マーケティングオートメーションをはじめとするデジタルマーケティングプラットフォームを開発・提供するMarketo(マルケト)はこのほど、次世代のデジタルマーケティングについての提言や事例紹介などを行う「THE MARKETING NATION SUMMIT 2016」を開催。
『freeeの急成長を支える「マジ価値マーケティング」』と題したプレゼンテーションでは、主に個人事業主や中小企業を対象としたクラウド会計サービス「クラウド会計ソフトfreee」などを展開するfreeeのMarketing VPである伊佐裕也氏が登壇した。
そこで、クラウド会計ソフト市場でトップシェアを獲得するなど急成長するサービスの背景にある「マジ価値マーケティング」と称する同社のマーケティング戦略についてレポートする。
マーケティングとはユーザーの課題を解決するための“プロセス”
ソニー、DELL、Googleなどでマーケティング担当者を歴任してきた伊佐氏は、まず同氏のマーケティングに対する基本的な考え方について紹介した。
伊佐氏は、マーケティングの魅力について「ユーザーにプロダクトやサービスの価値を伝えるということに“正しい方法”がない。その中で多くのマーケターと交流して刺激しあい、議論を深めて試行錯誤していくこと」と語ったうえで、その定義について「ユーザーを徹底的に理解し、そのユーザーが抱える課題に対して、製品・サービスがどのような課題解決の方法を提供できるかを伝えていくプロセス」と紹介した。キャンペーンを仕掛けることだけではなく、広告施策を打つことや企業がユーザーと良い関係を築くためのコミュニケーション・プロセス全体を指すというのが、伊佐氏の考えるマーケティングというわけだ。
加えて伊佐氏は、このプロセスにマーケティング部門だけが関わるのではなく、開発、サポート、セールス、経営企画など社内のあらゆる部門が「どうすれば製品・サービスが持つ価値を顧客に届けることができるのか」を考え、プロセスを作っていくことが重要だという。
「このプロセスには様々なステークホルダーが関わっていく。そう簡単には作ることができない。だからこそ、マーケティングは面白い」(伊佐氏)
さらに伊佐氏によると、freeeが手掛ける個人事業主、中小企業向けのマーケティングには、更に3つの特徴があるのだという。
ひとつは、「お金があれば良いわけではない」ということ。つまり、対象となる個人事業主、中小企業の担当者を徹底的に理解して、そのターゲットに確実に製品の価値を届けるためには、潤沢な予算を用意して大規模なプロモーションを仕掛ければ良いわけではないということだ。
「お金をどんどん使ってCMを投下すれば価値をわかってくれて使ってくれるというわけではない。広告施策が必要になる場合もあるが、それがなくても出来るマーケティングはいくらでもある」(伊佐氏)
ふたつ目は、「ユーザーとの関係構築」。ビジネスの相手が個人事業主、中小企業の担当者になると、BtoC製品の購買行動で見られるような“衝動買い”は非常に起きにくい。購買のためには、他の製品との比較検討や社内での調整、稟議の決裁など様々なプロセスを経る必要がある。そうした特性を踏まえて、オンライン・オフラインを問わない継続的なコミュニケーションの創出と関係構築を行っていく必要があるというのだ。
そして3つ目に伊佐氏が挙げたのが、「全員野球」というキーワードだ。前述の通り、マーケティングというプロセスには社内のあらゆる部門が関わっていく必要がある。その中で、「セールスとどう連携するか」「サポートからどのように意見を吸収するか」「開発にどのように要望を伝えるか」といった社内における連携のプロセスを考えていくことがマーケティングにおいて非常に重要だというのだ。
企業の価値基準をマーケティングで実践する
では、こうしたマーケティングに対する基本的な考えのもと、freeeが掲げる「マジ価値マーケティング」とはどのようなものなのだろうか。それは、freeeの全社員が業務上の判断・行動をする際に拠り所にしている5つの「価値基準」をマーケティングにおいても実践するというものだ。
