに担当営業を呼び出すとともに別室へご案内する。あるいは、前回の来店目的を記憶しておき融資窓口や住宅ローン窓口などへ即座に案内して商談を再開させるなど、人間が行ってきた高度な顧客サービスをロボットに代替させる考えだ。こうした未来の銀行サービスを実現するには、現状ではまだ解決すべき技術的課題も残っているが、同行ではまず実現可能な分野から着手するとして、店舗の窓口業務改革にPepperを投入した。
Pepperによる受付システムの開発
「銀行の窓口業務で最も大切な顧客サービスは、待ち時間を極力短縮することです。受付システムで番号札を受け取り順番待ちをしている間、必要書類にご記入いただければ窓口業務はスムーズに進み待ち時間短縮につながるのですが、どの手続きに何の書類記入が必要なのかお客様には分かりにくく、窓口に呼ばれてから書類にご記入いただくケースも少なくありません」(山田氏)
こうした状況を改善するため、ほとんどの銀行ではロビーに案内係を置き、顧客に来店目的を聞いて必要書類の事前記入を促す取り組みを行っているが、顧客からの多種多様な問い合わせに適切に回答する能力を求められるロビー案内係は一定の実務経験を積んだ行員を充てなくてはならず、すべての店舗に常時配備するのは難しいという。また、ロビー案内係がいても混雑時には十分な顧客対応まで手が回らない。
「そこでPepperにロビー案内係の業務を代替させる施策を導入しました。従来の受付機があった同じ場所にPepperを立たせ、胸のタブレットをタップすることで番号札を発券します。その際、Pepperが必要書類の記入を促すナレーションを話しかけます。これまでは紙による誘導や記入例などを貼り出していましたが、お客様はあまり掲示物を読んでくれません。しかし、Pepperに話しかけられると、お客様は耳を傾け内容を理解してくれます」(山田氏)
Pepperを制御するアプリケーションの開発に当たっては、銀行から顧客に対して必要事項を通知するだけとせず、より顧客とのコミュニケーションを密にする仕掛けも組み込んでいる。アプリケーション開発を担当した生活革命の代表取締役 宮沢祐光氏は次のように語る。
「番号札を受け取るためにPepperのタブレットをタップすると、その日の気温や湿度が高ければ『蒸し暑い中ご来店いただき~』、雨の日なら『お足元が悪い中~』と、気象状況に合った挨拶をするロジックを組み込んでいます。より人間に近い接客を実現するためには、こうしたホスピタリティを表す一言を付け加えることが効果的なのです。また、発券業務をしていない時には、近隣のさいたまスーパーアリーナで開催されるイベント情報や、地域密着情報の紹介を時間待ちのお客様に伝えることで、体感待ち時間の緩和に貢献しています」(宮沢氏)
Pepperは専用プリンターから番号札を発券したり、受付への呼び出しをナレーションしたりといった既存の受付システムと連動した業務フローをこなすほか、無線LAN通信により外部サーバと接続し、気象情報やイベント情報を取得して顧客に伝えるという2系統のシステム処理を実装されている。
金融業界向け専業機器メーカーもロボット活用に積極的
銀行の各種業務にPepperを活用する動きは、ハードウェアメーカーにも広がっている。武蔵野銀行と共同でPepperの受付システムを開発したローレルバンクマシンは、金融業界向けの各種現金処理機器や受付システムなどで国内シェアを二分する主要メーカーの1社である。
「銀行の受付システムは、来店されるお客様との最初の接点として重要な役割を担っています。待ち人数の管理をするだけの従来システムを拡張し、より顧客満足度の向上につながるサービスを付加した新商材を提案していく必要が我々メーカーにはあり、そこにPepperを活躍させる場面があるはずだと読んでいます」と語るのは、ローレルバンクマシンの営業企画部長 波多野博昭氏だ。
同社もPepper発売当初から業務利用に向けた研究を進めていたところ、タイミングよく武蔵野銀行から相談を受け、共同開発につながったという。
「武蔵野銀行様のPepper受付システムはタブレットのインターフェイスが専用開発になっていますが、今後はどの銀行様でも汎用的に使えるシステムの開発を進めています。汎用システムでは、例えば銀行様の業務内容に合わせてタブレットに表示するボタンの数や名称を変更できるなど、管理ツールからさまざまなカスタマイズを簡単に行えるようになります」(波多野氏)
銀行の受付システムは、新旧合わせて業界全体で約2万台が稼働中といわれている。上位機種になると、発券および呼び出しといった業務フローの裏側で、待ち人数や待ち時間のデータを蓄積し、発券から呼び出しまでの経過時間、呼び出してから窓口対応が完了するまでの時間から、店舗ごとの平均待ち時間・処理時間などを算出し、業務改善につなげているという。
これに加えて、「今後はPepperが来店客の年齢層や男女比などを認識し、待ちスペースに設置したサイネージと連動させて、例えば高齢者が多い時間帯には振り込め詐欺の注意喚起、若い世代が多ければ住宅ローンや自動車ローンの紹介など、顧客に合わせて表示内容を変更してPR効果の向上を狙うことも可能になると考えています」と波多野氏は期待を寄せる。こうした付加サービスを開発できれば、既存の受付システムを置き換える商機につながり、メーカーにとってのメリットも大きいのだ。
武蔵野銀行のPepperを活用したフィンテックの取り組みはまだ最初の一歩を踏み出したばかりではあるが、銀行・ハードウェアメーカー・アプリケーション開発会社がそれぞれの視点から新しいアイディアを生み出していけば、AIロボットの業務活用は新しい段階に進むことだろう。