アップルが発表した12.9型の「iPad Pro」は、日本国内でも人気の高いSurface Pro 3のライバルになり得る存在として、注目を浴びている。ビジネス利用を前提に考えたとき、どちらのデバイスに優位性があるだろうか。
9月9日(現地時間)のアップルによる発表イベントは、新型iPhoneの発表が中心になるとの見方が有力だった。そこに突如として現れたのが以前から何度も噂になってきた12.9型の「iPad Pro」だ。iOS端末の中で最大の画面サイズとなるiPad Proは、ビジネス利用にも大いに期待できるデバイスだ。
その直接のライバルと目されるのは、マイクロソフトによる12型のWindowsタブレット「Surface Pro 3」だ。これまでPCとの「2台持ち」も珍しくなかったiPadとは異なり、SurfaceはタブレットとPCの1台2役で活用できることを強調してきた。果たしてiPad ProはSurfaceを凌駕する製品に仕上がっているのか、その特徴を分析する。
12.9インチへと大型化したiPad Pro
iPad Proの最大の特徴であるディスプレイは、これまでの9.7型・2048×1536ドットから、12.9型・2732×2048ドットに大型化した。これはSurface Pro 3の12型・2160×1440ドットのディスプレイより一回り大きいサイズだ。だが、iPad Proは4:3のアスペクト比や264ppiというRetinaディスプレイの画素密度を維持しており、これまでのiPadと同じ高精細な描画が期待できる。
プロセッサーには新たに「A9X」を搭載する。アップルによればその性能はiPad Air 2の1.8倍で「デスクトップクラス」と表現する。これに対してSurface Pro 3はインテルの第4世代Coreプロセッサーを搭載する。これは高性能なモバイルノートPCと同じCPUであり、PCと同等のパフォーマンスを期待できる。
重量とスタミナのバランスはどうだろうか。iPad Proは高解像度化とCPU性能の向上を実現しつつ、バッテリー駆動は10時間を確保。重量は初代iPadに近い713g(Wi-Fi版)、723g(LTE版)に抑えている。一方のSurface Pro 3は、Web閲覧時のバッテリー駆動時間が約9時間で、本体重量は800g。数字の上ではiPad Proに劣るものの、PCと同等の性能を備えたタブレットとしては、かなり健闘している。
こうして見るとiPad Proは画面サイズと性能が向上したiPadだが、アップルは単なる「大型のiPad」ではないと主張する。その理由が純正アクセサリーとしてのキーボードやペンの追加による、生産性の向上だ。
iPad Proが単なる「大型のiPad」ではない理由
iPad Proには、新たに純正アクセサリーとしてカバー兼用のキーボード「Smart Keyboard」とペン「Apple Pencil」が提供される。
たしかに従来のiPad向けにも、サードパーティ製のキーボードは多数存在した。しかしiPad Proは、キーボードを接続する専用端子「Smart Connector」を搭載している。キーボードを物理的に接続することで、Bluetoothによるペアリングやキーボードの充電が不要になるなど、メリットは大きい。Surface Pro 3のタイプカバーも、構造は異なるものの物理的に接続するタイプだ。
ペンも同様に、多くのサードパーティがiPad用の製品を投入しており、最近では独自に先の細いペンを開発するメーカーも現れている。だが純正のApple Pencilなら、それらを上回る精度での書き味が期待できる。またApple Pencilは充電用にLightning端子を搭載しており、iPad Proに15秒間差し込むだけで30分間利用できるという。これも純正品ならではの利点だ。
一方、Surface Pro 3のペンも、ビジネス利用では十分なレベルの精度や書き味を実現している。駆動には単6電池が必要で、当初は日本での入手困難が予想されたものの、同型の電池を利用するペンが増えたことで入手性は徐々に改善されている。
このようにiPad Proでは、キーボードやペンに新たに対応した。先行するSurface Pro 3と比べるとやや後追いとの印象はあるものの、これまでサードパーティ製品がカバーしていたものをアップルが改めてデザインし、高いレベルで取り込んだといえる。問題は、これによりiPad Proは「仕事に使える」かどうか、という点だ。
ファイル操作が必要な仕事にiPadは使いづらい
iPad Proのビジネス利用において、最も重要な存在がMicrosoft Officeだろう。最近ではマイクロソフトがWindows優先からマルチプラットフォームへと軸足を移しており、iPadでMicrosoft純正のOfficeアプリを利用できるようになった。
アップルの発表イベントには米マイクロソフトのOffice担当幹部が登壇。iOS 9のマルチタスク機能を用いて、複数のOfficeアプリを同時実行するデモを示した。画面を分割して複数のアプリを同時に操作できる点は、PCに匹敵する機能だ。
アプリ間連携では、ExcelのグラフをWordやPowerPointの文書に貼り付けることが可能。Apple Pencilによるペン入力のデモでは、PowerPointのスライドに手書きで矢印を書くだけでオートシェイプに変換されることを示した。
このようにiPad ProではMicrosoft Officeが快適に使える一方で、Officeだけで仕事が完結するわけではない。メールに添付されたZIPファイルを展開し、そこにUSBメモリー内のファイルを加えて返信する、といった単純な作業を考えても、iOSでは荷が重い。
これはiOSの設計思想も関係している。iOSでは基本的にiTunesを通してコンテンツを管理しており、ファイルやフォルダ操作といったローレベルの処理を隠蔽している。これがiOSを親しみやすいものにしている一方で、ファイル操作が欠かせない種類の仕事には適合しづらい原因にもなっている。
どうしてもファイルのやりとりが必要ならば、Windowsタブレットが利便性で優れている。特にSurface Pro 3やSurface 3は標準サイズのUSBポートを備えており、PCと同等の使い勝手を得られるだろう。
iPad Proは、もはや「2台持ち」できない
このようにPCやファイル操作を中心とした仕事環境では、iPad Proはポテンシャルを発揮できないだろう。しかし仕事環境も、徐々に進化しつつある。業務アプリにWebブラウザーでアクセスでき、情報共有がクラウドベースで行われているような環境では、iPad Proを活用できる場面はあるだろう。
PCの利用頻度があまり高くないならば、iPad Proから会社内に用意した仮想環境などにリモートデスクトップで接続し、一時的にフル機能のWindowsを利用するという手もある。これはマイクロソフトがWindows RTの業務利用において、実際に提案していた手法だ。
とはいえ、iPad Proに期待される生産性はもう一段高いものになる可能性が高い。それはiPad Proが価格と重量の2つの点から、PCとの「2台持ち」が難しくなるためだ。iPad Proの重量は700gを超えており、キーボードやペンを一緒に持ち歩くことを考えれば、カバンの余裕はかなり少ない。
価格も気になる点だ。LTEに対応した128GB版のiPad Proは米国で1079ドル、キーボードは169ドル、ペンは99ドルで、日本円では税別で16万円を超える計算になる。ここまで高価なデバイスを導入するとなれば、モバイルノートPCの完全な置き換えが期待されることになるだろう。
結論として、とにかく1台だけで仕事を完結させる必要があるならば、Surface Pro 3は有力な選択肢だ。iPad ProはiPadを進化させたものであり、PCを劇的に置き換えていくような存在ではない。
だが、日常的に触れるデバイスとして、iPad Proの魅力も捨てがたい。モバイルデバイスは、単に会社の仕事をこなすだけでなく、自宅では個人用途でも楽しみたいところだ。この点ではノートPCの域を出ていないSurface Pro 3に対し、タブレット用アプリが充実するiPad Proは時間を忘れて楽しめるデバイスになるだろう。