伊佐氏は、(1)(ビジネスにとってではなく)ユーザーにとって本質的な価値があると自信をもって言えることをするという「本質的(マジ)で価値ある」、(2)現在のリソースやスキルにとらわれずに高い理想を持って挑戦し続ける「理想ドリブン」、(3)何事もまずアウトプットして、そこから改善の試行錯誤をしていく「アウトプット→思考」、(4)取り組んでいることや持っているリソースの性質を深く理解し、その上で枠組みを超えて発想していく「Hack Everything」、(5)人とチームを知り、自分を知ってもらうために共有することでお互いにフィードバックしあい共に成長する「あえて、共有する」という5つの価値基準を紹介。
その上で伊佐氏は、「マジ価値マーケティングは、このfreeeの価値基準とマーケティングを掛け合わせたもの」と紹介。つまり、(1)ユーザーを徹底的に理解して、そのユーザーにとって本当に価値あると言える情報を適切なタイミングで届けること(本質的(マジ)で価値ある)、(2)“マーケティングはこうあるべき”という制約を取り払い、オンライン・オフラインの枠組みにもとらわれず新しいチャレンジに挑み続ける(理想ドリブン)、(3)ツールや施策をまずは実践してみて、徹底的に振り返り改善する(アウトプット→思考)、(4)手元にあるツールの性質を徹底的に理解して使い倒し、新しい使い方を生み出す(Hack Everything)、(5)自分のアイデアや学びを共有し、フィードバックしあうことで更に改善する(あえて、共有する)と5つが、「マジ価値マーケティング」の根幹だというのだ。
では、具体的にこの「マジ価値マーケティング」をどのように実践しているのだろうか?
伊佐氏は、「本質的(マジ)で価値ある」を実践する方法として、情報不足という課題を抱えている個人事業主や中小企業経営者向けに経営・経理に関するノウハウを提供し、月間200万PVにまで成長しているオウンドメディア「経営ハッカー」について、「メディア運営が直接売上に結び付くかわからない。しかしユーザーが情報不足に悩んでいるのであれば“マジで価値ある”のだからやるべきだ」という考えでスタートした点や、会社設立サポートサービス「会社設立freee」が起業したいユーザーの課題から生まれた点、ユーザーの属性などによって体験のパーソナライズとOne to Oneのコミュニケーション創出に注力している点などを紹介。
また、「アウトプット→思考」の実践では、施策振り返りの実践例を紹介した。
伊佐氏は、社内の営業、開発、サポートなどからのヒアリングや、ユーザーへのヒアリングなどに加え、データ分析を基にしてユーザーの動向やユーザーが求める価値を探る重要性を指摘。また、「Hack Everything」では、Marketoをはじめとする最新のテクノロジーを徹底的に活用することで、効果を生み出していることを紹介した。
マーケティング成功のカギを握るのは、“人材の力”
最後に伊佐氏は、「優れたツールだけでは、“マジ価値マーケティング”によってユーザーに価値を届けることはできない。成功の大きなカギを握るのは、やっぱり“人”だ」とした上で、この「マジ価値マーケティング」を成功させるために求められる人材像について語った。
伊佐氏は、自社のマーケティングチームに所属するメンバーが、フリーターや公認会計士など様々なバックグラウンドを持っていることを紹介した上で、メンバーに共通している点として、同じ目的意識を持ってクロスファンクションに協力ができる人材、ユーザーの個別具体性に興味を持ち、それぞれのニーズに応じたサービスの価値を届けたいと考える人材、わからないことや新しいツール・手法を自分で調べ、試し、学ぶ人材(タケノコ人材)という3つの特徴を紹介した。
その中でも、自らマーケティングの変化をキャッチアップできる人材の重要性を指摘し、「5年後のマーケティングがどうなっているか、私たちには全く想像がつかない。これから起きる変化を“面白い!学びたい!”と思って進化することができる人材が、“マジ価値マーケティング”には求められるのではないか」と語った。