日本企業で働くイノベーターを応援するコミュニティ「Innovation Cafe」が7月15日に秋葉原コンベンションホールにて、セミナー&大規模ワークショップイベントを開催。テーマは技術開発イノベーション。「現在の延長戦を追究するだけでは、イノベーションは生まれない」という前提のもと、「何をつくるか」「誰とつくるか」に焦点を絞ったものになるという。

今回は同Cafeの実行委員、木内里美氏と共に、ステージでロールモデルとして自身のイノベーション実録を語ってくれる株式会社 富士通研究所 R&D戦略本部 岡田 誠氏から、その概要を伺った。ハードウェアやITソリューションの開発・販売というイメージの強い富士通グループの研究部門で、岡田氏が手がけているのは「認知症プロジェクト」だ。

(左)富士通研究所 岡田誠氏、(右)「Innovation Cafe」実行委員、オラン代表取締役 木内里美 氏

プロジェクトの目的は、コミュニティづくりの研究

「認知症プログラム」は、国際大学グローバルコミュニケーション・センター、NPO法人認知症フレンドシップクラブと共同で2011年に起ち上げたもので、現在の認知症フレンドリージャパン・イニシアティブ(DFJI)という活動へとつながっている。その活動は、認知症患者・家族・支援者たちが、北海道から九州までリレーでタスキをつなぐイベント「RUN伴」の支援や、厚労省・老健事業の一環である「認知症のひとにやさしいまちづくりガイド」の制作協力、自治体や企業と共に、認知症社会について考えるワークショップの実施、慶応大学と共同で実施した冊子「旅のことば 認知症とともによりよく生きるヒント」の作成など、多岐にわたっている。

認知症患者・家族・支援者たちが、北海道から九州までリレーでタスキをつなぐイベント「RUN伴」

「医療・福祉・介護の現場にもイノベーターやアーリーマジョリティはいます。どうやって異なる分野・業界のイノベーターを発見するのかは、新しいイノベーションを創造しようとする企業にとって大きなチャレンジです」(岡田氏)。

そして一見、無理に思えることにも、「面白いね」といってくれる人たちにコネクトし、函館から札幌まで、300kmをリレーで走るイベント「RUN伴」の支援に結びついた。「富士通のイメージとはかけ離れた分野に、なぜ参入されたのでしょう?」木内氏の問いに対する岡田氏の答は「コミュニティづくりのプロセス研究のため」という意外なものだった。

株式会社 富士通研究所 R&D戦略本部 シニアマネージャー 岡田誠氏

「富士通研究所の役割の99%は世界にない新しい技術をつくることですが、それだけではなかなか他社に勝てません。技術というのはコンテンツです。それに共感し、世の中に広めてくれる人たちのコミュニティがあって初めて、コンテンツは世の中に受け入れられるのです。だから私たちの役割の1%を、そうしたコミュニティづくりの研究にあてる必要があると考えました」(岡田氏)

社会課題は、多様なリソースが集まれる舞台

岡田氏は、オープンソースソフトウェア(以下、OSS)のコミュニティ形成過程を参考に、ネットワークをつくっていこうと考えた。OSSに使われている技術の一つ一つは革新的なものではないが、それに関心を持つ多彩な人材がコミュニティを形成し、知恵を出し合うことで、大きな価値を生み出す。今回のネットワークも成長すれば、様々な発想を持つ人材、様々なリソースを持つ企業、団体がつながることになり、その多様性の中で「誰と、何をつくるか」を考える際の幅は大きく拡がる。新しいビジネス、イノベーションが生まれてくる可能性も高まるということだ。そこまでの構想はあったものの、「どの分野で、どんな風にスタートさせればいいのかが分からなかった」(岡田氏)。

そんな時、岡田氏は、国際大学グローバルコミュニケーション・センターが主催するワークショップで認知症についての話題に触れ、「この分野でなら、OSS的なコミュニティをつくれる」と気づく。認知症の問題は、企業が単独で、そのすべてを解決できるようなものではない。多くの人、団体、企業の知恵を集めなければならない課題であり、認知症で困っている人の多さを考えれば、企業にとっては新たなマーケットとの接点ともなり得る。さらにここまで大きな社会問題であれば、同業他社でさえコンペティターにはなりにくく、多様な企業がコミュニティに加わってくれるはずだ。

アイディアを形にすることで、次のつながりが生まれる

コミュニティづくりのベースとなる分野は決まった。次はそこで何ができるかが問題となる。岡田氏は人間の行動プロセスを研究しているチームのメンバーと、認知症本人と家族のイベントに参加するところから始めた。いわゆる現場観察という手法である。その後、製造・流通・交通・金融などに携わる企業や自治体・福祉関係者など多様な職種の人材を招き、それぞれの視点から認知症について話し合うワークショップの開催や、記事冒頭で触れた「RUN伴」の実施支援などに関わっていく。こうした活動の中で、次第にネットワークは拡がっていった。最近ではパターンランゲージを世界で初めて福祉分野に応用した書籍の出版や、その本をベースにしたカードの制作にも携わった。

ネットワークが拡大すれば、無理をしないでも成果は現れてくる。(左上)「RUN伴」パンフレット、(右上)認知症を理解するための書籍「旅のことば」、(下部)同書のカード版

「アイディアだけでなく実際に形にすることができれば、それを新たなきっかけとして、別のネットワークづくりに役立てられます。こうして成長していくコミュニティから、少しずつ富士通がかかわる事業としての価値も見えてきました」(岡田氏) 構築プロセスを研究するためにつくられたコミュニティが、イノベーションの実を結ぶ日も近そうだ。

イノベーションに向けた活動は、小さな事から始められる

「本業とはちょっと目先の違うところにフォーカスした活動を、ここまで継続的にやっていけるというのは凄いことですね」と感心する木内氏に、岡田氏はタイミングも良かったのではないかと言う。 「今、富士通の平均年齢は42歳ですが、幹部社員の世代にとって、認知症は個人的な関心事、家庭での悩み事になってきています。それもプロジェクトが継続できている要因でしょう。一口に企業と言っても、企業そのものが人格を持っているわけではありません。人格を持つ個人の集合体です。だから集合体を構成する個々が『それは大事な課題だよね』と思ってくれれば、企画は動きます」 イノベーションのきっかけとなるのも、それを継続させるのも、突き詰めれば個人の気持ちに他ならない、ということだ。 「だからイノベーションに向けた活動は、小さな事から少人数で始められるということです。3人で集まって話をするだけでも、それは立派なワークショップです。そこで話が盛り上がれば、10人、30人と参加者が増えてきて、大きなものになっていく。イノベーションを起こすためには、そういう“軽さ”も必要だと思います」(岡田氏)

7月15日に開催されるイベントでは、「認知症プログラム」を進める中で見えてきた方法論や具体的成果など、より詳しい話が語られる予定となっている。イノベーションを起こしたいという熱意のある方は、シンポジウムへの参加を、岡田氏の言う「小さな事」の一つ目にしてみてはいかがだろうか。

セミナーの詳細

・タイトル: InnovationCafe Vol.2 “イマドキ技術開発“イノベーター
・開催日時:2015年7月15日 (水) 13:30 ~ 19:00
・参加費: 無料 (事前予約制)
・開催会場: 秋葉原コンベンションホール 千代田区外神田1-18-13
・主催:InnovationCafe運営事務局(ウイングアーク1st株式会社内)
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